Landmark 06



 * * * * * * * * *




 バロンは動きがゆっくりな乗り物のおかげで、後半は随分気持ちも浮上していた。下手にも程があるヴィセのカート運転に笑い、初めて水の上に浮く船に乗り、遊園地を思いきり楽しんだ。


 旅を振り返ると、ヴィセもバロンも楽しむ事にお金を使うのはこれが初めてだ。しっかりしていると言っても、ヴィセはまだ17歳。バロンは10歳になったばかり。


 割高なジュースも、割高なソーセージも、何もかもが非現実的に思えて舞い上がっていた。


「わあ!ヴィセ、すっごく遠くまで見えるよ!」


「ラヴァニの背中に乗って見る景色とはまた違うな」


「ラヴァニはもっと高く飛ぶもんね」


 ≪我の羽ばたきではどうしても揺れが生じる。この観覧車の動きにだけは負けを認めよう≫


 2人と1匹は観覧車に乗っていた。乗車ゲートで驚かれたものの、ヴィセはラヴァニの分まで倍の金額を払い、半ば強引に乗り込んだ。その前の船にも強引に乗ったため、今頃園内はドラゴン連れの客の話で大騒動になっているはずだ。


 残念ながら海を見る事はできなかったが、観覧車の最高地点は地上から55メルテ。町全体をはっきりと見渡せてなかなか楽しい。まだこの町の事に詳しくないため、ヴィセはどこに何があるのかを一生懸命地図で調べている。


「海見えないかなあ」


 ≪見たいのなら我が見える高さまで飛んでやろう。高さではこの観覧車とやらにも負けぬぞ≫


「どんな感じなんだろうな、海って。見渡す限りずっと水だって聞いたけど」


 観覧車はゆっくりと回転し、やがて最高地点に到達した。見下ろせば園内の客達が豆粒のように小さい。ラヴァニの背に乗っている時は、景色が流れるように過ぎてしまう。実は2人共同じ場所を高い場所からじっくりと眺めた経験がなかった。


「発電は殆ど風力発電、か。あ、地熱発電もあるって事は火山も近いのか」


 ≪先程の汽車以外に特に煙を吐くものが見当たらぬ。我らにとっても棲み良い≫


「あ! 地下街ってあれかなあ? 地面の下に階段が続いてるよ!」


「帰りがけに行ってみるか。結局まだ靴も買ってねえし」


 観覧車からの景色を堪能し、ヴィセは忘れかけていた写真機を取り出した。まだこの園に来て5枚しか取っていない。テレッサに送る手紙に添えるつもりだ。


「バロン、ラヴァニ、こっちを向いてくれ」


 ヴィセは2枚写真に収め、出て来たポラロイドに満足気だ。バロンもラヴァニも目が半開きになっておらず、ブレていない。


「ヴィセ、俺も撮ってあげる!」


「撮る時は腕動かすなよ? お前シャッター押す時カメラを動かすから」


「大丈夫! ヴィセがラヴァニを抱っこして、一緒に撮って!」


 バロンが自信満々でシャッターを押す。やはり少しブレているが、まあ許容範囲だろう。ヴィセはその写真も送ることにした。


 観覧車を降りると、時間は17時になろうとしていた。園内には閉園を知らせる放送が流れ、客達が続々と門へと向かう。その数だけで100人、200人はいるだろうか。


「結構いたんだな」


「室内パークってところからいっぱい出てくるよ」


「何があったか分かんないけど、また来ることがあれば行ってみよう」


 ラヴァニが入れそうになかったため、屋内施設には入っていない。実弾の射撃場やボールを転がして遠くのピンを倒すボーリング、トランポリンなどがあったのだが、ヴィセ達は知らないようだ。


「うわっ、あれドラゴンじゃないか!?」


「すげー、もしかして他所の町ではドラゴンを飼ってんのかも」


「えー? 嘘ぉ、あたしそんな話聞いたことなぁい」


「ママぁ、僕にもドラゴン買ってよお!」


 ヴィセとバロンがあまりにも平然とドラゴンを連れ歩いているため、客達は驚くだけで嫌がったりはしていない。流石は富裕層、多少の変わった趣味やペットなどへの耐性が付いている。


 大きなトカゲを飼う者、毒のある昆虫を飼う者、牙の鋭いトラを飼う者、金持ちは人と違う事を好む。撃退ではなくペット化のためにドラゴンを狩る事がないよう、祈るばかりだ。


「……ドラゴンを飼いたいとか言ってるよ」


 ≪我々は飼われる程落ちぶれてはおらぬ≫


「もう遅いし、明日は地下街に行って買い物だ。明後日は海辺まで行ってみよう」


「海楽しみ!」


 楽しむ事を覚えたバロンは、上機嫌で鼻歌交じりに歩く。宿に着くとカウンターに従業員が1人いて、食事は部屋に持っていくと告げられた。そこで初めてラヴァニに驚かれたが、もう泊まっているので今更だ。


 何か言いたそうな係員を残し、ヴィセ達は部屋へと戻っていく。


「早く届かないかなー、焼き魚定食! 海で獲れる魚のフライもついてくるって!」


「ああ、どんな感じなのかな。湖の魚と何が違うんだろう」


 ≪我は海で喉の渇きを潤そうとしたことがある。だが恐ろしく不味く、喉が焼けそうだった。海の水は我には合わぬ≫


「え、不味い水の中を泳いでんのか? なんかやだな……」


 ヴィセとバロンは海水を知らない。塩分やミネラルが溶け込み、独特の味がする事など考えてもいなかった。


「ラヴァニのは何を頼んだの?」


「特に選べなかったから、食べられないものなしにマルをしたよ」


 ≪ゆでたまご定食はないのか≫


「どんな定食だよ。ゆでたまごを焼いて、ゆでたまごを揚げて、煮て……」


 ≪米や野菜は要らぬ、その分をゆでたまごに代えてくれるといい≫


「ゆでたまごをおかずに、ゆでたまごを食うのか……」


 もちろんゆでたまご定食などない。結局、ラヴァニの食事も届いたのは焼き魚定食だった。届けに来たのは係員ではなく、食事を載せた自動カートだ。極限まで人手を省いているのだろう。


「美味しそう!」


「いただきます! ……わお、魚自体に味がする……なんだか湖産と違うな、臭くない」


「塩の味がするけど、それだけじゃないね!」


 ≪海の水は飲めぬが、棲む生き物はなかなかに美味だ。我は少し海の事を見直した≫


 ヴィセ達は海の魚に種類がある事を知らない。それがサバという魚である事など知ろうともしていない。ヴィセはラヴァニの白米と自身の焼き魚を交換してやり、それぞれが夢中で食べ始めた。


「ほんと、バロンは飯の事になると目が輝くよな。美味いなら何よりだけど」


「へへっ、だってごはん美味しいもん! 明日は何食べようかなあ」


「今日の分を食ってから考えろ、まったく欲張りな奴だ」





 * * * * * * * * *





 翌日は地下街で買い物をし、靴や下着、それに半袖のシャツなども揃えた。店で色々な話を聞き、町の図書館で調べ物をした後はのんびりと1日を過ごす。2人は旅の途中で遊んだこともなかったが、1日中ゆっくりした事もなかった。


「手紙出してくるぞ。電話しようと思ったんだけど、料金表を見たらモニカまで掛けるなら1分間で3500イエン掛かるらしい」


「そんなに高いの? 遠いから?」


「ああ、手紙なら500イエンで言いたい事が伝えられる。電話の仕組みに詳しい訳じゃないけど……電波は隣町にだって届かないし、電話の線を霧の中に這わせるのも大変だろうな」


 ヴィセはテレッサに手紙を書き、バロンと共に写真を添えた。これまでの旅、エゴールから聞かされた竜状斑の事、ラヴァニが救ったオムスクの人々、霧に滅びそうだったボルツ。その内容は便せん5枚に及ぶ。


 ラヴァニは文字が書けないため、足形を1枚手紙代わりに添えた。一緒に行動していると知らせるにはこれで十分だろう。


 バロンは姉のエマにも拙いながら一生懸命手紙を書いている。「げんしだお、いあはデヨミアム・ミテェレニクムまお」と書かれた文の下には、ヴィセが「元気だよ、今はジュミナス・ミデレニスクだよ」と訳を添えた。


 バロンは数か月前まで文字を読む事すら出来なかった。誤字はあれど大したものだ。ヴィセはエマに成長具合を知らせるため、バロンにあえて書き直しをさせなかった。

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