Dimension 10



 * * * * * * * * *



 霧の中を歩き始め、数十分。周囲には息絶えた者の姿があり、家の扉が開いたままのアパートもある。ベペルとドルガは恐怖に慄いていたが、それでもバロンに見せないようにと視界を遮って歩く。


「もう10歳だから、俺大丈夫だよ」


「俺が見せたくないんだ。何歳になっても、死んだ人を見て……平気だと言える人にはなって欲しくない」


 ヴィセは焼き討ちで村を失い、目の前で多くの者が殺されていった。バロンも目の前で両親殺された過去を持つ。ただでさえヴィセ達は誰よりも長生きする可能性が高い。人の死に慣れて欲しくなかった。


「あれだ。あの倉庫だ」


 ドルガが大きな倉庫を指差した。白い壁は幅の広い角波板になっている。その大きさは奥行き25メルテ、幅50メルテ程、屋根まで10メルテはありそうだ。


「屋根まで霧で覆われているし、これじゃあ中は霧が入っていて誰も生きられない。さ、入り口はこっちだ」


 ドルガに案内され、皆はシャッターを開けず従業員の入り口から中へ入った。外よりはマシなものの、案の定、中は既に霧で覆われている。


「霧はベッタリついているが、これが防炎シートだ。そっちのブリキ板と一緒に台車に載せてくれ。倉庫の外に機械駆動4輪があるから、動けば全部を一度に運べる」


 防炎シートは5.6メルテの正方形。運ぶ前に霧で汚れた部分を拭いて繋ぎ、現場に持っていけば作業も楽になる。


「鉄板もあると聞いたが、溶接器具はないのか」


「うちは熔材屋じゃないんだ。溶接棒もないし、溶接機もガスもない」


「そうか、ならばシートを一部抑える程度にしか使えないな」


 ドルガが資材を色々見せて回り、ベペルが壁を塞ぐのに使える資材を選んでいく。長尺のトタン板などを片っ端から台車に乗せると、大きな台車は大人2人が押しても動かない程になった。


「テープで貼り合わせたけど、剥がれないって確証はないし……木材を打ち付けてシートの上を固定するのが一番だ。梯子もあるし、四隅さえ塞げば」


「ヴィセ! あった!」


 ヴィセが腕組みをして悩んでいる間、バロンは倉庫内を勝手に歩き回っていた。霧の下で廃材を集めて暮らしていた彼にとって、この資材倉庫は夢のような場所だ。


 バロンは廃材を使った小屋で暮らしていた。この程度の材料があれば、穴を塞ぐくらいお手のものだ。


「それは……接着剤? よく字が読めたな」


「へへっ! これ、ヴィセのセ! これ、バロン・バレクのク! それでヴィセのイ! セ、ヤ、ク、ザイ、が読めたから!」


「やるな、バロン」


 ヴィセとバロンは在庫の強力接着剤を木箱3つ分台車に載せる。シャッターが動けば音が響く。4人と1匹は出来るだけ音を立てないよう、慎重に台車を外に出す。


「それで、機械駆動車は」


「……駄目だ、原動機が動かない」


「げええ! これを押して戻る事になるのか……」


 ブリキ板、鉄板、それに何枚ものシート、木箱に電動ドライバー、穴を空けるホールソーという道具。ありとあらゆるものが載っている。これを押しながら戻るのは大変だ。


 ≪ならば、我が元の大きさになろう。我の首に縄をかけ、引っ張ればよい≫


「大丈夫か?」


 ≪我らは牛1頭を軽々と攫って喰らうのだぞ。これくらい問題ない≫


 バロンが封印を解除する前に、ヴィセが運搬方法を説明する。ドルガは大きくなったラヴァニに腰を抜かしたが、構っている暇はない。


「俺が後ろで支える。勢いよく牽いて足に当たると怪我するぞ」


 ヴィセはドルガ達を後ろにつかせ、そっと自身の体をドラゴン化させた。ラヴァニの力は強い。幾らヴィセが鍛えていても、生身の人では何の役にも立たない。


 障害物があると台車は通れない。時折瓦礫や亡くなった者を道の端に寄せながら、1時間ほどかけてやっと工場に戻ることが出来た。


「脚立を穴の両側に掛けろ!」


 ≪霧の化け物が上がって来ぬよう、我は壁の外を見ていよう≫


 バロンが接着剤に気付いた事で、防炎シートは張り合わせ部分が剥がれない。耐熱接着剤だった事も幸いし、防炎シートの4辺を木材で壁に打ち付けた後、いったんは霧の流入が止まる。


「ブリキ板、それに鉄板で補強をする! 接着剤では不安だが、俺に任せてくれ!」


 ヴィセが脚立の下から材料を持って上がり、ペベスとドルガが張り合わせていく。鉄板に穴を空けてねじで固定すれば、不格好ながら頑丈な補修となった。


「出来た……やったぞ!」


「ああ、これで後は町の中の霧を何とか出来れば……」


「とりあえず離れよう! 炎はまだ消えていないぞ」


 もう1度爆発が起きたなら、補修した壁は簡単に崩れるだろう。消防署ならガスマスクもあるはずだ。しかし消防隊は最初に出動し、消火できずに息絶えている。消化するための手段がない。


「水を大量に用意できるかと言えば……」


「水は近くにため池があるが、運ぶ方法が……」


 火災、そして霧。それらをどうするのか。それを解決しようと動いたのはまさかのラヴァニだった。


 ≪我が仲間を呼んで来る。1日ほどかかると思うが、群れで来たならば霧の除去も出来よう≫


「仲間は……助けてくれるのか? この町はドラゴンにとって天敵とも言える町だろう」


 ≪説き伏せる事が出来なければ、我だけで霧を浄化するだけ≫


 ラヴァニは天高く舞い上がり、仲間が住むイエート山へと向かう。かなりの距離があるにも関わらず、自ら申し出て向かってくれた。ヴィセは共存という言葉を信じてくれるラヴァニに感謝していた。


「ラヴァニが仲間を呼んできます」


「な、仲間!?」


「ええ。ドラゴンは霧を浄化できるんです。何体のドラゴンが来てくれるか分かりませんが、この霧を少しでも減らすことが出来たなら」


「この町を……救ってくれるんですか?」


「はい」


 ドルガは経験がないものの、ペベスは若い頃、実際にドラゴンへの迎撃を目の当たりにしている。飛んで逃げる傷付いたドラゴンを、砲弾が追って殺す姿までしっかりと覚えていた。


 霧の中へ落ちていくドラゴンの悲痛な叫び、仲間を守ろうと盾になるドラゴン。彼らの絆は目の当たりにしている。


「……一度、部屋に戻らないか。ヴィセくん達はこの町で過去にあったドラゴンとの争いを良く知らないだろう」


「え、ええ、まあ」


「この町にドラゴンを呼ぶという事は、彼らに今こそ仲間の仇を討たせる、という事になりかねん」


 ラヴァニは絶対にそんなつもりで仲間を呼びに行った訳ではない。ドラゴンは誠実で、誓いを反故にする事はないだろう。イエート山で共存に協力すると言ってくれた事は嘘ではない。


 しかし、同時に彼らの絆を試すような事態でもある。ドラゴンは仲間を殺した人を許し、助ける事が出来るだろうか。


 部屋に戻って霧に汚れた服を処分し、ペベスはヴィセ達にこの町の昔について語り始めた。


「この町は……ドラゴンを恐れてきた。ドラゴンに襲われた町の話を聞き、この町もいずれ襲われると」


「それで、武装が始まったんですね」


「そうだ。ドラゴンにやられる前に、やる。だが皮肉にも、武器を作る工場を乱立しだした頃になって、ドラゴンは初めてやってきたという」


 ボルツの住民は、工場だけを狙われたなどとは思っていなかった。ドラゴンに対抗しようと更に武器の配備を加速させ、過去数度の衝突を起こしていた。


「ドラゴンは……この町の汚染を消したかっただけなのか」


「ドラゴンはね、優しいんだよ」


 バロンの言葉に、ペベスが力なく微笑む。


「……仲間を守るためなら盾になる事も躊躇わない。無慈悲な生き物ならそんな事はしなかっただろう。この町の惨状は、ドラゴンを信じなかった代償なのだろうな」

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