Dragonista 09



 ヴィセはまさか代わりに言われると思っておらず、慌てて自分の考えを述べる。


「確かに自分達で火を付けるくらいの事をさせようかと思ったし、同じ苦しみを味わえと思った。ただそれは俺が咄嗟に思いついた事だし、いいかどうかは……」


 ヴィセはジェニスやボイに確認しようと振り向く。ジェニスは最後まで聞かずに大きく頷いた。


「名案だ。あんたら、火は貸してやるから全部燃やしな」


「燃やす……とは」


「あんたらがどうやってラヴァニ村に火を付けたか、子供達の前で実践して教えるいい機会だろう」


 ジェニスが平然と言い放ち、村の者達の動揺は大きくなる。互いに顔を見合わせ、ジェニスが本気なのか、従うのか、ヒソヒソと話し合う。


「なんなら爆薬はまだある、吹き飛ばしたい奴はタダでやろう。はっはっは!」


 ボイは手に数個の爆弾を持ち、村人たちに見せびらかす。ジェニスやボイは本気だ。村人もヴィセ達も、村長の反応を待っている。エゴールも火を起こすのは造作もないと言って脅しをかける。


 ≪ヴィセ、どうするのだ。そなたの復讐ではないのか。目の前で親や友人知人を殺された仇をこやつらに取らせるつもりか≫


 ヴィセは本当にそれでいいのかと迷っていた。許したわけではなく、仕返しが出来るのならとずっと思っていた。しかし、善人のする事ではない。


「ヴィセは優しいんだ。だから悩んでるんだよ。ヴィセが優しくなかったら、俺は今頃ここにいないよ」


「バロン……」


 ≪バロンの言う事は分かる。だが、その理屈で言うのなら、我らが世界を穢す者達やその原因を破壊する事は悪となる。それでも我は止めぬ。悪を許すのが優しさなら、我は優しいなどと言われたくはない≫


 悪い事はしたくない、でもなるべくすっきりしたい。いつか覚えていろと言った日から、そんな両立は無理だとどこかで分かっていたはずだった。


 目を閉じれば、今も両親や村人達の顔が思い浮かぶ。厳しくも温かかった両親、いつもにこやかだった村人達。どれだけ謝られても金品を積まれても、死んだ者達は戻らない。


 その皆が望んでいるかどうか、知るすべはない。もう復讐はすると決めたのだ。ここまで来たのはヴィセの意志であり、今はその大小を考えている。


 その段階にあるのなら、自らにしか通用しない正義を振りかざすのは一緒だ。


「あたしは殺され損はごめんだ。あたしを軽蔑するならしとくれ」


「……生きていれば希望はある。でも……死んだみんなにはないんだよな」


 ヴィセはため息をつく。人殺しはしない、体を傷つけもしない。ヴィセは最低限の線引きを自らの良心とし、覚悟を決めた。


「あの焼き討ちの日の熱さを覚えているか。逃げ惑うラヴァニ村の皆の悲鳴を覚えているか。楽しそうに追い回す者達の高笑いを……覚えているか」


「……本当に私達に火をつけさせようというの!? あんたらが付ける事と何も変わりないわ!」


「いくら何でも酷すぎる! 霧は年々上がってきているというのに道を断たれ、その上に家々まで焼くなんて」


 村人たちは立場も弁えず抗議を始める。そこまでするなんて、そんな事はさせない、1人がそう言い出すと、途端に皆の威勢が良くなる。


「あんたら……本当に救えないね」


 ジェニスがため息交じりに呟く。その隣ではヴィセもまた落胆していた。先程までは情けを掛けるべきか迷っていた。しかし、目の前にいる者達は、相応の罰を受ける事を拒否し、被害者面で捲し立てる。


「……やっぱり、そうか。そうだよな、誰かが悪人には鉄槌を下さないといけない。村を焼き、130人を殺した事への罰は誰かが与えないといけない。その役を、俺達がやるのか」


「ああ、そうだよ。ようやく分かったのかい、お人好しのぼうや。あたしらの復讐と、こいつらが罰を受けなきゃならん事、一緒にしちゃいかんの」


「ボウズ、ジェニスの言う通りだ。焼き討ちや皆殺しが許される世界など、それこそドラゴンが許しちゃくれねえ。いや、許しちゃいけねえ」


「昔は国だの法律だの色々あったらしいけれどね、今はこいつらを裁くものが何もない。だからってやったもん勝ちではいさせない」


 ラヴァニが見せつけるように炎を吐いて見せる。自分達で付けないのならこちらから燃やすという意思表示だ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 心の準備が出来ていない! それに荷物もまだ家の中に……」


「はっ……? 村を焼き、皆殺しにしたお前らの言う事がそれか!」


 ヴィセはたまらず大声を上げた。ただ、悔しかったのだ。大量殺人を悔いているのではないか、縋りついてでも許しを得ようとするのではないかと、ヴィセはまだどこかで期待してた。


 だが、村人たちはとうとう進んで行動を起こす事はなかった。


「お前ら、俺達に逃げる猶予でもくれたか? 夜中に奇襲して……目の前で親を殺して、心の準備だと? ふざけるな!」


 再びヴィセの右半身がドラゴン化を始める。もう村は無事では済まない。ここに来てようやく観念したのか、村長がゆっくりと前に出た。


「……分かった。あんたらの言うとおりにする。悪いのはこちらだ。だが……」


 村長が深呼吸をする。それと同時にカチャリと撃鉄を引く音が取り囲んだ。


「どうせすべて失うんだ、こっちも抵抗してやる! 何十発も打ち込めば流石に無事には帰れまい!」


 村長は隠し持っていた拳銃を構え、ジェニスに向ける。


「人は殺さないと誓ったんだよなあ? 約束は守って貰うぜ、婆さんよ!」


 村長の言葉を合図に、銃を持つ者は引き金を引く。またある者は農具を、他の者は一目散に遠くへ逃げようとする。


 ≪させぬ≫


「俺達の翼は銃弾を貫通させる程脆くはない」


 ラヴァニとエゴールが周囲の者から守るため、翼で皆を包み込む。だが村長はジェニスのすぐ目の前だ。銃で撃たれたなら無事では済まない。


「危ない!」


 ドラゴン化のおかげか、ヴィセの反応速度と身体能力は格段に上がっている。ヴィセは理性を半分失った状態で、咄嗟にジェニスの前に出た。


 乾いた破裂音に続き、何かが突き刺さり潰れていく音がする。


「……チッ」


 村長の撃った弾は、ヴィセの腹部に命中していた。腹部は赤く染まり、ヴィセの顔が引き攣る。


「あ、あんた……」


 ジェニスは顔面蒼白でヴィセを後ろから支えようとする。ジェニスは自らの死を覚悟してやってきた。そして犠牲になるのは自分だけと考えていたのだ。


「そいつが自分で飛び込んだのが悪い。馬鹿が、くたばれ」


「グオォォォォ!」


「ヴィセぇぇ!」


 ヴィセを傷つけられ、ラヴァニが咆哮を上げる。同時にバロンも怒鳴り、半身をドラゴン化させる。


「絶対に許さない!」


 バロンは金色の目を鋭く光らせ、鉤爪の付いた指が村長の首を狙う。だが、その腕はヴィセに掴まれた。


「フゥ……グルル……ジェニスさんを、頼む」


 ヴィセは腹部を押さえる訳でもなく、村長の前に立ちはだかる。人とは思えない形相、そして声。周囲の音が聞こえなくなるほどの威圧感に、村長は自身の武器も忘れ後ずさりする。


「ラヴァニ」


 ≪分かっておる。だが仲間を傷つけられた事、我慢ならぬ。我はドラゴンとしての流儀を通させてもらう≫


 ラヴァニは銃弾を放った者や武器で襲い掛かった者を睨み、炎を吐いた。


「うわあああ!」


 数人がたちまち火だるまになり、地面に転がる。数人が上着を脱いで火消しを試み、何人かは水を持ってこようと駆けだす。


「ひ、ひぃぃ!」


「勝てる訳がねえ!」


 残された者は完全に戦意を喪失していた。村から出られずとも、とにかくその場を離れなければと散り散りになる。ヴィセは後ずさりする村長の胸倉を掴んだ。


「フゥ……殺しは、しないと……グルル……誓った」


 ヴィセがいつもより低くしゃがれた声でそう繰り返す。次の瞬間、村長の体を思いきり地面に叩きつけた。

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