Dragonista 08



 デリングの者達はヴィセの言葉に震えあがった。


 ドラゴンに姿を変えようとしている少年に、果たして銃は効くのか。どうせ襲われるとしても、先制攻撃をすれば村は必ず滅ぼされる。先陣を切って恨まれる覚悟など、誰一人持ち合わせていない。


 おまけにこの村はドラゴンに2度襲われている。その恐怖を体験した者は、ドラゴン2匹の僅かな挙動で悲鳴を上げる。


 村長は悔しそうに俯き、銃を地面に投げた。乾いてひび割れた土の上に、銃口が鈍い音を立てて突き刺さる。村長はそのまま膝をつき、大げさにひれ伏した。


「……何の真似だ」


 ヴィセは冷たく見下ろしている。村長は顔を上げず、声を絞り出す。


「も、申し訳ない、悪かったと思っていない訳ではない。我々は自分の村の事で精一杯だったんだ」


「お前らのツケを、ラヴァニ村が命で支払ったという訳か」


「謝って済まされるとは思っていない、どんな償いでもする! だからどうか……」


「最初とはえらく態度が違うな。謝られて俺達は何を得る。お前らは俺達が許せば幸せな暮らしが待っている。だけど俺やジェニスさんは何か1つでも戻ってくるのか」


 命惜しさの謝罪である事は目に見えていた。銃口を向け、口封じをしようとした直後、真摯な謝罪など出てくるはずもない。


「あたしらは復讐に来た。でもあんたらみたいな下等な連中と同じところまで落ちるつもりはない。あんたらを殺してやりたいと思っているけれど、殺さないでいてやろう」


 デリングの村長はジェニスの物言いに内心怒りを感じていた。しかし殺さないと言わせただけ良しとしたのか、泣きそうな顔をしてみせ、感謝の言葉を述べる。


「有難うございます! ほら、お前らもみな頭を下げろ!」


 村長の言うとおりにすれば許されると思ったのか、村人たちが頭を下げる。殺されたくない一心、もしくはフリだけでもして凌ぐ、それぞれ心の内は違ったものの、見た目は整っていた。


 しかし、当然ヴィセもジェニスも許すつもりはない。殺さないと言っただけだ。村人たちの謝罪に対するヴィセ達の回答は、その直後の爆発音で示された。


「な、なんだ!?」


 地面が大きく揺れ、村人たちは一斉に顔を上げた。土煙に巻かれた村の南で、入り口の崖が大きく崩れている。村人たちが様子を見ようと足を踏み出した時、今度は北東の入り口が同じように爆発音と共に消えた。


「なっ……入り口が、村に通じる道が!」


「おい、まさか……冗談だろ」


 村人たちはジェニス達が壊したのだとようやく気付き、悲壮な面持ちで佇む。その後方から、1人の男がゆっくり近づいてきた。


「よう、ジェニス! はっはっは、どっちがエゴールだい」


「ボイ! 来ているならさっさと現れておくれよ。エゴールは黒いドラゴンの方だ」


「はっはっは! 空を飛んできたなら俺の飛行艇が見えたはずだ。まあそれはいいとして、こんなもんでどうだ」


「ああ、上出来だ。もうちっと盛大でも良かったけどね」


 ボイはジェニスが言っていた、もう1人のラヴァニ村出身者だ。短い白髪に青いつば付きの帽子を被り、細身の体に黒いパイロットの服を着ている。昔は随分と女性に好かれただろうと思われる老紳士だ。


 ボイはジェニスの計画に乗り、旅の途中に立ち寄ったと見せかけて爆薬を仕掛けていたのだ。


 飛行艇を個人で持っているのは珍しい。そんな旅人が山間の小さな村に立ち寄れば、歓迎ムードが先行し、その企みなど考えもしない。


 村人たちはボイを恨めしそうに睨んでいる。きっと村人たちは何か月、何年と村から出るのに苦労するだろう。


 険しい崖のような山々を命がけでよじ登り、ラヴァニ村に逃れるか。崖を削ってもう一度道を切り拓くか。どちらにせよ簡単なことではない。


「ねえ、ヴィセ、ヴィセ」


「ん、なんだ」


 バロンがヴィセの袖を引っ張る。その拍子にヴィセのドラゴン化が解けてしまったが、もう恐怖は十分に植え付けた。ヴィセはバロンに何かと尋ねる。


「どうするの? ヴィセのお父さんもお母さんも、みんなもいっぱい死んだんだろ、許しちゃうの?」


「俺は別に許しに来たわけじゃない。村を焼いて大勢を殺した奴らの前で、善人のように振舞うつもりはない。正直な話、死んで償えくらいの事は思ってる」


「じゃあ、どうするの? 捕まえるの?」


 バロンの問いに対し、ヴィセはすぐに答える事が出来なかった。これまで命を狙われて反撃した事はある。しかし、相手がいくら悪人だとしても、無抵抗な者を傷つける事は躊躇われた。


 ≪ヴィセ、我が代わりにこの村を滅してやろうか≫


「……俺はラヴァニを悪者にしたいわけじゃない。俺の事は俺が片付ける」


 金品の要求をするか、それとも全員を村から追い出すか。何をしたところで虚しいだけだ。そんなヴィセの横で、ジェニスは毅然としていた。


「さあて。あたしはあんたらを許さない。でも約束は守る」


「約、束?」


 村長はこれで復讐は終わりなのかと、少しホッとして見えた。対してジェニスの表情は冷たく、村長を見下しているようでもあった。


「あんたらを殺さないって事だ。必死に生きたきゃ生きればいい。何十人も殺しておいて、のうのうと生きればいいさ」


 ジェニスの言葉に村人たちは俯く。それを黙って聞いていればやり過ごせるのだから、耳が痛いくらい安いものだ。


 だが、その考えは甘かった。


「代わりにこの村を頂くとするよ」


「……は、い?」


「今日からここはあたしの村だ、いいね」


 村長はきょとんとしている。村長を辞めろと言われているのか、それとも皆出て行けという事なのか。ヴィセもその真意は分かっていなかった。


「あなたの村、というのはどういうことですか」


「どんな償いでもするって言ったね。あれは嘘かい」


「う、嘘では……ありませんが」


「それじゃあ今からこの村はあたしのもの。あたしの言う事が絶対だ。いいね」


「……はい」


 村を乗っ取るという事なのか。それならば村の収入を根こそぎ分捕り、村人をこき使うつもりだろう。村人たちは嫌そうな顔をしながらも渋々頷く。


「ヴィセ、あんたもこれでいいね。この復讐、あたしに任せてくれるかい」


「任せるって……」


「あたしはね、あんたにもお耳の坊やにも悪役を任せるつもりはないんだ。最初からね」


「おいおい、俺には悪役をさせたろう。道を爆破しちまった、はっはっは!」


 ボイの豪快な笑いは、村人の暗い雰囲気と対照的だ。ジェニスは相変わらずうるさいねとため息をつき、エゴールとラヴァニに頭を下げた。


「見ての通り、この老婆には何かを自分の手で成し遂げる力がない。手伝ってくれるかい」


「ジェニスの言いつけなら喜んで。村を焼き払おうか、それとも皆を谷底に落とそうか」


 エゴールがドラゴンの姿で喋ったため、村人たちは驚いて腰を抜かす。これから焼き払われると思い、ぶるぶると震えている。


 ≪ヴィセ、我もそれくらいやるつもりで来た。引き受けると伝えてくれ≫


「いや、駄目だ。ラヴァニにそんな役はさせられない」


 ヴィセはエゴールやラヴァニにだって、デリングの連中と同レベルの事をさせたくなかった。ただ、目の前にいるのは親の仇。憎しみややりきれなさはどんどん膨らんでいる。今すぐ罵り、殴り掛りたいくらいだ。


「それじゃあ、どうするんだい。何もせず脅すだけで帰るのはごめんだよ」


「ねえ、ヴィセが悪いんじゃないよ、この人たちが悪いんだよ?」


「分かってる。だからって俺達が村を焼けば、少なくともそこまではこいつらと同じ……」


 そこまで言って、ヴィセは閃いた。いや、閃いてしまったと言うべきか。その思考はラヴァニ、バロン、そしてエゴールにも伝わってしまう。


 エゴールはヴィセに怒りの矛先が向かないよう、ヴィセの考えた事を自分の思い付きのように提案した。


「ジェニスやヴィセ君が火を付けなくとも、こいつらにさせたらいいと思うんだが、どうだい」

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