Landmark 04
部屋でシャワーを浴び、服を着替えた後、ヴィセ達は買い物に向かった。ボルツの町で霧の中を歩き、服や靴がボロボロになってしまったからだ。
ラヴァニは封印を2つ解除した状態なので、肩に乗れる程小さくはない。周囲に驚かれることを覚悟していたが、人とすれ違う事がないため全く騒ぎにならない。
「霧の海に向かうなら、どうせまた霧で汚れるんだよな……鞄は買い替えなくていいか」
「ねえヴィセ、どこで買うの? お店ないよ?」
≪やはり殆ど人とすれ違わぬ。この町で見かけたのはまだ数人といったところか」
ヴィセ達はホテルを出て、レンガの道を歩いていた。建物同士の間隔は広く、高い建物も殆どない。このジュミナス・ミデレニスクの町並みは、あまり栄えているとは言い難い。
はるか前方には大きな建造物が見える。それは十数階建ての塔にも匹敵する程大きな車輪のようで、ゆっくりと回転している。観覧車という名称だとは知らないまま、ヴィセ達はその巨大な車輪を目指していた。
「あー! ヴィセ、俺分かった!」
「ん? 何が?」
「全然人がいないの、俺何でか分かった!」
人の気配が殆どなく、店らしきものも見当たらない。しかしホテルも町並みも手入れがされていない訳ではない。バロンはその答えが分かったというが……。
「隠れてる、って言いたいのか」
「ううん、違う! えっとね、みんな夜行性なんだ!」
「……おっと、その発想はなかった」
どうやら昼間はみんな寝ていると言いたいらしい。その可能性はなくもないが、他所から人が来るのは大抵が昼間だ。この町だけ昼夜逆転の生活をしているというのはあまり現実的ではない。
「だとしたら遊園地も夜しかやってないのかな。買い物も夜って、面倒だな」
「俺ちゃんと夜更かしできるよ!」
「そんなの自慢すんなよ? とりあえず遊園地が有名なら、遊園地に人がいるかもな」
≪遊園地とは、あの大きな輪が回っている場所ではないか≫
ラヴァニが上空から町並みを見下ろす。ラヴァニの視線の先には見慣れない乗り物が設置された広場があった。
≪もう間もなく入り口が見えてくるはずだ≫
「買い物より先に遊園地に寄る事になりそうだな」
「わーい、やったー!」
≪敷地内には人の姿があった。この町の事について尋ねるなら、あの者達が良いだろう。それと、町の南東部分が崩落しているようだ≫
「崩落!? それなら修復作業でもっと人や物が行き来していてもおかしくないのに」
≪飛行場も閑散として見える。小さな機体が2機あるだけだ≫
この町はどこか怪しい。ヴィセは見張られていないかと周囲を警戒しつつ、遊園地の入園ゲートにたどり着いた。
* * * * * * * * *
「はぁい、ミデレニスク遊園にようこそ! 大人1名様、子供1名様……と、えっと……」
「ドラゴン1匹です」
「ドラ……へっ? あ、えっと、え?」
遊園地の入り口もやはり自動化が進んでいた。券売機が並び、来場者はそれぞれボタンを押して券を購入する。
ヴィセは年齢区分で大人、バロンは子供の入場券を買った。入場料は3000イエン、子供は半額だ。ラヴァニはペット扱いとなり、1匹1000イエン。更に園内の乗り物に乗るためには500イエンのチケットが必要となる。ヴィセが思っていた以上の出費だ。
ただ、券売機は自動だが、入場ゲートには係員の女性がいた。まだ20代くらいだろうか、色黒の肌に大きな目の女性は、赤い制服の帽子を被り直しながら固まる。ドラゴンに対する当然の反応に、ヴィセはようやく人らしい反応があったと安心していた。
ようやくこの町の住民と会話ができる。ヴィセは聞きたい事が沢山あった。
「このドラゴンは人を襲いません。モニカ、ドーン、ナンイエート、オムスク、ボルツ、他の町や村にも立ち寄りましたし」
「ドラゴンを飼っているんですか!」
「まあ、そんなところです。意思疎通も図れます。ドラゴンは人を襲う訳ではなくて、汚い工場の煙や鉱毒に汚染された水を嫌っているだけです。人が自然を守ればドラゴンは怒りません」
「そう言われましても……」
女性の掻き上げた銀色の長い髪が、狭い額を露わにする。目つきは明らかに怪訝そうで、ドラゴンは安全な生き物だと主張しても、なかなか分かって貰うのは難しい。
ただ、ペットの同伴可としている以上、係員の女性にドラゴンは駄目だと判断する権限もなかった。
おまけにバロンがこの世の終わりかのような悲しい顔で見上げている。バロンはゲートの台に乗ったラヴァニに抱きつき、絶対に一緒じゃないと嫌だと意思を示しているつもりだ。
園内には軽快な音楽が流れ、更には「たのしいたのしい遊園地、さあ遊ぼう、迫力満点の乗り物が待っている」と歌で誘ってくる。バロンはもうその気だ。
「仕方がありません。他のお客様の迷惑にならないよう、ドラゴン連れで乗り物に乗るのは控えて頂けますか」
「はい! やった! 俺あの丸い輪っかにのりたーい!」
バロンが半券を握りしめ、園の中へと駆けていく。
「おい、ちょっと!」
係員にこの町の事を聞きたかったが、バロンはその間にも迷子まっしぐらだ。ヴィセはラヴァニと共に急いでその後を追った。
ヴィセはパンフレットを片手に、どこに何があるかを確かめる。だがバロンが一目散に向かったのはどこなのか、見当がつかない。アスファルトで舗装された園内にアトラクションは全部で12、レストランや噴水広場などの休憩できる施設もある。
「何だ? 変な駆動車が進んでいく……」
≪大地に霧がかかっていなかった頃、地上ではあれに似たものが大陸の端から端まで移動していた≫
ヴィセの目の前を汽車が横切った。線路には踏切が掛かり、とてもゆっくりとした速度で通り過ぎていく。
「あんまり多くないけど、お客さんはいるようだな。とりあえず夜行性説は消えた」
まばらな乗客はラヴァニを見て驚き、動揺した表情のままいつまでも身を乗り出している。 霧に世界が包まれて以降、移動手段としての汽車は使われていない。最後尾に書かれた「わくわく汽車」の文字で、ヴィセはそれが噂に聞く汽車だとようやく理解した。
「へえ、あれが汽車か! いつか乗ったトロッコのちゃんとしたやつだな」
≪汽車という名か。あの煙が我は好かぬ≫
「臭いな」
石炭を燃やして進む小さな汽車を睨みつつ、ヴィセとラヴァニはバロンを探す。しばらくして1つのアトラクションの前でうろうろするバロンを見つけ、ヴィセは胸をなでおろした。
「バロン、迷子になるから勝手に行くな」
「ヴィセ、俺これ乗りたい! そら、とぶ、いす!」
「丸い輪のやつに乗るんじゃなかったのかよ。どれどれ……乗り込んだ椅子が、わずか5秒で50メルテの高さまで上昇……」
≪我より遅いな≫
「これ乗る!」
バロンは目を輝かせ、稼働を待つ「空飛ぶ椅子タワー」に乗りたいという。飛行艇酔いにもやっと慣れて来たというのに、こんな上級者向けの乗り物で本当に大丈夫なのか。
「……分かった。俺はラヴァニと一緒に待ってるから乗ってこい」
「うん!」
丸い輪っか……つまりは観覧車をすっかり忘れ、バロンは大喜びでトロッコのような箱に乗り込んだ。中に椅子があり、男性の係員がバロンの膝と胴に太いベルトを付ける。
「では、目の前のバーをしっかり持っていて下さいね! それでは大空へ……行ってらっしゃい!」
係員の低く明るい声がアトラクションの開始を告げる。しかし、バロンはそれとは対照的な表情だ。ようやくこの乗り物がどのようなものかに気付いたのだろう。
「ヴィセ……」
「あーあ、あいつどんな乗り物か分からずに乗りたいって言いやがったな」
バロンは自分が椅子に乗って空に浮かび上がると思っていなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます