Zinnia 03


 真下にあったはずの町が、跡形もなく吹き飛んでいる。真っ黒に焦げた大地は煙を上げ、もはや燃えるものすら残っていない。ドラゴンの真の力は、人の兵器にも勝る。数年前ドーンが襲われ、人々はドラゴンの恐怖を体験した。そんなものはまだ序の口だったのだ。


「何で町を……」


 ≪我らを撃たんとするからだ。人らも我らを攻撃する事の結果に覚悟していよう≫


「それは、それは……そうだけど! そうじゃない人が巻き込まれたかもしれない!」


 ≪我にとって人は人。同胞の愚行を止められぬ者は、我らにとって等しく罪人だ≫


 漆黒のドラゴンは、仲間を殺された怒りを今でも抱えていた。ヴィセやバロンがもし人の考えを押し付けようものなら無事に帰れる保証がない。


 対してラヴァニはヴィセとバロンを仲間として認めている。仲介者として活躍するはずの2人は、ラヴァニに間を取り持ってもらう形になっていた。


 ≪人は我らの考えを理解しておらぬのだ。ヴィセとバロンは人を諭すと言っておる。我らの代弁者となり、そして人の代弁者にもなろう。それは我らにとっても良い事ではないか≫


 ≪人の子にそのような事が出来るのか。我らの血をその身に流したくらいで、仲間面されても困る≫


 漆黒のドラゴンはヴィセ達を受け入れたがらない。最初から考えを曲げる気がないのだ。ヴィセはため息をつき、それから1つだけ言い返した。


「あなたが俺達を認めないのは分かりました。認めて下さいとも言いません。ただ、邪魔はしないで下さい」


 ≪邪魔だと?≫


 ヴィセは頷き、今度はこれまでの旅の事を意識ではなく話して説明した。ドラゴンの能力では会話まで拾う事が出来ない。どんな言葉が交わされ、人々がどんな事を思ったのかも分からないのだ。


「話せば分かってくれる人もいます。モニカ、ドーン、この2つの町ではドラゴンへの理解が進んでいます」


 ≪ドーンは数年前、兵器工場を消そうと皆が向かった町だ。覚えておるはずだ≫


 ≪人が名付けた町の名など知らぬが、それならば町が我らを憎まぬ理由もなかろう≫


 ≪その町が我らを認めたのだ。我らが何に怒りを覚え、何故浄化を試みるのか。彼らは知ったのだ≫


 漆黒のドラゴンは、ラヴァニの言葉には耳を傾ける。ヴィセは不満にも思ったが、分かってもらうにはラヴァニに頼るしかない。


 ≪……何故人に肩入れする≫


 ≪ヴィセとバロンは我が同胞だ。同胞を信じ、命運を託すまで。我らだけでこの世界を救うのは無理なのだ。そなたは我のおらぬ500余年、何故人を皆殺しにしなかった。それが解というもの≫


 ≪……無益な殺生は我らの誇りにたがう事だろう≫


 ≪無害な者を協力者に変えようと言うのだ。例え上手く行かずとも、我らになんの損もない。それとも他に妙策があるのか≫


 浄化が間に合っているとは言い難い。ドラゴンは地図を持たないため、汚染源の特定にも時間が掛かる。その上、これまでの人との争いで随分と数を減らしている。


 人の行動を阻止する手段は破壊のみ。そして人は何故浄化されるのか分からないのだから、いずれまた同じ過ちを繰り返す。策がないから今がある。毒霧の発生の有無に関わらず、人とドラゴンはずっとその繰り返しでいがみ合っていた。


「ねえ……ラヴァニの友達は俺達のこと嫌いなの?」


 バロンの悲し気な呟きに、ラヴァニは再び友への説得を試みる。


 ≪もう、止めぬか。我らの使命は人とのいがみ合いではない。この世界の救済だ。破壊で害を取り除くだけでは安寧など永遠に来ぬぞ。害を生み出さぬよう、人を変えるのだ≫


 ≪それが出来るというのか≫


 ≪僅かな期間で2つの町がヴィセ達を支持した。人は変わるのだ。まずは我らの意図を理解させる必要がある≫


「俺達も世界がこのままで良いとは思っていません。何をすべきか。それが分かったなら、襲われないために行動を変えるでしょう」


 ≪我らは抑止力、という事だな≫


「はい。ドラゴンのやり方を否定はしません。人はドラゴンを正しく畏れる必要があるんです」


 ≪正しく畏れる……か。ただ恐怖を植え付けるだけでは駄目なのだな≫


 ドラゴン側も、今のやり方に少なからず限界を感じていた。ドラゴンは人の言葉を喋ることが出来ないし、人の言葉を理解する事もできない。人々が過ちに気付くまでずっと破壊を繰り返すしかない。


 それはドラゴニア誕生以前から変わらない関係だった。遅かれ早かれ、諦めるか他の手段を考える必要があった事は理解していた。


「ドラゴンも人も、悪そのものに対して共闘すべきだ。力を貸してくれませんか」


 ≪我からも頼む。ヴィセとバロンに可能性を見出したのだ。これまでも我らの血を持つ人族が、人に停戦と汚染の抑制を説いた事がある。その際はドラゴンが協力していなかった≫


 ≪ドラゴンだけで浄化をし、人が協力していない時の結果は言わずもがな。人が人だけで変われぬなら、力を合わせ、我らへの畏怖を利用すればよい、か≫


「どうでしょうか。何年掛かるか分かりませんが」


 漆黒のドラゴンはじっとヴィセを見つめている。人であるにも関わらず、ヴィセはドラゴンへの怒りなど一切持ち合わせていない。むしろドラゴン側に立っているように思えた。


 ≪良かろう。我が同胞が認めた者だ、それを認めぬという事は同胞への否定も同じ≫


「それじゃあ!」


 ≪ああ、力を貸そう。我らは何をすればいい≫


 ヴィセは嬉しそうにラヴァニへと振り向く。


「ナンイエートに心強い味方がいるんです!」


 ≪……エゴールの事か≫


 ラヴァニはヴィセの自信に戸惑っていた。ラヴァニだけはエゴールの真意を知っている。エゴールは調停者として動いてくれるのだろうか。


 彼にとって今一番の関心は人として人生を終える事。一方、ドラゴンと人の和解や共闘のためドラゴンの血を利用するのなら、エゴールの志を否定する事にもなる。


 ≪エゴールだけではない。ジェニスもそうだろう。ドラゴンは人が理解さえすれば敵ではなくなる。それを示すことが出来るなら誰でも良い≫


「ねえ、ドラゴンさんの仲間は? 他の仲間はどこにいるの?」


 これからの方針について話し合いが始まったが、バロンは戦略的な話についていく事が出来ない。そのため自分が気になっていた事を我慢できなくなった。


 それはラヴァニも知りたいと思っていた事だ。ドラゴンと人の共存は最終的な目的であって、短期的な目標は仲間との再会、そしてドラゴニアへの帰還のはず。ヴィセは漆黒のドラゴンに分かって貰おうと必死で、そちらの目的をすっかり忘れていた。


「そうだ! あの、他の仲間と連絡は取れるんですか? ラヴァニと旅をする本来の目的は、人とドラゴンの仲直りじゃないんです。ドラゴニアは今どこに」


 漆黒のドラゴンは立ち上がり、岩の窪みのねぐらから外へ顔を出す。その視線ははるか東を見据えていた。


 ≪その2つの解は1つだ。我らの仲間の多くはドラゴニアにいる≫


 ≪そうか、やはりまだドラゴニアは奪われていなかったのだな!≫


 ラヴァニは珍しく興奮している。場所を教えたならすぐにでも飛んで行きそうだ。


「ラヴァニ、良かったね!」


 ≪ああ、とても安堵している≫


「ドラゴニアは、どこに?」


 これでとうとうドラゴニアに向かうことが出来る。喜ぶヴィセ達に対し、漆黒のドラゴンの答えは想定通りのものだった。そして、やや深刻でもあった。


 ≪霧の海の上で止まっておる≫


「やっぱり! 共闘の件、考えを纏めますので少し時間をいただけませんか。ラヴァニを安心させてやりたい」


 ≪安心、か。それは難しい≫


「どういう事ですか」


 ≪ドラゴニアは徐々に高度を落しつつある。我は浮遊石を手に入れドラゴニアの高度を上げるため、ここを拠点にしているのだ≫

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