Zinnia 09
博士は真剣な顔でラヴァニを見つめる。研究の内容からしてドラゴンに悪意があるとは思えない。ヴィセはどこまで警戒を解いて良いのか、探りながら会話を続ける。
「知りたかったことって、何ですか」
「ずばり、ドラゴンが何に怒りを感じているのか。ドラゴンが狙うのは人じゃない。かと言って、町や村の破壊かといえば、そうとも言えない」
「ええ、その通りです。ドラゴンは人を敵だと認識していますが、理由なく人を襲うつもりはありません」
ヴィセはそう言って何枚かの写真を見せた。それはイエート山でドラゴン達が飛び回っていた時の写真や、ラヴァニが元の大きさに戻った時の写真だ。テレッサも笑顔で写っており、ドラゴンに変身したエゴールとジェニスの写真もある。
「うそ……信じられない! ドラゴンと一緒に記念撮影!? 何故、どうして」
「だって、ドラゴンは悪いやつじゃないもん。空気とか、水とか、汚されたくないから怒ってるだけだもん」
「人の行いを……罰する存在」
博士はリビングを出ていく。1分ほどで分厚い本を抱えて戻って来ると、栞を挟んだページを捲る。
「これはね、600年前の古書なの。ドラゴンと人の暮らしについて書かれてある。これ、本当の事? 子供のドラゴンじゃ分からないかもしれないけど、何か分からないかな」
「これって、レーベル語? すみません、俺達はジェフ語しか分からないんです」
「簡単に翻訳すると、鉱山の事故で鉱毒が川に流出した。ドラゴン達が飛来し、人に目もくれず鉱山を破壊し始めた。鉱毒の流出が止まると、ドラゴンは人を威嚇しただけで帰っていった」
≪鉱山のせいで池が赤く染まり、穢れのせいで大勢の生き物が死んだ事は1度や2度ではない≫
「数年後、再びドラゴンが現れた。鉱山は閉鎖され、川にも魚が戻っていた。ドラゴンはこれまでと同じように付近で動物の狩りをし、川の水を飲み、それからも姿を見かけるようになった……人を襲った記述が一切ないの」
博士はヴィセ達の主張を裏付ける記述を探してきたのだ。博士はドラゴンが悪者であると断定するための証拠を探しているのではない。ただ真実を知りたいだけだ。
このような者なら、ドラゴンと人の共存について共感してくれるかもしれない。ヴィセはラヴァニに確認を取りつつ当時の事を伝える。
「1つ1つの事件について覚えている訳ではなさそうですが、ドラゴンは人を襲うのではなく、汚染源を排除しただけです」
「ちょっと待って、覚えている訳ではないって、言った? そのドラゴンは何歳なの」
研究モードに入った博士は鋭い。ヴィセの言葉、挙動、それにラヴァニの反応もしっかりと観察していた。
≪我は己の年齢など覚えてはいない。浮遊大地の誕生以前から生きている≫
「えっと、浮遊大地ドラゴニアが誕生した時には既に生きていたと。ドラゴンの子供じゃなくて、先程俺とバロンと一緒に写っていたのはラヴァニです」
「小さくなれるの!?」
「ラヴァニ村にはドラゴンを封印する機械装置があって、1つが壊れたせいで封印が解けました。封印が不完全な状態では小さくなり、完全に作動すると冬眠状態になるみたいです」
「俺持ってるよ! この小さいのがね、封印! 何個かあるけど、全部使わないとラヴァニが可愛い大きさになれない」
≪……我の事を可愛いと申すか≫
ドラゴンが1000年以上生きるとは思っていなかったのだろう。封印についての知識もなかったようだ。バロンから封印のキューブを1つ受け取り、まじまじと観察する。
「こんな精密機械、今の技術の製造機械では作れない。原理は分からないけど、間違いなく霧が発生する以前の技術よ。あなたたち、本当に……何者? どうしてこんなドラゴンについて重要な事を当たり前のように」
「えー? だって、俺もヴィセもドラゴンの血で……」
「あー、あー……えっと、ラヴァニ村ではドラゴンについての話が色々伝わっていて、この封印は偶然見つかったんです!」
バロンは何をどこまで秘密にするべきか、判断や駆け引きがまだ分からない。ヴィセは慌てて声を被せる。
「ドラゴンの言葉を理解できるのはどうして? あたしは30年ひたすらドラゴンの事を調べ続けていたの。それなのにまるで……それが全部無駄だったかのよう」
博士は肩を落とし、悔しそうに俯く。ヴィセ達は何も悪い事をしていないが、申し訳なさを感じてしまう。命の代償とはいえ、ヴィセやバロンは努力で知識を得た訳ではない。
「ねえヴィセ、はかせ悪い人じゃないよ」
「えっ?」
「だって、俺達の話、信じてくれたよ? ドラゴンの事を分かってくれると思うよ」
「いや、そうだけど……」
ヴィセ達が何かを隠している、それは博士にも伝わっていた。ヴィセは博士が悪者だと思っている訳ではないが、秘密を明かすべきか悩んでいた。研究させてくれと言われ、血を採取された場合、うっかりでは済まされない事態も起こり得る。
また、興味本位で知られた事が、大勢に意図しない形で伝わるかもしれない。口が堅いのか、そこは念を押す必要があった。
「あの、あなたは……」
「ディットでいいわ、ジョーンズさんって呼ばせるのも他人行儀だし」
「ディットさん。あなたは秘密を守れますか」
「その秘密が犯罪じゃないのなら、ちゃんと守る」
秘密にしてくれと言わずに伝え、それを周囲に話されても文句は言えない。ヴィセは約束した上で正体を明かした。
「俺とバロンは、ドラゴンの血を体に取り込んだせいで、ドラゴンの力を得ました。ドラゴンと話せるのはそのせいです」
「ドラゴンの血を? でも、動物の血や肉を食べてもそんな力は得られないし……何らかの成分が血中に……」
「あのー」
「ああ、ごめんなさい」
ディットが考察を挟もうとするせいでなかなか説明が進まない。
「俺達は、ドラゴンと人が共存できる世界を目指しています。この霧を取り去り、いつかは大地を取り戻したい。それはドラゴンの願いでもあるんです」
「共存? ドラゴンは人を襲う訳じゃなくて、空気や水を汚されたくないだけって話が本当なら確かに可能だけど。でも、それには人がドラゴンを正しく理解する必要がある」
ディットは馬鹿げた話だと言わず、きちんと考えてくれている。ヴィセとバロンは頼もしい味方になりそうだと顔を見合わせて笑い、今までの旅の事を話した。
「若いのに……そんな旅をしてきたのね。どの話も興味深い。ドラゴン博士と呼ばれるあたしの事は、偶然知ったと」
「はい」
≪ヴィセ、この者の考えを聞いてはくれぬか。ドラゴンに危害を加えるような研究をしたことがあるのかも知りたい≫
「今まで、どのような研究をしましたか。ドラゴンを捕まえる、血や肉を手に入れるという事は」
「ないない! 鱗は何枚か手に入れたけど、とても高価だし、特別な事は分からなかったもの。研究室にあるのはドラゴンの浄化能力の再現実験道具」
「浄化能力の、再現……」
ドラゴン博士と呼ばれているが、ディットの本職は霧を吸ってしまった者の治療だ。肺の機能を再生させるため、ドラゴンに霧が効かない事に目を付けたのだという。
「でも、肺にこびりついた霧は取り除けない。現状は手術で肺を強引に拭いたり洗ったりで少しマシになる程度」
ヴィセはラヴァニへ視線を向ける。ラヴァニもヴィセの意図が分かったようだ。
「ドラゴンの浄化能力は、検証しましたか」
「いえ、流石に。だって、あなた達みたいにドラゴンの知り合いがいる訳でもないし」
「ラヴァニがお見せします。研究に役立つなら是非とも。その代わり、協力して欲しい事があります」
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