Zinnia 05
ラヴァニが大空を仲間と飛び回り、渡り鳥の大群を追い回している。今までラヴァニの飛行をまじまじと見た事はなかったが、その動きは美しく、力強い。
ラヴァニの翼が空気を圧縮する度に、渡り鳥の群れが風圧で吹き飛ばされる。体勢を崩した個体をドラゴンが口で捕らえ、細かな不毛が空中にふわふわと広がる。
「ラヴァニ楽しそうだね」
「楽しそうというか、美味しそう、というか」
「みんなでラヴァニにお帰りって言ってるのかも」
「ああ、ラヴァニはこのまま……仲間と一緒にいた方がいいのかもしれない」
ラヴァニの旅の目的は、殆ど達成されたと言っていい。仲間との再会を果たし、ドラゴニアの現在地にも見当が付いた。ラヴァニにとってどれも望む最高の状態ではないが、もうこれ以上ヴィセ達に付き合う必要はない。
ドラゴニアは仲間と向かうことが出来るだろう。元の姿に戻れた今、自分の力で飛んで行く事もできる。そこには他のドラゴンもいるはずだ。
「俺達は気長に……ドラゴンの血の事を探ろう。ドラゴンとの約束も果たさないとな」
「ラヴァニいなくなっちゃう?」
「その方がラヴァニにとって良い事だと思う。まあ、ここで置いて行かれたら俺達帰れないけどな」
ドラゴンの群れは一通り朝食を済ませたようだ。数を減らした渡り鳥が東へ向かい、ドラゴン達は外の池へと集まって来る。ナンイエートとは正反対で、見下ろせる場所には町がない。移動も夜更けに行っている。目撃情報が殆どない事にも頷けた。
「どうするか、流石にあのドラゴンの中に挨拶に行く勇気がないんだけど」
「ラヴァニが紹介してくれてるかも」
2人で池を挟んで反対側のドラゴン達の様子を伺う。こちらに意思を飛ばすつもりがないのか、言葉を発しないドラゴン達はとても静かだ。ラヴァニは水際で時折翼を広げ、楽しそうに何かを伝えている。
ラヴァニの背には2人分の鞍が取り付けられたままだ。人と接点がある事は既に伝わっていると思われた。
そのラヴァニがふとヴィセ達へと振り向いた。ラヴァニはその場から飛び上がり、2人が待つ窪みへと戻って来る。
「ラヴァニ、良かったな」
≪ああ、我は世界に取り残されていなかった。皆に紹介したい、背に乗れ≫
「やっぱり……あの前に行くのか」
ヴィセとバロンが荷物をまとめ、ラヴァニの背に乗る。池を超え、ドラゴンに囲まれる形で降り立った後、ヴィセ達はラヴァニの背から降りることなく固まっていた。
≪ほう、こやつらは本当に我らと意思を交わすことが出来るのか≫
≪こんなにも間近で人を観察できるのは初めてだ≫
≪我らのねぐらを人に漏らさぬか。我らの考えを本当に人へと分からせる事が出来るのか≫
≪ドラゴン化とはどうなるのか。この場で見せてくれぬか≫
ドラゴン達はラヴァニや漆黒のドラゴンから話を聞いていたのだろう。警戒はしているものの、好奇心の方が勝っている。ラヴァニの背の上で物珍しそうに眺められ、どのドラゴンに何と言って返事をしていいのか、分からなくなっていた。
「ヴィセ、俺たち食べられる?」
「いや、それはない……と思う。ラヴァニ、俺達の事をどこまで説明……」
≪おお、本当だ! 人の子の会話を聞き取れるぞ!≫
≪同胞の血を体に取り込んだという話は本当だったか! 他にも我らと語らえる者がいるのか≫
≪何故このように興味深いものがいるのなら早く紹介せぬか≫
どれがメスで、どれがオスかは分からない。ただどの個体も低い声で脳内に語り掛けてくる。ラヴァニに話しかけようとしてもこんな調子だ。返答をしなくても勝手に納得され、ドラゴン達はおおよそヴィセ達に理解を示した。
≪我らが何に怒りを感じているか、それを人らに伝えてくれ≫
≪霧の下は取り戻すべき土地ではないのか。不要な物を投棄し、毒を撒き、霧を増やしてどうするのだと≫
「わ、分かりました。俺達が必ず。ですが……」
言葉を続けようとして、ヴィセはその先を躊躇った。
ドラゴンが一緒にいなければ、ただの妄言だと思われてしまう。人々は差し迫っていない恐怖に対し、予め取り組もうとはしない。子供が2人でどれだけ必死に訴えようと、真剣に聞いて貰えない可能性があった。
今まではラヴァニがいた事や、事件を解決に導いた事で認められ、そこから話を聞いて貰える条件が整っていた。ヴィセ達の事情を分かって貰えるような人物が予めいたという幸運もあった。
だが、これからの各町や村にも、都合よく理解者がいるだろうか。事件が起こるだろうか。それはヴィセ達が関われるような事だろうか。
≪皆がヴィセとバロンに期待しておる。我は誇らしい≫
「あ、うん……」
ジェニスやエゴールのような者はそういない。やはりラヴァニか他のドラゴンが共に行動していなければ、説得力に欠ける。しかし、仲間との再会を果たしたラヴァニを再び引き剥がして良いものか、ヴィセは迷っていた。
ヴィセの迷いは、窪みでの会話によってバロンも分かっている。幼いバロンはラヴァニがどう思うかよりも、自分の寂しさの方が上回っていた。
「ねえラヴァニ、ラヴァニはここでお別れ?」
≪何の事だ≫
「ラヴァニはみんなとドラゴニアに帰っちゃう? 俺、ラヴァニがいなくなるのやだ」
バロンは自分の素直な気持ちを打ち明けた。ヴィセも、ラヴァニがいなくなると旅が困難になるだけでなく、寂しいという気持ちが大きかった。どこかでバロンが代わりに言ってくれた事にホッとしていた。
勿論ラヴァニは頼めば一緒に来てくれるだろう。だからこそ言い出せなかった。
「……ラヴァニ、俺も同じだ。出来ればこれからも一緒に旅をしたいと思ってる。ラヴァニの旅の目的は達成したけど、もう少し……」
≪何を言っておる。何故我が別行動を取らねばならんのだ≫
「えっ? いや、仲間に会えたし、ドラゴニアの場所も分かっただろう? ラヴァニが俺達と一緒に行動する理由は……なくなったじゃないか」
ラヴァニが背中へと振り向けば、バロンが目にうっすら涙をためている。ラヴァニは意外だったのか少々驚いていた。
≪そういう事か。我の目的は我が決める。用が済んだからとそなたらを放置するようなことはない。ドラゴンの誇りを見くびるな≫
「じゃあ、一緒に旅できるの? ずっと一緒?」
≪ずっととはいつか知らんが、満足するまで付き合うとしよう。もう仲間もドラゴニアも逃げはせぬ≫
「やった!」
バロンが喜んで両手を上げ、振り返ってヴィセに満面の笑みを向ける。
「ラヴァニ、有難う。ドラゴンをもっと身近な存在にして、もっと人の意識を変えないといけない。協力してくれ」
≪勿論だ。ここまで導いてくれた恩には当然報いよう。それに……≫
ラヴァニは少しだけ続く言葉を溜めた。
やや強めの風が吹き抜け、草だけでなく水面まで撫でていく。何か感動的な事を言ってくれるのか、ヴィセはその言葉を待っていた。
≪我はゆでたまごを自ら作る事は出来ぬ。そなたらがいなければ、誰が我のゆでたまごを用意するのだ≫
「あー! 俺もゆでたまご好き! 町に帰ったら食べようね!」
ゆでたまご。ヴィセはまさかここに来て、それを理由にされるとは思ってもいなかった。それは和ませるための、ラヴァニなりの冗談だったかもしれない。ヴィセは心の中で感謝しつつ、声に出して笑う。
「ったく、ラヴァニまで食い意地で動くのかよ」
≪なんだ、ゆでたまごとは何なのか≫
≪食い物か? それとも別の何かか≫
ドラゴンはゆでたまごが何か、興味津々だ。このままでは全ドラゴンに振舞う羽目になりかねない。
「ラ、ラヴァニ、行こうか」
≪ああ。皆、何かあれば必ず呼ぶ。ドラゴニアを頼んだ≫
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