8・【Dimension】羽ばたける旅路

Dimension 01


 8・【Dimension】羽ばたける旅路




 大陸中央部のやや東に位置するオムスカ。テーブルマウンテンの上で発展を遂げた中規模都市だ。


 霧からは程よく距離があるため、モニカ等の町に比べ霧の被害は少ない。しかし家畜の転落や行方不明者の捜索、低い場所での採掘など、無縁の生活を送る事は厳しい。


 霧毒症の患者はゼロではなく、その多くはドラゴン博士と呼ばれる女性「ディット・ジョーンズ」の研究のおかげで命を取り留めている。


「博士、公園に我々を集めて一体何を……」


「あ、あいつの肩にいるのはドラゴンか?」


「え、うそやだ! 博士まさかドラゴンの子供を捕まえて……」


 研究の成果で治してもらいたい、しかしドラゴンは怖い。そんな者達は今、役所前の広い公園に集められていた。芝生にぽつぽつと背の低い木が植えられただけ、それはこれからの事に都合が良い場所だった。


「バロン、封印は全部あるよな。まだスイッチ切るなよ」


「うん! 俺が切る!」


 ≪我は構わぬが、本当にやるつもりなのか≫


「ま、勝算があるのなら付いていくだけだ。俺達も協力してくれる人が欲しい」


 ディットとヴィセ達が芝生の真ん中に立ち、その前には200人以上の町民が座っている。どうやら聞きつけた者が他人にも声を掛け、さらに集まったようだ。介助の者、杖を持った若い男、車椅子に座った女、その様子は様々だ。


「みんな! ここにいるって事は、自分か家族か友人の霧毒症を治して欲しいと、そういう事でいいかしら!」


 博士の声に皆が声もなく頷く。霧毒症が治るというのに、ラヴァニの事を警戒しているのか、治療方法への不安なのか、皆の表情は明るくない。


「だけどドラゴン研究や、ドラゴンとの共存の道を探る事には反対! という人は素直に立ち上がってちょうだい」


 ディットが声を掛ければ、不安そうに数人が立ち上がった。


「理由を聞いてもいいかしら。あたしに非がある事なら改める」


 立ち上がった壮年の男が、帽子を取って白髪を晒しながら言い難そうに俯く。


「ど、ドラゴンの怒りを買えばこの町がどんな目に遭うか……」


 男の言葉は、研究を支持する者でも不安に思う所があったのだろう。何割かの者が心配そうにディットへ視線を向けている。午後の陽気の中、飛行艇が飛行機雲を曳航し、爽やかな風が通り抜ける。なのにどこかその場は重苦しい。


 ディットはため息をついて腕を組んだ。


「横にドラゴンがいるっていうのに、あなたそもそも信じる気がないんでしょ。石の橋を大丈夫だと言われても、叩いて、爆弾を置いて、橋脚をへし折って、ほら壊れたじゃないかって言いそうね」


「……研究が安全であるという保証はあるのか! 確かに体の事は治したい。だがドラゴンは……」


 そのうちドラゴンの怒りを買うのではないか。男の言葉に対し、ディットを庇う声は聞こえない。皆が同じことを思っているという事だ。


「あたしの研究内容はこの子達にも、そのドラゴンさんにも聞かせたわ。その上で問題ないと言っているの。不満かしら」


「あ、あの、俺達はドラゴンの言葉が分かります。みなさんの治療に力を貸すと、だからこの場に来ています」


「ドラゴンの言葉が分かる?」


「ドラゴンの言葉ですって?」


 ヴィセの言葉を疑う声が上がる。言葉が通じる事を証明するのはなかなかに難しい。その場で指示を出し、ラヴァニがその通りに飛んでも、完全には信用してくれない。


「予め仕込んでいたんじゃないのか?」


「ドラゴンは何と言っているの? それをどうやって信じればいいの?」


 ≪この者ら、頭が悪いようだ。目の前の光景を事実として受け止められぬようだぞ≫


「……助ける価値がない、なんて言うなよ」


 ラヴァニは早くも機嫌が悪くなったようだ。ヴィセが落ち着かせようと頭を撫で、しっかりと抱える。


「ドラゴンが何に怒りを感じているのか、それを説明したら理解するの? 分かってやる、治療させてやる、とでも言いたいの?」


「ど、ドラゴンに襲われた町や村があるのは、あんたが研究していて把握しているはずだ。人を襲っているのに安全なはずないだろう!」


 男は引き下がらない。ディットの機嫌も次第に悪くなっていく。


「説明したら理解するのかって、聞いたんだけど」


「人を襲った事実があるというのに、説明で覆せるのか?」


 周囲の者がもうやめろと諫めている。この場の者が治してもらえるのかはディット次第だと分かっているからだ。1度研究を止めるといい、それでもこうして治すと言って思いとどまった。誰もその相手に2度目があるとは思っていない。


 案の定、ディットは男を睨んで怖い顔をしている。


「まだ立ったままのあなた達も同意見? 他に治療は受けたいけど、ドラゴンが怖いから研究を止めてくれ! と言う人はどうぞ立って」


 ディットが声を掛け、2人が座り、5人が立ち上がった。ディットは合計12人に対し、1人ずつ指を差して「分かった」と頷いた。


「じゃあ今立っているあなた達は帰りなさい。あたしはあなた達を治療しない。顔も覚えた。いいわね、ラヴァニさん」


 ≪構わぬ。我は共に生きる気がない者の命に興味はない≫


「共に生きる気がないなら、その命がどうなってもいいと言ってます」


 ディットに治療をしないと言われ、何人かが慌てて座った。だがディットは研究をするだけあって頭は良い。顔を忘れてはいない。


「座っても無駄よ、覚えたから。あたしはあたしの支持者だけを救う。そしてドラゴンはドラゴンの支持者だけを救う。大勢が賛成だから反対の人も全員救うなんて思わないで」


「ねえねえ、研究やめろって言った人達はどうするの?」


「あたしはバロンくんほど優しくないの。治せば信じてくれるかもしれないけど、先に信じてくれた人がこれだけいれば十分。さあ、支持してくれるみんな! これで霧毒症は絶対に治るわ!」


 ディットはバロンの頭を撫で、封印の解除を依頼した。目の前の者達はこれからドラゴンが巨大化し、皆にその息を吐きかけるとは思ってもいない。


「博士に賛同していない人達はこちらに留まって下さい。賛同して下さる方は、この子達と一緒にあちらへ。バロン、ラヴァニ、頼んだぞ」


「うん!」


 バロン達が少し離れた所に移動する。バロンは封印のキューブを全部取り出し、1つずつスイッチを切っていく。


「あのね、今からラヴァニがぶーって息を吐くから、それをちゃんと吸い込んでね! それが病気を治す!」


「ラヴァニ? ラヴァニって誰?」


「おいおい、ドラゴンが大きくなっていくぞ!」


「そんな、ドラゴンの子供じゃなかったの!? ひっ……」


 本来の姿を取り戻したラヴァニを見て、驚かない筈はない。ディットだけは目を輝かせているが、その他の者は合図でもあれば散り散りに逃げそうだ。


 ただ、この場から逃げたなら、もう治療しては貰えない。


「怖くないよ! ラヴァニは優しいから。ドラゴンもね、みんな信じて欲しいし助けて欲しいんだ。だから代わりにラヴァニもみんなを助ける」


 子供が当たり前のようにドラゴンを撫でている。少なくともこの目の前のドラゴンは今、人を襲っていない。患者達はその事実を認め、信じるしかなかった。


「ドラゴンは霧を消せるんだよ。だからみんなの体の霧も消してくれる。じゃあラヴァニ!」


 ≪分かった≫


 ラヴァニがその場の者達に息を吹きかけていく。それは何分間も続けられ、気が付くとゼエゼエと苦しそうな呼吸も、痰が絡んだ咳も聞こえなくなっていた。


ヴィセとディットは、8人の患者と4人の付き添い人を参加させないまま、その様子を見守っていた。


「あれが、信じる勇気を持った人達の結果です。ドラゴンは人をむやみに襲ったりしない。その言葉を信じていたら、あなた達もあっち側にいたでしょうね」


「ドラゴンはあたし達が思うよりも誇り高い。助けてくれたら信じてやるなんて甘いのよ」

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