Landmark 02
ヴィセとバロンが外に出て、壁の上からドラゴン達に呼びかける。周囲の者には何も聞こえないが、しばらくしてドラゴンが1匹、また1匹と壁の上にやってきた。
≪我らのためにゆでたまごを用意したか≫
「うん、ジュディさんが食堂の貯蔵庫でたまごを見つけて、茹でてくれたよ!」
「まだたまごはあるみたいだから、1匹で3つか4つくらいは食べていいと思う」
≪そうか。我はまだ良い、ヴィセ達と行動していれば機会もある。仲間にやってくれ、皆楽しみにしておる≫
ラヴァニは食べずに霧の中に戻っていく。ラヴァニの大好物を、仲間に譲るつもりらしい。大きなドラゴンにとって気休めにもならない量だが、ドラゴン達は期待しているようだ。
ヴィセは黒いドラゴンの口元にゆでたまごを近づける。
≪ほう、これが噂の。我らが知っているたまごとはずいぶん違う≫
「熱湯に浸けて、中が固まったら外の殻を剥くんです」
≪そうか……そのような器用な真似は出来ぬ。これは我らドラゴンでは手に入らぬな≫
黒いドラゴンが口を開き、ヴィセがその中に投げ入れてやる。黒いドラゴンはゆでたまごを舌で圧し潰し、その味を確かめた。
≪ほう、これは! なかなか!≫
口の中で潰れた黄身が白身と混ざり合い、今まで経験した事のない柔らかな食感のまま喉を過ぎていく。黒いドラゴンの感動は他のドラゴンにも伝わり、次から次へとドラゴンが集まって来た。
「ジュディさん! まだたまご残ってますか!」
「ええ、貯蔵庫にはたくさん。もうすぐ20個分茹で上がるけれど」
「ありったけ茹でて下さい! バロン、とりあえず3つずつ食べてもらおう」
ヴィセやジュディ達も腹は空いている。ジュディ達も昨晩は何も口にしていない。それでもその場の皆が一丸となり、ドラゴンのための食事を用意している。
ドラゴン側は、腹を満たそうとは思っていない。ただ、ラヴァニが自慢気に語る食べ物がどんなものか、知りたかっただけだ。
≪人とドラゴンは、もう少し早く分かり合うべきだった≫
≪ドラゴニアを巡る争い以降、我らと人は敵対関係にあった。我らは人に近付かなくなり、人は我らを攻撃した。あの頃そなたらがいたなら……≫
浮遊鉱石の独占を巡って争っていた頃、人は自分達の利益のために動いていた。ドラゴンがそんな人に見切りをつけ、必要以上に関わりを持たなくなった。
それから1000年。ドラゴン側にとって、もはや人は野蛮な存在だった。150年前の霧も、人らしい極悪非道さだと思っていた。
しかし、目の前にいる人々は様子が違う。もし人が変わろうとしているのなら、ドラゴン側も変わらなければならない。
≪もう少しかかる。人の気配がする建物もあるが、あと半日もすれば外に出られよう≫
≪それにしても、ゆでたまごとはなかなかに美味だ。兵器ではなくこのような食べ物を用意されたなら、我々は服従してしまったかもしれぬ≫
満足したドラゴンから順に、再び霧の浄化へと戻っていく。
「こちらに敵意がなければ、ドラゴンもまた、私達を敵だとはみなさないのね」
「はい。この辺りは霧の上に顔を出した場所も少ないですし、町が安全になったらドラゴンが休憩できる場所を用意してあげて下さい」
「ええ、勿論そうするわ」
「ヴィセと約束してくれたんだよ、ドラゴンはちゃんと守ってくれる」
ドラゴンは浄化を続け、小腹が空いたらゆでたまごを2,3個ねだりに来る。5、6匹ほどが後から合流したおかげで浄化のペースも早くなった。霧が薄くなるにつれて霧の化け物の活動も鈍くなり、やがて息絶えていく。
夕日が西の果てに沈む行く頃、町に漂う霧はすっかり消えてなくなっていた。
* * * * * * * * *
ドラゴンによって町の霧がすっかり晴れ、ボルツの通りからは星空が見える。道、建物、あらゆるところに霧の名残があるが、雨が降らなかった事が幸いし、ヘドロのようなものは殆ど見当たらない。
役場の放送施設を使い、1時間前には町中に霧が晴れたとアナウンスをした。町の広場に集まろうと呼びかけたが、やはり生き残った者は少ない。人口は数万人いたはずだが、見る限り1000人もいない。
「本当にドラゴンが霧を消したのか」
「そうだ! ドラゴンが20匹以上駆け付け、霧を浄化してくれたんだ!」
ドルガ、ペベス、ジュディ、アンニカが代わる代わる説明し、皆は壁の上にいるドラゴン達を見上げた。
「ひっ……」
住民の殆どは町を闊歩するドラゴンを見ていない。ましてやこの町は過去何度もドラゴンを撃ち落とし、ドラゴンを倒すために兵器を配備してきた。そんな町をドラゴンが救ったと言って、簡単に信用するはずもない。
ヴィセは壁の上にいたラヴァニを呼んだ。広場に大きなドラゴンが降り立ち、人々をジロリと睨む。だが、そのドラゴンはヴィセに懐き、手からゆでたまごを与えられている。
この町の常識ではありえない光景だ。
「本当に……ドラゴンが人を襲わない」
「ドラゴンは人を襲っていた訳じゃないんです。この世界の脅威になるものを排除したいだけ」
「我々を……ドラゴンを憎み、殺して来た俺達を許そうというのか」
「ドラゴンは、ドラゴンだけでこの世界を守れると思っていません。人の手を借りなければならない事も分かっているんです」
どのみち、人口が1000人程まで減ったこの町は、今までと同じ暮らしを維持できない。兵器を稼働させる、維持させる、そんな金も労力も持ち合わせていない。
「この町だけではなく、大陸内のいくつかの町で、ドラゴンの受け入れが始まっています。モニカ、ドーン、オムスカ……このボルツもどうか」
「ドラゴンの受け入れ?」
ヴィセは他の町がやり始めた事を紹介した。それは何という事でもない。過剰な自然破壊を止め、ドラゴンが過ごしやすい場所を提供するだけだ。
「この町は霧に覆われた事で町長も、役場のお偉いさんもいなくなった。地道に生きて行くさ」
「時間は掛かるが、ドラゴンが喜ぶのなら養鶏場を増やしてもいいな。元々の温泉を資源とした町に戻ってもいい」
まだ亡くなった人々があちこちに横たわり、生活を支えていた機器類も壊れたまま。早くしなければ火葬の遺体に虫が湧いてしまうし、働き手を失った工場や商店は廃墟になるだけ。農地の土も霧の影響を抜かなければならない。
「1、2か月で生活が元に戻る事はない。出ていく人もいるだろう。でも、近代化の前、このボルツは静かな農村だったと聞く」
ボルツの者達はしばらく苦しい生活を強いられるだろう。
けれど、ボルツの再生は思ったよりも早かった。草木は土壌の毒素を吸い上げた事で一時的に枯れたが、そのおかげで土壌の汚染レベルが著しく下がったのだ。
ヴィセとバロンも1か月程滞在し、町の復興を手伝った。そのうち、他所の町からも救援物資が届き、中でもオムスカの協力は大きかった。
「ディットさん、毒を中和する薬を作り出したらしい」
「ほんと!? これ……ちゅうわざい、つちに、まいて、きりの……どくを、かためるって」
「ああ、あの人凄いよ」
ディットはドラゴンの協力を得て、その体の研究を進めていた。ドラゴンの肺の機能を調べ、そこに作用する物質を突き止めていたのだ。
また、ドラゴン達もボルツに協力的だった。時折ドラゴンが飛来しては、鶏や牛などを置いて行くのだ。人々はそのお礼として、広大な空き地を整備してドラゴンの寝床を用意し、時折ゆでたまごを置いた。
ヴィセ達は役目を終えたと感じ、それから2日後に次の町へと旅立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます