Landmark 05



 四角い柱に2人乗りの椅子が4面取り付けられた「空飛ぶ椅子タワー」は、勢いよく地上50メルテまで上昇していく。


 バロン以外の乗客はいない。悲鳴は小さくなっていき、しばらくして再び大きくなる。座席は上昇速度よりも更に速く落下し、地上僅か5メルテ程で油圧ブレーキがかかった。


「バロン……大丈夫か」


 ヴィセが柵の外から声を掛けるも、バロンは完全に固まっていた。まっすぐ前を見たまま、目の前のバーを握りしめている。ヴィセが声を掛け反応を待っていると、5秒も絶たずして座席は再び上昇していく。


 しかも今度は頂上で反時計回りを始める。その速度もなかなかのものだ。


 ≪なんと無慈悲な乗り物だ≫


「何でこんな乗り物を作ったんだ。楽しい遊園地じゃなかったのか」


 ≪乗るのではなく、見る方が楽しむのではないか≫


「いや、こんな可哀想な気分になる乗り物は初めてだよ」


 結局バロンは4度も50メルテ地点と地上を往復し、ようやく解放された。


「立てるか」


「俺、やだ、もう乗らない」


 バロンは完全に怯え切っており、乗り物を見ないように地面を見つめている。このままもう帰ると言い出しかねない雰囲気だ。


「どんな乗り物か聞いてから乗れ。多分だけどここにある乗り物の中で一番訳の分からない乗り物だぞ、あれ」


 ヴィセがバロンを宥めていると、頭上の線路を猛スピードで乗り物が通り過ぎていった。鉄の支柱が軋んで車輪がけたたましく音を奏で、乗客たちの悲鳴が途切れることなく園内を回っている。


「……あれもやめとけ」


「うん」


 パンフレットには「絶叫コースター」と書かれている。今のバロンが最も乗ってはいけない乗り物だ。この遊園地では一番人気が高い乗り物で、客の多くは怖がる事を楽しみにしている。


 けれど、ヴィセ達はそんなつもりで来ていない。ラヴァニの曲芸飛行の方が余程爽快で肝が冷える。ヴィセもバロンも、乗り物以上の経験をしている。そもそも遊園地に向かないのだ。


 ≪我がもっと面白い動きで飛んでやろう。機械に頼らずとも存分に楽しい思いをさせてやる≫


「なあ、さっき汽車があったんだ。あれに乗って園内をぐるって回ってみないか?」


「い……今の速いやつ!? や、やだ! 俺怖い!」


「違う違う。歩くよりちょっと速いくらい。いつかメーベ村でトロッコに乗っただろ? あれよりゆっくりだ」


 せっかく高い入園料を支払い、乗り物たった1つで帰るのはもったいない。それに、町の中では人の姿が殆どないため情報を仕入れる事もできない。ヴィセは何としてでもバロンを引き留めたかった。


 ≪バロン。我は無理だがヴィセと共に乗ってくるといい。ヴィセがいれば安心だろう」


「本当に、怖くない?」


「ああ。さっき目の前をすごくゆっくり通り過ぎて行ったんだ。ちょっと煙が臭かったけど」


 ヴィセはバロンを連れ、「わくわく汽車」の乗り場へと向かう。ラヴァニは「ペット用」のタグを首から掛けて近くの木の上に身を潜めた。


 乗り場には家族連れが2組汽車を待っていた。小さな女の子が満面の笑みで汽車への意気込みを語っている。


「バロン、ほらバロンより小さい子も乗れるやつだ」


「……本当に大丈夫?」


 7歳、8歳ほどの女の子は、次は「ドキドキ大回転」に乗りたいと言っている。10人以上が乗れるかごが縦方向に時計回り、反時計回りとぐるぐる回るらしい。バロンには勧められそうにない。


 係員の男が汽車の到着まであと5分だとアナウンスする。ヴィセはその時間を使い、怯えきったバロンにパンフレットで安全な乗り物を教えていく。大きな輪っかは観覧車で、機械駆動4輪カートも大丈夫そうだ。


「凄いぞ、船がある! 水路を進む探検船だって」


「船?」


「ああ、水の上に浮いてる乗り物だって」


「水の上? え、怖い……」


「汽車から見えるかも。大丈夫そうなら行ってみよう」


 ヴィセそうやってが怖くない乗り物をピックアップしていると、前に並んでいた家族連れの女性が振り向いた。長い黒髪を1つに束ね、ピンクのカーディガンを羽織り、とても上品な装いだ。


「こんにちは。もしかして遊園地は初めてですか?」


「え、あ……はい、今日初めてこの町に来ました」


「ぼく? この汽車は怖くないよ。一番ゆっくりな乗り物だから、休憩のつもりで乗るといいよ」


「すみません、こいつさっき空飛ぶ椅子タワーに乗っちゃって」


「え、あれに!?」


 女性はバロンが空飛ぶ椅子タワーに乗った事に驚いていた。この遊園地の中で、1,2を争う絶叫マシーンとして有名だからだ。


 上昇時の重力と、50メルテ地点からの落下時の無重力状態を繰り返し、頂上では横方向に高速回転をする。その動きは見ているだけで吐いてしまう者もいるという。


「大人でも怖くて乗れないのよ。いつも空いているから待たなくていいんだけど……凄いね、あれは私も無理」


「よりによって一番怖い乗り物を選んじゃったか。バロン、あれに乗れたなら他は全然怖くないらしいぞ」


「……やだ、速いのいや」


「まあ、乗りたいものに乗ったらいいのよ。楽しみましょ? 勇敢なお客さん」


 女性はバロンにニッコリ微笑み、ポシェットから乗り物チケットを取り出す。1枚500イエンで4人家族ということは、この汽車だけで2000イエン。この遊園地は明らかに富裕層向けだ。


 園内の客が適度に少ないのは、富裕層向けである事にも理由がありそうだ。見たところ女性はここのリピーターで、それなりに裕福である。この町や他所の事情を知っていると思い、ヴィセは再び女性へと声を掛けた。


「あの、すみません。ちょっと……この町について教えて頂けませんか」


「ん? ええ、いいわ。どんな事でしょう」


「その、この町は殆ど人が歩いていないようですが……人が少ないのでしょうか。ホテルでも受付は機械でした」


「ああ。このジュミナス・ミデレニスクは機械化と自動化の町なの。人口が減ってしまって、生活を維持するには機械化が必須だったし」


 町の大きさからして、かつては栄えている町だったのだろう。


「今は機械部品や、他所の町への出張修理を仕事にしている人が殆どね」


「商店なんかは……」


「ちゃんとあるわ。昔の名残で地下街にあるの。殆どが他所からの輸入品だけどね」


「昔の名残?」


「ええ。この町は50年前まで海辺の町の海賊と随分戦っていたから。狙われたくない施設は大半が地下なの。遊園地が出来たのは戦争が終わってからの事」


 この町の地上部に人がいないのは、地下街が栄えているからだった。といっても、人口が減ったせいで賑わっているとは言えないらしい。


「確か、海沿いの土地って奪い合いが酷いと聞いた事があります」


「そう。元々このジュミナスは、山間部のミデレニスク地区と、海に面したブロヴニク地区を合わせた町だったの。でもブロヴニク地区は海賊に占拠されて……」


「長年戦ってきたんですよね。だから町の一部が崩落する程破壊されている、と」


「その通り。上から攻撃する方が有利だった事もあって、海賊は何とか追い払えた。町も壊れたけど、今はミデレニスクからどんどんブロヴニクに人が移住しているわ。私達もね」


 女性がそう言い終わったところで、「わくわく汽車」が到着し、前に乗っていた客達が降りていく。


「じゃあ、のんびりと汽車を楽しみましょう? 私たち家族は前に行くから……またね」


「色々と親切に有難うございます!」


 ヴィセは女性に頭を下げ、バロンを連れて一番後ろに乗車した。


「この町……意外と旅に重要かも。ジュミナス・ミデレニスクからは、大陸東端の山脈を歩いて下ることが出来るみたいだ」


 機械化が進んだ町並み、数少ない海辺の町。言葉少ないバロンとは対照的に、ヴィセはとてもウキウキしていた。

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