Zinnia 07



 * * * * * * * * *



 ドラゴンを連れた旅人が現れ、ホテルのフロントは大騒ぎとなった。ヴィセ達は強盗ではないかと疑われ、宿泊を拒否されそうにもなった。ドラゴンも怖いが、ドラゴンを手懐ける少年達も恐ろしい。


 ラヴァニには悪いが、ドラゴンはペットであり、群れへと返すために旅をしていると告げ、懐いていると言って説明した。


 首輪やリードがなくてもヴィセから離れず、バロンがぎゅっと抱いても嫌がらない。それを見せてもなお従業員たちは警戒し、首を縦に振らない。


 結局、宿泊を許されるきっかけとなったのは、バロンの泣き芸だった。


「あぁーんヴィセぇ、俺疲れたあぁ! みんな、ふぇっく、いじわるあーん!」


 子供に泣かれ、まずはその場の数人が同情心を抱き始める。白く明るい壁のロビーに鳴き声が響けば、係の者も宿泊客も何事かと見に来てしまう。


「み、見ろ、ドラゴンを肩に……」


「ど、どういう事? それで宿泊を断られたのかしら。でも当然よ。ドラゴンなんて恐ろしい。きっと危ない奴らだわ」


「そりゃそうだが、なんだか……見ていて気の毒だ。ほら、あんなに泣いて……あの青年もまだ若いじゃないか」


「でもドラゴンを連れているのよ? 何をしでかすか……」


 外野の声がハッキリと聞こえる。ヴィセも落胆しており、本音を言うなら泣きごとの1つでも言いたいくらいだった。


「仕方ない、でも泣くな。ここの人がバロンを苛めていると勘違いして、ラヴァニが火を吐いたら大変だ」


 ≪なんだ。こやつらは我らを受け入れぬというか。ふむ、この場合、こやつらは敵だ。このホテルとやらを焼き尽しても構わぬか≫


「駄目だ、宿泊を拒否されたからって炎に包んだら悪者だぞ」


 ヴィセの物言いはやけに物騒に聞こえる。おまけにドラゴンがヴィセとバロンの言葉を理解し、脅すように小さく火を吐く。


「ふっ、ふっ……ふえっく、ごはん食べたい……今日はちゃんと、ふえっ、あったかいベッドで、寝られるって、約束したぁ」


 バロンはヴィセに縋りつき、顔を薄手のコートにうずめる。その悲壮感は事情を知らない者ならきっと心打たれるだろう。


 だがヴィセはバロンのぐずぐずな声を聞きつつ、心の中で「あれ?」と違和感を覚えた。そのような約束はしていないし、まだご飯の時間ではないと言ったばかりだ。


(お前、もしかして……泣いてない?)


 目には涙が溜まり、バロンは確かに泣いている。だが、ヴィセは一部演技が含まれている事に気が付いたのだ。


「バロン、仕方がないんだ。ラヴァニが怒る前に行こう。お前楽しみにしてたもんな。あったかいご飯出してくれるホテル探してやるから」


 ≪我らを泊めぬというのなら、悪者はこやつらだと思うのだが。ドラゴンとの和平など毛頭築くつもりのない様子。畏怖の意も感じぬぞ≫


「俺のせいじゃ、ないもん……ラヴァニが、怒って火吐いても、ホテルのせいだもん……!」


「え、えっ? あ、あの……お客様?」


 まだ若いのに少年の面倒を見る青年、泣きじゃくる幼い少年。それに大きく口を開けて威嚇する小さなドラゴン。一体誰が決め手になったのかは分からないが、フロントの係はとうとう根負けした。


 ただし、宿泊費は子供料金設定なし、ペット料金設定なしできっちり3人分。しかも時間外入室となり本日分は5割増し。ヴィセはいよいよ日銭を稼ぐ手段を考え始めていた。




 * * * * * * * * *




「昼前に荷物を置くなら割増し料金、か。きっちりラヴァニの分も金を取られた」


 ≪すまぬ。詫びとなるかは分からぬが、ゆでたまごは1つ我慢しても良い≫


「そりゃどうも。それにしてもバロンがあんな泣き真似を披露するとは」


「えー? なにー?」


「……俺にはやめろよ、人を信じられなくなる」


 部屋は2人用で、ベッド以外にもローテーブルやソファーが設置されていた。クリーム色の壁紙と灰色のカーペットの組み合わせも落ち着きがある。


 ヴィセ達はシャワーで汚れを落とした後で服を着替え、フロントで汚れものの洗濯を依頼した。貴重品はしっかりと持ち、ようやく情報収集に出かける。


「まずはこの町の事を知りたい。オムスカって町なのは分かったけど……」


「みんな避けてくね、誰に聞いたらいいのかな」


 皆が当然の如くヴィセ達を避け、人波が綺麗に割れる。図書館や役所の場所を尋ねられる状況にない。そんな中、バロンの耳が群衆の声を聞き取った。


「ねえヴィセ、ドラゴンはかせってなあに?」


「ドラゴン……博士? いや、どうしてそんな事を聞くんだ」


「周りの奴がね、ドラゴンはかせの客じゃないかって言ってるのが聞こえた」


「奴なんて言うな。ドラゴン博士……気になるな」


 おそらくはラヴァニを連れている事でドラゴン博士の客と言われている。となれば、ドラゴン博士なる者はラヴァニに興味があるに違いない。


 ヴィセ達はドラゴン博士なる者の知識は必要ない。だがラヴァニに興味があるのなら、ヴィセ達と落ち着いて話をしてくれる可能性もある。ドラゴンに理解を示しやすい者なら、今後の共存路線を支持してくれるかもしれない。


「あの、すみません! ドラゴン博士のお宅を知りませんか!」


 ヴィセがくるりと振り返ると、後方の者達が1歩後ずさりする。周囲にはざっと50名ほどいるだろうか。ヴィセと目が合ったエプロン姿の女性が、おそるおそる路地の先を指さす。


「ありがとう」


 ヴィセが微笑んで礼を言うと、女性は頬を染めて俯く。あまり高い建物がないせいか、路地は狭くとも明るい。建物が隙間もない程連なっているモニカやドーンとは違い、この町はどこか空間に余裕を感じる。


「こっちって言ってくれたけど、どれぐらい歩けばいいんだろう」


 ≪ドラゴン博士とは何だ。よく分からぬがドラゴン狩りをするような奴なら見逃しはせぬぞ≫


「多分、ドラゴンの研究をしているんじゃ……」


「ヴィセ! あれだよ!」


 バロンが右前方に1軒の変わった家を発見した。


 門柱代わりに黒いドラゴンのオブジェが飾られ、ステンレス製の表札はドラゴンの形をしている。


「この町のドラゴンへの反応からして、ドラゴン信仰ではないよな。もしそうなら批判されているはずだ。でも、もしドラゴンを憎んでいるのなら、もう連絡くらいきているはず」


 ≪敵か味方か、会うまで分からぬか≫


「俺読める! えっとね、で、い……と、じゅおーず」


「ディット・ジョーンズさん。いきなりで申し訳ないけど、訪ねてみよう」


 左右の植え込みまでどこかドラゴンの形を思わせる。ジョーンズ家の扉のノッカーを2度鳴らし、ヴィセ達は10秒ほど反応を待った。


「……はい」


 聞こえてきたのは中年女性の声だった。扉は開けず、小さな除き窓から目だけを覗かせている。


「あ、あの、ドラゴン博士と呼ばれている方のお宅はこちらでしょうか」


「……そうだけど、何? からかいに来たのなら今すぐ帰りなさい。警備隊を呼ぶわよ」


 女性は面倒くさそうに答える。どうやらドラゴン博士は尊敬されている訳ではなさそうだ。


「あの……もしドラゴンの研究などをしているなら、話をお伺いしたいんです」


「おもしろ新聞にでも掲載するつもり? それともあんたもドラゴンに詳しいってのかい」


「いや、ドラゴンをですね、連れてきたんです。俺の肩に乗っているのが分かりますか」


「肩?」


 女性はあからさまに声のトーンを落として睨む。だがラヴァニを視界に入れた瞬間、扉を勢いよく引いて開け、満面の笑みでヴィセ達を迎え入れた。


女性はウェーブのかかった茶色い髪を無造作に後ろで束ね、白衣を着ている。この女性がディット・ジョーンズだろう。


「さあ入って入って! ドラゴン一筋30年のあたしでも、ドラゴン連れなんて初めてだよ!」 

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