Zinnia 06



 ラヴァニの背に乗って、遥か下方に雲を臨む。険しいイエート山を東から南へ回り込めば、ナンイエートの町だ。ラヴァニがエゴールの存在を伝えたため、好奇心旺盛なドラゴン達は、近いうちにエゴールとコンタクトを取るだろう。


 ヴィセはエゴールに教えなければと言ったが、ラヴァニはそれを止めた。エゴールは血の研究をしているから、というのが表向きの理由だ。役割分担と言われたなら、ヴィセ達もそれもそうだと納得した。


 ラヴァニは人に戻りたいエゴールとって、純真無垢に慕うヴィセ達は眩しすぎると考えていた。それにエゴールは頼られたなら断れる立場にない。命を助けたとはいえ、ドラゴン化を促したのはエゴールだ。


 ヴィセ達にそんなつもりはなくとも、ラヴァニはそっとしてやりたかった。


「次は何処に向かおうか。調べ物が出来て、それでいて……霧を増長させていそうな町ってどこだろう」


 ≪それを探すためにも、見かけた町に降り立てば良いだろう≫


「えっと……何だっけ? テレッサ姉ちゃんが言ってたやつ! 機械がいっぱいあるところ!」


 バロンは遊園地の話をしっかり覚えていた。


 バロンは遊びたい盛りにも関わらず、生きるために霧の下へと潜り、今は自分の運命のために過酷な旅を続けている。ヴィセもバロンを伸び伸びと遊ばせてやりたいとは考えていた。


「あー、遊園地か。悪くはねえけど遠いぞ。いずれにしてもどこかに立ち寄るべきではあるよな」


 ≪ゆでたまごの名産地はどこだ≫


「名産地って……鳥の卵だぞ」


 ≪ゆでたまごのたまごは我らの卵と同じものか? 鳥の卵と言えば、くわえるだけで割れて殻と共に喉を通っていくものだと≫


 ≪加熱すればあんなふうになるんだよ。そもそも動物はラヴァニを見ると驚くから名産地巡りは駄目だ。鶏は驚いたら卵を産まなくなるんだよ」


 ≪そうか。少し残念だ≫


 それぞれ喋ってはいるが、ラヴァニの速さと風の音で声は聞こえない。ドラゴンの意思伝達能力が発達したのは必然だったのだろう。意思を伝え合っての会話はしばらく続き、1時間ほどして眼下に小さな村が見えてきた。


「あの村はどうかな」


「ヴィセ、もっと先の方に町があるよ! ほら、えっと……向こう! 右!」


「ん? 本当だ、50キロメルテくらいありそうだけど……」


 ≪我は構わぬ。少し手前で降り立つとしよう。我は封印の力で小さくなれば良い≫


 霧から数百メルテ顔を出した広い土地に、ドーンと同じくらい大きな町がある。湖があり、縁を囲むように森があり、環境としては申し分ない。


 手前でと言ったが、どうやら道はどこからも続いていない。なだらかな丘かと思えばテーブルマウンテンのようだ。周囲にも幾つか小さな土地が点在する。先程見かけた村は、このテーブルマウンテンの1つだったようだ。


 ラヴァニは出来るだけ端の方へと降り立ち、ヴィセとバロンは急いでラヴァニの鞍を取り外す。木陰にそれらを隠し、封印を発動させたなら、ラヴァニが肩乗りサイズとなる。


「もうラヴァニを隠しての旅はやめだ。堂々と行こう」


 ≪我のせいで石を投げられても知らぬぞ≫


 降り立ったのは知り合いも伝手もない町だ。どのような町なのか、事前情報もない。2人と1匹は慎重に町の中へと足を踏み出した。





 * * * * * * * * *





 テーブルマウンテンの上に広がる町、オムスカ。位置づけとしてはモニカやユジノクのような中規模都市だ。平坦で外敵が侵入できない地形のせいか、工業地帯よりも農業や畜産の施設が多く見える。


 上空からも広い牧草地や小麦畑が確認でき、暮らしも比較的豊かである事が窺えた。


 郊外の家々は石造りで、町の中心部は数階建てのコンクリート製の家が多い。所々煙突の煙は立ち昇っているが、清潔感や澄んだ空気は観光の町ナンイエートと変わらない。


「えっ、うそ、ちょっとやだ! あれドラゴンよ!」


「あ? おもちゃか人形だろ? 本物がこんな所にいたら殺されてるよ」


「見て、あれ……ドラゴンじゃない? 肩に乗せて……きゃっ生きてる!」


「首が動いてるぞ、生きてる、うええ生きてるぞ! なんだあいつら」


 ドラゴンと連れて町に入れば、おおよその反応は想像出来ていた。案の定、この町もドラゴンを歓迎する雰囲気ではない。ヒソヒソと、時にはわざと聞こえるように話し、ヴィセ達の反応を探っている。


 興味津々でも近寄るのは怖い。遠巻きにヴィセ達を囲みながら、彼らは聞き出す勇気がないのだ。それは当たり前であり、仕方がない事かもしれない。


 ≪この視線は好かぬ。何故人はこのように不躾に我を見るのだ≫


「そりゃラヴァニがドラゴンだからだよ。恐ろしいけど興味があるってこと。俺もバロンも、初めてラヴァニを見た時は怖がっただろ。な、バロン?」


「えー? なにー?」


「お前の耳は飾りかよ。まあ、遠巻きに見られるくらいならいいさ。この町はドラゴンが怒るような事もしてなさそうだ」


 ≪不快な匂いもない。だがこの町が鉱山を有していないだけで、他所に頼っているのであれば一緒の事だ≫


「なるほどね。とにかく荷物を置けるホテルを探そう」


「ゆでたまごー!」


「まだ昼にもなってねえよ。ラヴァニも渡り鳥を捕まえて食ってたし、飯はまだ!」


 食に煩い仲間を連れ、ヴィセは整備された土の道を歩く。郊外は長閑で大規模な製鉄や製油工場がないにも関わらず、次第に倉庫や機械加工場などが多くなる。屑鉄を積んだ機械駆動車や、壊れた機械を山積みにした倉庫にバロンは興奮気味だ。


「ねえ、ヴィセ! あれ直せそうだよ!」


「え?……ああ、機械駆動二輪か。タイヤもないし、錆だらけだぞ」


「いいなあー」


「俺には……ただの廃材に見えるけど。見る人によってはお宝なのかねえ」


 バロンにとって、幼い頃から廃材は宝の山だった。何が高く売れる、どれなら直せるなどと目を輝かせて話す。ヴィセは付いていけていないが、お構いなしだ。


「飛行艇とかないかなあー。ヴィセ操縦できる?」


「壊れた飛行艇を直すつもりか? 止めてくれ、俺は死にたくない」


 ≪我の翼で何処へでも行けよう。飛行艇も空を汚すものだ、我は好まぬ≫


「えー?」


 素人が勘で整備して直るようなら、とっくに直されているだろう。ヴィセは本当に欲しがる前に飛行艇のおもちゃでも与えるかと、玩具店を探す。


「おもちゃ屋でもあれば……あれは? 違うか」


「ヴィセ何か欲しいの?」


「俺のじゃないよ、バロンが欲しいものあるなら入ってもいいかなって。ラヴァニは……おもちゃとか」


 ≪生憎、おもちゃという界隈に詳しくないのでな、ゆでたまごで良い≫


「おもちゃじゃねえんだよなあ……」


 ラヴァニに遊び道具は不要らしい。遊ばせるには場所を選ぶが、ドラゴンは小さくなっている間なら安上がりで済む。問題はバロンだ。


「バロンは?」


「俺ね、鉄のパイプが欲しい! 先にね、エルボとね、フレキホースが付いてるとね、もっといい!」


「フテ……何だって? 何でそれが欲しいんだ?」


「えー? だって、高く売れるよ? 霧の中だとね、銅が錆びないから銅も売れる」


「売るために買ってどうすんだよ」


 どうやらバロンにも遊び道具は不要らしい。


「おおおドラゴン! すげえ、あれドラゴンじゃねえか!」


「ドラゴン使い? え、ドラゴンの子供連れてんの? 親ドラゴンとか怒り狂ってんじゃねえの?」


 仲間とはどこか会話が噛み合わない。外野も騒がしく、気が休まる暇もない。ヴィセはため息をつき、猫背になりながらホテルを探す。


 ちょうど目の前に大きめのホテルが見える。ヴィセはここでいいかとも聞かずにコンクリートの階段を数段上り、大きな木製の扉を押し開いた。

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