Dragonista 07



 * * * * * * * * *




 歩いて1日以上かかる隣村も、ドラゴンの飛行速度ならゆっくり飛んでもわずか10分。


 眼下には2000メルテ級の山を回り込む崖の道が見える。モニカへと続く道よりも幾分低い場所にあり、道幅も広くはない。踏み固められてはいるものの、馬車や機械車がすれ違うには不安がある。


 その道沿いを大きく右周りに旋回すれば、すぐに小さな村が見える。そのはずだった。


「……ちょっと、あれを見てくれ!」


 ヴィセが崖を大きく削り取って作られた道の先を指差す。


 ≪道が崩落しているのか≫


「いや、これは……」


 村から数キルテ手前で、霧からさほど高くない道が突如消えている。その長さは数百メルテにも及ぶ。


「エゴールさん!」


 離れて飛んでいるため声は届かない。ヴィセがドラゴンの力を使い、エゴールの意識に呼びかける。ジェニスを乗せたエゴールもラヴァニと並んでホバリングをし、唯一の道が消失している事を確認した。


「こりゃ……霧に飲まれたねえ! 元々この辺りは低いんだ。天候次第では霧が上がって通れなくなることもあった!」


「これだと、村から陸路でモニカに行くのは難しそうですね! 荷物が霧に触れてしまう!」


 羽ばたきの音や数メルテ距離を取っているせいで、皆の声は大きくなる。デリングの遥か西にも村や町があるのだが、その途中の道もあまり標高がないという。


「じゃあ、もうヴィセ達の村まで悪い奴は来ない? ヴィセはまた村に住めるの?」


「どうだろうな。家を建てないといけないし、もう1人で住むのはごめんだ!」


「俺も一緒に住んであげようか!」


「有難いが、それならもっと便利な町の方がいい! 引き留めてすみません、先に向かいましょう!」


 ヴィセの頭には、村を旅立つ日の事が蘇る。村を物色しに来た男達は、霧が上がってきたと言っていた。この道の消失は、もしかすると一時的なものではないのかもしれない。


 モニカの町も天候次第では年に1,2度は霧に包まれる。もっとも、その濃度は低く、まだ注意すれば対策できるレベルにある。風もよく通り、霧を払ってくれる。だが、もし霧が上がり続けたなら近いうちに居住は困難になる。


 ≪この辺りは風が吹き溜まりになっているようだ。見ろ、村が見えてきた≫


 数キルテ先に村が見えてきた。木造の家々はどれも小さく、規模もラヴァニ村より少し大きい程度だ。ただ、その様子は長閑とは言い難いものだった。


「霧が……もう真下まで迫ってる」


「ねえ、降りるの? 大丈夫かな」


「ジェニスさんにはガスマスクを着けてもらった方がいいな」


 デリング村の標高はラヴァニ村よりも7~800メルテ低い。モニカよりも更に300メルテは低いだろうか。デリングは平らな土地、鉱山や湧き水、日当たりなどの理由で古くから人が住んでいた場所だ。


 しかし、今はもう手を伸ばせば届くのではないかと思うほど霧が迫っている。


 ヴィセ達が村の真上に来た時、村の者達がようやくドラゴンの出現に気付いた。ヴィセ達を指差し、大人たちが慌てて子供達を家の中に入れる。


 ヴィセ達は鉄砲玉が飛んでこないうちにと地上に降り、取り巻く者達を威嚇した。休耕地に突如現れたドラゴンと、その背から降りてきた者達。警戒しないはずがない。


「な……なんだ貴様ら! ど、ドラゴンをひぃぃぃ!」


「ドラゴン使いなんて、き、聞いた事ねえぞ……」


 村人たちの動揺の声を聞きつつ、ヴィセはジェニスの出方を伺った。ジェニスは武器を持っていない。ヴィセは2丁のリボルバーを持っているが、人数では敵わない。


「村長を出しとくれ。フォレストの姉が来たと言えば分かる」


「そ、村長……」


「言葉が分からないのかい? あんた達が焼き払ったラヴァニ村の村長の姉が挨拶に来たって言ってんだよ」


 ラヴァニ村と聞いて多くの者は顔が青ざめている。ドラゴンを連れてやって来たとなれば、それはもう復讐以外にない。数人が慌てて村長を呼びに行き、数分後には40,50歳程の男が小走りでやってきた。


 やや白髪の混じった黒髪に、彫の浅い顔に豊かな髭を貯えた小太りな男は、緊張の面持ちでジェニスの前に進んだ。


「わ、私が村長だ。ラヴァニ村がどうしたのですか」


「とぼけんじゃないよ、あんたらが村を焼き払った事は分かってんだよ。こっちの青年は生き残りさ」


 生き残りと聞いて村長の顔が青ざめた。全員死んだと思っていたのだろう。


「ジェニス・フォレストだ。ラヴァニ村の村長の姉だよ」


「焼き払った? な、何かの間違いでは」


「あの日、大人たちは隣村の奴らだと言いながら逃げ惑っていました。それから3年間一度も来なかったのは不思議でしたが……あなた達ですね」


「ドラゴンの前だ、答えに気を付けな。あんたらが焼き払ったね」


「この人たちって人殺し? ヴィセの父ちゃんと母ちゃんを殺した人?」


 バロンの飾らず容赦のない言葉が周囲の者に突き刺さる。村長は周囲の者の反応を伺いつつ、両手を上げた。


「……ああするしかなかったんだ。見ての通り、この村は霧に飲まれる寸前だ! だから」


「だから、相談もなしに焼き払ったんですか。住んでいた人を全員殺して、自分達だけ助かろうと」


「そ、相談ならしたさ! だがフォレストは頷かなかった! お前の村の連中だけは絶対に受け入れないと言われた!」


「あんたらが過去に何をしてきたか、それを考えたら当然の反応だろうね。自業自得さ」


 ドラゴン信仰を野蛮だ、ヒトデナシだと罵り、ドラゴンに襲われた事をラヴァニ村のせいにした。村を通る道を通過させてもくれなくなった。


 そんな連中が困ったからと助けを求めて来ても、手を差し伸べたくないのは当然だ。


「この子がたった1人で3年住んでた。そして3年経って何人かが様子を見に来た。3年待ったのは何故だい」


 ジェニスの問いに合わせ、エゴールが口を大きく開けて威嚇する。ジェニスが操っていると思わせるためだ。


「……万が一を考えた」


「ちゃんと言いな」


「もし生き残りがいれば仕返しに来るはずだった! 念のため俺達の仕業だと広まっていない事を確認していたのさ!」


 デリング村長の開き直りに、ヴィセは静かに怒りを溜めていた。デリングの者達は、焼き討ちを悔いる様子もない。罪悪感もないままラヴァニの村人が死んで朽ちるのを待ち、その後に平然と居座る気だったのだ。


「あたしらがあんたらに何をしたと言うんだ」


「こうやって……この数十年の間に2度、そして今日で3度目だ! お前ら、俺達の村をドラゴンに襲わせたんだろう! ドラゴンを信じる邪教徒め!」


 村長が銃を構え、ジェニスに引き金を向ける。ヴィセも咄嗟に腰からリボルバーを抜いたが、周囲の村人たちも銃や斧や鍬を構えている。


「……あたしが愚かだったね。許す気はなかったけれど、謝罪の1つでも口にするかと期待していたんだ」


「これから死ぬ奴に謝る必要はない。この村は西も東も道が霧で寸断されて誰も来やしない。貴様らをここで始末すれば誰にも分からない」


 ≪我らの体は銃ごときに負けぬ、威勢の良い老婆を庇ってやれ。その前に、我が同胞は操られたのではなく、自らの意志でこの村を襲ったと伝えてくれぬか」


 ラヴァニの言葉に頷き、ヴィセは自身の怒りに集中し始めた。顔や腕の皮膚の下が蠢き、盛り上がっていくのが分かる。


「な、なんだ……!?」


「1つ訂正しよう。ドラゴンに襲われたのは、鉱山を無理に拡張して大地が汚れたせいだ。森を切り払い、水を汚したせいだ。ラヴァニ村のせいではない……と言っている」


 ヴィセの右半身がドラゴン化していく。村長はその姿に驚き、銃を持つ手がカタカタと震えている。ヴィセは不敵な笑みを浮かべ、村長に追い打ちをかけた。


「そして、今から襲われるのは……なぜだと思うか」

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