Dimension 09
* * * * * * * * *
5階の2部屋から出て来た者達は、ラヴァニに驚きまた閉じこもった。
それからひたすら安全だと訴えかけて1時間。部屋の住人である男まで締め出され、最終的に「嫌われた、悲しい」とバロンが嘘泣きをした事で、男の部屋から住民が出て来てくれた。
更に1時間が経ち、もう片方の部屋からも4人が出てきて男の部屋を訪ねてきた。部屋の中から笑い声が聞こえてきたのが決め手だったという。こうしてマンションの住民11名が揃った。
「このドラゴン、本当に賢いわ。それにどことなく表情も柔らかいし、バロンくんにとても懐いているもの」
≪……我に対し表情が柔らかいという発言は、誉め言葉ではないと伝えよ≫
「あー、出来れば凛々しいとか、威厳があると言って欲しいそうです」
「まあ、可愛い!」
何のためにヴィセ達が来たのか分からなくなるような時間が過ぎていく。ヴィセは皆の警戒が解けたところでようやく立ち上がり、改めて挨拶をした。
「俺はヴィセ・ウインドです。こっちはバロン・バレク、ドラゴンのラヴァニです」
「改めて、この部屋の住人のドルガ・エユノフだ。ヴィセくん、外の様子はどうだったのか、教えてくれないか。君たち以外に町の中にやって来た捜索隊は……」
「いません。引き返していく飛行艇が数機あったのなら、そろそろ他の町にも状況が伝わり始めていると思いますが……」
「町が壊滅と聞けば、今更急いで助けに来る人もいない、ってことね。私達もうこのまま食べ物が尽きて死ぬのを待つだけなの?」
「いや、ヴィセくん達が来てくれた、まだ望みはある」
5階の部屋から眺める景色の通り、この町は壊滅だ。そして思った以上に人が死んでいると知って、住人達の顔は青ざめた。
霧の中を逃げても、外壁の上に出る手段がない。閉まっている扉を強引に開ける事も出来ず、霧で止まったエレベーターも使えない。動いたとしても、恐らくいると思われる死人を降ろし、数人ずつ順番に登っていく間、行列の大勢が死ぬだろう。
ヴィセ達が片方の飛行場へ続く階段の鍵を開けたが、今更外に出て、階段で上がれる事を確認する者がいるだろうか。この家から歩いて1時間、マスクなしで誰が行きたいと思うだろうか。
「望みはあるって言っても、じゃあヴィセくん達にマスクを借りて、2人で行って、1人が先に行ったそのマスクを持って帰って来るの?」
「11往復……その間、他の生存者は待ち続けるしかない。いくらなんでも非現実的だ。もし途中でマスクを奪われたならどうする」
「でも、ここで死を待つだけなんて! 工場がいつ二次爆発を起こすかも分からないのに」
「工場の煙も、決して無害じゃないだろうからな……」
ヴィセとバロンはマスクなしでも生きていられる。ラヴァニに乗れば他の町に行く事も出来る。しかしマスク2つではあまりにも心許ない。
「どこか、ガスマスクを置いてそうな店はないんですか」
「旅人向けの店が玄関を出て右の通り沿いにあったけど。他にも何店舗かあったはずだし、探せば町に何十個かはあるかもしれない」
「だが、そんなのもう他の奴らが真っ先に考えているだろう。店を襲い、ガスマスクを手に入れようってな」
「返り討ちにされる可能性もあるんじゃない? 町の中で誰にも会わなかったって事は、ガスマスクがなかったか、手に入れても襲われたり、取り合いしているうちに霧を吸い込んで使えなかったか……」
とりあえず、この11人だけでも無事に外壁の上に避難させられないか。そう考えても妙案は出て来ない。
≪我が姿を大きくし、背に乗せるという方法もある。しかしこの家の外に我の足場がない。我の重みに耐えられなければ、その家の者を巻き込む≫
「マスクをして通りに出て、ラヴァニが運ぶという手もあります。それからラヴァニの背にマスクを置き、ラヴァニが戻って来る」
「そ、それがいちばん安全だ!」
「……一度戻ってロッカーから鞍を出さないといけないな」
「ねえ、ラヴァニだけじゃこの町のみんなを助けるのは大変だよ? やっぱり穴を塞ごうよ」
「塞ぐって言ってもなあ……」
バロンはラヴァニだけ頑張らせる事を良く思っていないようだ。確かに霧が入って来るのを止めるのは無駄ではない。放っておけば霧は外輪山の低い部分からカルデラ内に侵入し、壊れた壁の部分からどんどん流れ込む。
外の霧の高さと同じになるまで、流入は止まらないだろう。いずれこの建物の最上階も霧に包まれる可能性がある。しかし、どうやって塞げばいいのか。工場の炎にも耐え、一時的でも止めるためには何が有効か。
たった数人で成し得るには、どんなものなら可能か。それを思いついたのはドルガだった。
「壁に開いた穴は、どれくらいの大きさだったかい」
「俺の背丈の2,3倍くらいの直径だったかと」
「という事は、おおよそ5メルテ四方ほどあればいい、か」
ドルガは本棚から簡易的な町の地図を取り出した。役所から発行される町政だよりの町内イラストだが、概要を掴むには十分だ。
「このマンションがここ、工場はこれだ。俺の勤務している資材倉庫がここにある」
「資材倉庫? 何があるんですか」
「あるのは鉄材、木材、ブリキ板、それに防炎シートなんかもある」
「防炎……そうか! 炎に耐えられるのなら、工場の火災を気にせず塞ぐことが出来る」
皆が少し希望を持ち始めた。最悪の場合、ラヴァニが皆を運ぶことも出来る。
ヴィセはもうドラゴンに恨みを抱いている町だという事を完全に忘れ、ただ目の前の人々を救う事だけを考えていた。すくっと立ち上がり、地図を頼りに霧の中に出て行こうとする。
「早速行ってきます!」
「あーん俺も行く!」
≪我も共に行くぞ。咥えて飛べば問題のない距離だ≫
ヴィセ達に任せていれば、助かるかもしれない。皆は真剣な顔で頷き、見送ろうとする。
「待ってくれ、資材倉庫に辿り着いても、中に入るには鍵がいる。俺も1つ持っているけど、もし中に誰かいたら、君達は泥棒扱いされてしまう」
「俺達お金持ってるよー? ちゃんと買いに来ましたって言うもん。盗んだりしちゃ駄目だよ」
「こんな霧の中だ、絶対に警戒される。そこで働いている俺が一緒に行けば分かって貰えるはずだ」
「で、でもそうするとマスクが3ついるはずよ?」
ヴィセ、バロン、そしてドルガ。3人で行くことは出来ないから、誰かが残る事になる。バロンはヴィセがいなくなれば泣き喚くだろうし、ヴィセがいなければ行かないだろう。
じゃあ他の誰かに頼むか。それこそマスクを奪われて命を落す可能性もある。この状況で全てをクリアし、皆を救う手立ては……なくもない。
「……仕方ない、俺とバロンの秘密をお話します」
ヴィセは自分とバロンは霧の中でも呼吸ができ、本当はガスマスクなどいらないのだと告げた。ガスマスクは念のためであり、そして付けていない事で誤解されないために過ぎない。
「ガスマスクがいらない……そんな人がいるの?」
「特異体質のようです。バロン、顔は汚れるけど仕方ない。俺とバロンとラヴァニ、それにドルガさん。ガスマスクはあと1つありますから、どなたか……」
「
赤いソファー横の床に座っていた白髪交じりの男性が立ち上がった。頬はややこけ、ヴィセよりも少し身長が低い。ただドルガと同じくやや細身ではあるものの、その腕は太い。
「もうすぐ60になるとはいえ、長年の大工仕事で鍛えている。作業があるのなら儂が適任だ。坊主達がいくら特異な体質でも、壁を塞ぐ作業がすんなりいくとは思えんからな」
男がヴィセからガスマスクを受け取り、短い髪を茶色に染めた妻をハグして玄関を開ける。
「ベペス・ウォーレンだ。時間が惜しい、行くぞ」
ベペスに続き、ドルガ、ヴィセ、バロン、ラヴァニと続く。念のため扉と1階の鍵を閉めるように伝え、4人と1匹は霧の中へと出て行った。
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