Dragonista 06


 キューブは壊れてしまったのか、動作を停止した。まず最初に異変を感じ取ったのはラヴァニ……ではなくバロンだった。


「うわっ!」


 バロンはラヴァニを腕に抱いていた。そのラヴァニが急に大きく重くなり、抱えられなくなったのだ。


 ≪な、なんだ、我の体が……≫


「おんもい! ラヴァニが大きくなった!」


「えっ!?」


 ヴィセ達が一斉にラヴァニへと振り向く。その体はこれまでの倍程の大きさになっている。エゴールは思った通りだと頷き、他にもキューブがないかを確認し始めた。


「ラヴァニさんの体の大きさは幾つかのキューブで縛られていたと考えられる。あと何個か見つかれば元の大きさに戻れるはず」


「とすると、もう小さくはなれませんよね」


「……そうだね、考えていなかった」


 エゴールはごめんと言って手を合わせる。


 最初に発見したキューブは既にヴィセが祠と一緒に壊している。残りのキューブを壊してしまえば、もうラヴァニを隠しながらの旅は出来ない。いや、もう今の大きさであっても無理だろう。


 どんな仕掛けなのかを確認するためいじっていると、光っていたパネル部分が凹む事に気付く。恐る恐る押すと再び光りはじめ、ラヴァニがまた小さくなった。


「ラヴァニ、また小さくなったか?」


 ≪む、そのようだ≫


「あ、良かった……ごめん、次は投げないよ」


「真っ先に投げるなんて、何百年も生きてきて何を学んでんだい。ほら、他のキューブとやらを探すんだろう」


 ジェニスに促され、ヴィセ達は手分けし、白樺の森の中を探し始めた。何も手がかりはなく、何個あるのかも分からない。だが、30分程してヴィセが1つ、1時間ほどしてエゴールが1つ。それから間もなくジェニスが1つを見つけ出した。


「結局見つかったのは3つか。これで全部とは思えないが……」


 まだ葉も出ていないため、白樺の森は空が丸見えだ。明るい場所で3つを並べ、どこかにスイッチがないかを見比べる。


「全部、一緒だよな」


「番号でも振られていればいいんだが……」


 ヴィセが持ち上げ、それらしいものがないかを確認する。その時、バロンが何かに気付いた。


「……ぶーんって音がする」


「音?」


「うん、ぶーんっていってるよ、他のと近づけたら音が大きくなる」


 猫人族の耳は人族よりもよく音を拾う。ラヴァニも耳は良いはずだが、キューブの音だとは分からなかったようだ。ヴィセが他のキューブとくっつけて置くと、確かに耳鳴りに似た小さな音が聞こえる。


「これ、どのくらいの距離まで分かるか?」


 ヴィセがキューブを持ったまま、少し離れる。3メルテ程の距離までは何とか分かるようだ。


「1つ俺が持って歩くから、音が鳴ったら教えてくれ」


「分かった!」


「ジェニスさんはそこで待っていて下さい。ラヴァニ、音が拾えるならエゴールさんと」


 ≪分かった。元の姿に戻るためなら何でもしよう≫


 再びヴィセ達がキューブ捜索を始める。しばらくして離れた岩陰でバロンが音を聞き当て、ラヴァニは祠を挟んで正反対の場所で1つ発見した。


「これのスイッチを全部切ったら、元の大きさに戻れるって事だな」


 ≪ああ。これで霧の海までも飛べよう。すまぬが早速元の大きさに戻してくれ≫


「え、今から?」


 ラヴァニに急かされ、皆がとりあえず焼けた村まで戻る。ヴィセは5個のスイッチ全てを押した。


「うおっ……」


 そのとたんにラヴァニがみるみるうちに大きくなり、エゴールが変身した姿よりも一回り大きくなった。普段のラヴァニを見慣れていたせいで怖くはないが、赤黒い巨体は威厳に満ち溢れている。ゆっくりと首を動かす動作さえも見惚れる程だ。


 2本の角はいっそう尖り、額の間にも1本出ている。大きく裂けた口からのぞく牙も、大きな目も鋭い。大きさだけでなく、外見も幾分変わったようだ。


 それは村を去る日、侵入者達を追い詰めていたあのドラゴンだった。


「これが、ラヴァニの本当の姿……」


 ≪ようやく元の我に戻る事が出来た。礼を言う≫


「ラヴァニ、かっこいい! すっごく大きい!」


 ≪そうか、悪い気はせぬ≫


 自身の姿が恐ろしいと自覚しているのか、ラヴァニはバロンを怯えさせないよう、努めてゆっくり動く。バロンが目の下を撫でると、ラヴァニはゆっくり目を閉じて応えた。


 ≪隣村に行くのだろう。ヴィセとバロンは我に乗るといい≫


「それなら鞍を1つ君達にあげよう。ジェニスは俺の背に」


 エゴールは再び服を脱いでドラゴン化し、ヴィセがその背に鞍を乗せる。とそこで、ヴィセはジェニスがネミアで他の者にも電話を掛けていた事を思い出した。


「ジェニスさん、他にも連絡を取った方がいましたよね」


「ああ、1人はエゴール、あとはナンイエートで会ったディモット、それと同郷のボイだ。ボイはもう一足先にデリングに向かっているよ、チャーター機で向かったはずだ」


 ジェニスは今回の作戦にあと1人用意していた。だが、具体的には皆で何をするのか。デリングに対してどんな復讐劇を見せるのか。ヴィセはまだ詳しく聞いていない。


「あの、ジェニスさん。デリングに着いたら、俺達はどうしたらいいですか」


「ん? そうだねえ、暴れとくれ。ドラゴン化出来るのならして貰いたいね。ドラゴン共は好きなだけ何でも焼き払うといい。あたしは村長に会う」


「デリングの村長、ですか」


「ああ。あたしの名前を出せば分かるだろうからね。ジェニス・フォレストが来たと知れば血相を変えて出てくる」


 ヴィセはジェニスの姓を聞いて驚いた。フォレスト姓はラヴァニ村の村長と同じなのだ。


「もしかして……村長の身内の方ですか!」


「……村長、ね。ジズンならあたしの弟だ」


「そんな、何であなたが村を出る事に?」


 姉がいたという話は聞いた事がない。昔、村が苦しい時に移住したと聞いているものの、当時の村長の娘が出る必要などあったのだろうか。


 ヴィセが言いたい事は、ジェニスもよく分かっていた。


「村が大変な時に、当時の村長一家だけ身を切らないって訳にはいかなかったのさ」


「おばーちゃん、大変だったんだ」


「はっは、有難うよ、バロンちゃん。でもあたしは……あんたらに比べたらいい思いをさせて貰ったよ」


 何故ジェニスがデリングに向かうのか。ヴィセはようやく分かった気がした。村を守れなかった弟の代わりに、けじめをつけようとしているのだ。


 村に対して、村の生き残りに対して、そしてドラゴン信仰に対して。


 ドラゴン信仰の村を1つ滅ぼした事実を、成功事例や武勇伝にさせたくなかったのだ。


「人を殺せと言っているんじゃない。殺すなとも言わないけどね。ただ、あんたの両親や知り合いを殺し、村を滅ぼし、それでお咎めなしって訳にいかんでしょ」


「おれね、俺の父ちゃんと母ちゃんを殺した奴に仕返しした! 警備隊に捕まえて貰った! ヴィセとラヴァニが手伝ってくれたから」


「そうかい、あたしもそれと同じことがしたいんだ。まあ村の警備隊なんてあてにならん。捕まえる気はないよ。あいつらが困る方法なんて幾らでも知ってんのさ」


 自分の町や村の外の治安維持は管轄外。近くのモニカや他の町に知らせたところで評判の悪化以上の事は望めない。ヴィセが心配している事に気付き、ジェニスはエゴールの背に乗りながら声を掛ける。


「刺し違えてもなんて思ってないよ。あたしは自分の娘を人殺しの子供にしたくないからね。さあ、ドラゴンと共に現れて脅かしてやろうじゃないか!」


 ヴィセは仕返しの際に自分を抑えられるか心配している。対して不思議とジェニスの復讐は明るく、陰鬱な雰囲気が一切ない。


 エゴールが威勢よく飛び上がる。漆黒の巨体が太陽に隠れ、ラヴァニがそれを追う。


「……ったく、なんて婆さんだ」


 ヴィセの呟きは、春の日差しの温かさの中に消えていった。

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