Contrail 08
「ラヴァニ、イエート山の次の目的地が決まったな」
≪ああ、感謝する。我の仲間はまだいるだろうか≫
「オレはドラゴン化できるけれど、出来る限り彼らの邪魔をしたくない。だから確認しに行ってはいないんだ。ユースもかつてはイエート山にいたはずだし、痕跡くらいは」
ラヴァニが嬉しそうに翼を広げ、床に下りて跳ね回る。泣く子も黙るドラゴンがこんなに可愛らしくて良いのだろうか。
「おい、はしゃぐなよ。まだ聞きたい事はいっぱいあるんだ」
≪待ちきれぬ! 皆は我の事を忘れていないだろうか。ああ、速さを競い合った昔が懐かしい≫
ラヴァニが飛び跳ねる度に、鋭い足の爪が床を打つ。いつまでもカチカチとうるさいが、喜ぶなとも言えない。ヴィセは気にするのをやめて話を続ける。
「ドラゴニアや、霧の事についてはおおよそ理解出来ました。それで……」
「ああ、ドラゴン化の治療についてだね。いいよ、オレが試した事を色々教えよう」
エゴールは黒革の大きな手帳を開き、そこにある記述をヴィセ達に見せた。日記のように日付が記され、その時試した方法と、考察が綴られている。手帳の厚みは4.5センチメルテあるだろうか。
「これ、もしかして全て……」
「ああ、全頁試した事を綴っている」
「ヴィセ、何て書いてあるの? 俺ちょっとしか読めない」
「ちょっと待ってくれ。試した薬……造血剤、強心剤、抗生物質……」
どのような薬を使ったのか、その種類まで細かく書かれ、調合や数種類一気に飲むという危険な行為も記されている。その他にも食べ物での体質改善、輸血、瀉血、思いつく限りの方法が並んでいた。
「全部……駄目だったんですね」
「数年試し続けたものもある。輸血や瀉血はむしろドラゴン化を早めたような気もする。逆に分かった事もあるんだ」
「治るの?」
「ううん、そうじゃない。ドラゴン化した皮膚の事を、オレは古代ドラゴンの呼び名を借りて竜状斑と呼んでいる。竜状斑はドラゴン化の回数が多い程変化しやすくなる」
ヴィセは自身やバロンのドラゴン化を振り返っていた。思えば数回のドラゴン化でもその変化は早く、そしてはっきり現れるようになった。
「つまり、何度もドラゴン化すると進行が早くなる、と」
「俺もう何回かドラゴンみたいになったよ、どうしよう」
エゴールはショックを受ける2人に対し、首を横に振った。
「いや、そうじゃない。癖が付いて変化しやすくはなるが、定着はしないんだ。オレの母の例だけど、彼女はドラゴン化した事がなかった。それでもオレよりずっと早く竜状斑が広がり始めた」
「ドラゴン化は……引き金にはならない?」
「そう。君達はドラゴン化を経験せずとも成長もしくは老化が止まり、数十年程すれば小さな消えない竜状斑が現れたはずだ」
数十年と聞き、ヴィセは少しだけホッとしていた。もし明日起きた時に現れていたら……寝る時にそう考えて怖くなる事もあったからだ。怒りに引きずられたからと言って、ただちに戻れなくなるわけではない。それは安心材料の1つになり得る。
「オレの見た目はまあ……20代前半くらいで止まっている。でも50年くらいは少しずつ成長していたんだ。母の竜状斑はオレが55歳の時に現れた。俺の竜状斑が出たのは120歳を超えた辺りだ」
「個人差があるんですね」
「俺は? 俺は何歳で出るの?」
「さあ、分からない。オレの例で言うなら、生まれた時からドラゴンの血が流れている事になる。なのに120年。母は24歳で父と出会った。その頃から数えても、竜状斑の固定まで31年」
「……規則性が、ない」
ドラゴンの血を何歳で体に取り入れたのかは関係ない。そして、他人やドラゴンに感情を引きずられたり、ドラゴン化した事があるかないかも関係がない。ドラゴン化までの時間もバラバラであり、法則を見出すことが出来ない。
それらはヴィセ達にとって意外な事でもあった。成長が早いバロンはドラゴン化の影響が早く出てしまうのではないか。そう危惧していたくらいだ。
「父が完全にドラゴンとなったのは母が死んだ時だから、360~370歳くらいだったはず。今のオレは310歳。父の竜状斑は今のオレより軽かった」
「竜状斑の進行速度も関係ない、か」
その話は逆に不安材料になった。極端な話をすれば、明日急にドラゴンになってしまい、戻れなくなる可能性もあるという事だ。ヴィセが自身の変化を考え込んでいると、バロンがふと呟いた。
「ドラゴンから人に戻りたくなかったのかな」
「……え?」
「ドラゴンのままでいたくなったのかなって、思った!」
「人に、戻る気が……ない?」
どうやらエゴールはその可能性を考えていなかったようだ。エゴールは当然のように、人である事にしがみ付こうとしていた。ヴィセもそうだ。だがエゴールの父はどうだろう。
「父は、戻ろうとしていない……」
≪そなたの父親はイエート山にいるのか≫
「どう、だろう。ドラゴンになった父とは会話できないまま別れてしまった」
人に戻りたくないとしても、ドラゴンとして意思疎通を図る事は出来る。ドラゴンの血を引くエゴールと会話が出来ると認識していなかった可能性もある。
「エゴールさんのお父さんは、何回くらい本物のドラゴンに変身した事がありますか」
「いや……覚えている限りではその1回だけだ。それまでドラゴン化はしても、ドラゴンに変身した事はなかった」
ドラゴン化の治療法は見つかっていないが、ドラゴン化に関する重要な真実が次々と浮かび上がってくる。エゴールやその両親の話を聞いていなければ、ヴィセがそこに辿り着いたかは分からない。
「エゴールさんは、何故自分がドラゴンになれると分かったんですか」
「ドラゴンになる父を見てしまったから、かな。竜状斑を見て漠然といつかはドラゴンになってしまうと思っていたけど、徐々にではなく急に変われるものだと知った」
「エゴールさんは、ドラゴン化したままじゃなく、戻ったんですね」
「ああ。流石に驚いて、どうにかして人に戻らないといけないって……あっ」
エゴールは自身の言葉を途中で切り、自らの言葉で先程の仮説を立証した事に気付いた。
「人に、戻ろうと思ったら……戻れたんだ」
「そして、変わろうとしたら変われるんですね」
「ああ、ドラゴン化の進み具合の影響はあると思うけど、確かに戻る事は可能だ。戻った時に竜状斑は消えなくても、ドラゴンの姿からは戻れる! そうか、オレはそこを見落としていた」
ドラゴンになってしまった場合、戻りたければ変身前の姿には戻ることが出来る。その情報はヴィセ達にとって大きな収穫だった。これでドラゴンになってしまう事自体ではなく、竜状斑を抑えることを考えれば済む。
ドラゴンのように長寿になってしまう点、ドラゴンになってしまう点、そして竜状斑。それぞれを一緒に考えず、切り離して考えることが可能になった訳だ。
「エゴールさんの研究は、もっぱら竜状斑を消す事……。輸血で物理的に入れたり、瀉血で抜いたりすると、かえって竜状斑の進行が加速する、でもドラゴンの能力の減衰とは無関係……」
「ねえねえ、ゆけつって何? しゃけつって、何?」
「輸血ってのは、誰かの血を貰う事。瀉血ってのは、血を抜く事だ」
「んと、じゃあ誰かの血を貰ったの? それともドラゴンから貰ったの?」
「ドラゴンから貰ったら増えちゃうだろ」
ドラゴン化を止めるのに、ドラゴンの血を逆に貰ってどうするのか。しかし、それはエゴールが今まで試さなかった事だった。
「いや。試す……価値はある。ただ研究に使っていた血や、ユースの血の成分はもう残っていない」
エゴールの視線がラヴァニに向けられる。ラヴァニはテーブルに乗り、エゴールと対峙する。
≪我が力になれるのであれば、くれてやろう。仲間の事を教えてくれた礼だ≫
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