Landmark 03
* * * * * * * * *
≪ヴィセ、バロン、そなたらは己のために動くことを考えた方がいい≫
「え?」
ボルツの町には、結局ドラゴンの何体かが棲みつく事を決めた。オムスカもドラゴンが立ち寄る事を決め、早速数匹が町の外れで寝泊まりしている。
ドラゴン達は疲れ知らずだ。と言っても、やはり安心して休める地上があるなら休息を取りたい時もある。互いに何を差し出すという訳でもないが、ドラゴンと人の共存は上手く行きつつあった。
だが、肝心のヴィセ達は各村や町のために飛び回るだけで、自身の体のためでも、娯楽のためでもない旅を続けている。この旅はヴィセ達自身のためでなく、他人のための旅になりつつある。ラヴァニはそれが気になっていた。
≪我は自らの願いを早々に叶えて貰った。仲間に会うことができ、ドラゴニアの場所も分かった。だがヴィセは人としての望みはあれど、己の希望を話さぬ≫
「あー……そう言われると何も思い浮かばないんだよな。とりあえずラヴァニとバロンと色々な場所に行けて楽しい。それじゃ駄目か?」
「俺も楽しい! でも次の場所ではちゃんと泊まりたい! ご飯いっぱい出てくるところで、お風呂も入りたい!」
ボルツを出てから数時間。ヴィセ達がラヴァニの背に乗って向かう先は、いよいよ大陸東端の町となる。山脈の終わりに見えて来たのはジュミナス・ミデレニスク。テレッサに教えてもらった遊園地がある町だ。
と言っても、遊園地を楽しみにしているのはバロンで、ヴィセは保護者に徹しようとしている。
「町に着いたら、他の町のドラゴンの話が広まっているかどうか、確認しないとな」
≪またそう言って人やドラゴンのために動くつもりか。少しは……≫
「あのなあ、今俺達は何に乗ってる? ドラゴンの背だぞ? これ以上のもんがどこにあるんだよ」
≪そう言われると悪い気はせぬが≫
「遊園地は?」
「ちゃんと遊ぶよ。ラヴァニがちゃんと降り立てるか、そこが問題」
ヴィセは本当にこの旅を楽しんでいるのか。ラヴァニは深入りしないまでも、心配していた。
バロンには実の姉や伯父がいる。ラヴァニにも家族と言っても過言ではないドラゴンの仲間がいる。しかし、ヴィセには本当に誰もいないのだ。
ヴィセは心の中で孤独なのではないか。誰かのために動く事でしか、存在意義を見いだせていないのではないか。誰かの夢が叶った後、ヴィセは抜け殻になってしまわないか。ラヴァニはそれが心配だった。
≪……我は、そなたらと出会えて本当に良かった。ドラゴニアをこの目で見た後も、付きまとうつもりだ≫
「どうした、急に」
≪将来の夢の1つも語らぬヴィセが心配なのだ。霧を晴らし、ドラゴン化も解決したなら、そなたはどうする。我は意地でも付きまとうぞ≫
「どうするって……そこから考えるさ。俺はそんなに先を見据えて動けるほど器用じゃないからな」
「俺ずっと旅したい! ラヴァニと、ヴィセと、ずっと!」
「じゃあ行きたい場所をいっぱい決めとけ。ラヴァニが飛ぶのに飽きるくらい、連れまわしてやる」
バロンは難しい事を考えていない。ただ、自分がしたい事を言葉にし、それを実現させようとしている。いずれ大人になり、恋人が出来る事などきっと考えていない。
そんなバロンの無邪気さに、ヴィセが少しでも引きずられてくれたら。ラヴァニはそう願いつつ遥か遠くの町を目指す。
「あれ……じゃないか」
「見えた!」
今回、ヴィセ達は思い切ってラヴァニに乗ったまま町を目指すことになった。管制官の無線など当然入っては来ないし、降り立った途端銃を向けられるかもしれない。
だが、ヴィセ達はもう様子を見つつ1から説明を始め、何か事件をきっかけに受け入れてもらうという手順に飽きていた。ドラゴンと共にいる所を見せ、仲良くなる気があるなら近づいて来ればいい。そんなスタンスで立ち寄ろうと考えていた。
≪手前の草原に下りるぞ≫
ラヴァニは山脈の端に広がる草原に降り立った。付近には放牧された牛や馬、羊などの姿がある。ドラゴンは野生の牛や馬などを捕らえて食料にするが、家畜を襲う気はない。
≪何故逃げる≫
「そりゃ、家畜はドラゴンに襲われると思って怖がるだろ」
≪あのような逃げ方をされると、我が襲いに来たと誤解されるではないか≫
「ちゃんと説明してやるから。ラヴァニ、町に着くまで鞍をそのままにしていていいか」
草原を抜けると目の前には長閑な町が見えてきた。郊外に比べて草木の姿が殆どないものの、畑があり小川も流れ、工場なども見当たらない。
「ジュミナス・ミデレニスクって、町というより村だな」
「遊園地ってどこかなあ?」
「町の中の地図は持ってないから、ホテルに着いたら聞いてみよう」
「俺、ラヴァニが飛行艇みたいに飛行場に降りるのと思った!」
「それ、面白そうだな。次はドラゴンで飛行場に……っと、バロン、ラヴァニを小さくしてくれ。封印2個残すくらいで」
ヴィセがラヴァニから鞍を取り外し、大きなケースにしまう。大きな荷物を抱えながら町の門をくぐれば、ホテルはすぐ目と鼻の先にあった。
「あー良かった。とりあえず部屋でシャワーを浴びたい」
ヴィセが重い荷物を床に置き、カウンターの呼び鈴を鳴らす。外観は赤いレンガ造りだが、フロントの空間は黒い木目調で統一され、とても落ち着きがある。
明るい時間だからか他に人はおらず、そういえばまだホテルの外でも誰ともすれ違っていない。
「……誰もいない、なんてことはないよな」
呼び鈴を鳴らしたが、誰も出てくる気配がない。なんて不用心だと思いつつ、ヴィセはフロントをぐるりと見回した。綺麗に飾られた花、掃除の行き届いた窓、室内を照らすランプ。どれも人がいなければ維持できない。
「どうすりゃいいんだ……ん?」
誰も出て来ない事を不審に思っていると、ふいに目の前のタイプライターが動き始めた。文字が印字され、そこには歓迎の言葉と共に、宿泊の内容を問う一文が添えられている。
「いらっしゃいませ。フロント横の機械に、宿泊人数と、希望の日程を入力してください……」
「ヴィセ、機械ってこれだー! 俺押したい!」
フロントの横に、見慣れない機械が置いてある。都会のエレベーターのボタンのように数字が並び、ゲストカード代わりに入力する仕組みとなっているようだ。
「2人と……1匹、とりあえず3泊、煙草は吸わない……食事は必要」
それぞれを入力した所で、機械横の引き出しが1つ開き、料金が表示された。前払い制らしい。ヴィセは2人部屋の3泊分、それにラヴァニ1匹の追加料金で合計3万イエンを機械に入れる。
しばらくすると領収証が印字され、中から鍵が出て来た。書かれている部屋は305号室。その部屋に泊まれという事だろう。
「支払いまで自動なのか。もしかして、フロント係が……いない?」
「凄い、全部機械なのかな」
≪我にはさっぱりだが、驚かれず騒がれない事に関しては気に入った≫
「機械をメンテナンスする人はいるはずだ。それにベッドメイキングを機械がしているとも思えない」
重い荷物は台車に載せ、ヴィセは吊り篭式のエレベーターに乗り込んだ。扉の柵を開けて通路に出てもやはり人の姿がない。305号室に入れば、ベッドは綺麗に整えられ、アメニティも揃っていた。点検表のサインは人の手で書かれている。
「人、いない訳じゃないんだな。……なんか、本当に泊まって大丈夫なのかな」
「お金払ったからいいんじゃない? 俺、窓側のベッドがいい!」
ヴィセはまだ何かが引っ掛かっていた。ただ、部屋を見てホッとできるものもあった。
「良かった、ベッドは別々だ。今回はバロンの寝相に苦しめられずに済む」
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