Dragonista 05


 エゴールの家を出ると、一行は買い出しに向かった。ゴーグルとジェニス用の防毒マスク、それに数日分の非常食を揃え、一度家に戻る。エゴールは自分の服を鞄に詰め、大きくて重そうな箱を家の外に持ち出した。


「その箱は……」


「馬用の鞍を改造したものだ。2人分しかないから、バロン君はヴィセ君の膝の上に、ラヴァニさんはヴィセ君の鞄の中に。箱は扉の前に置いて、鞍を運んできてくれないか」


「結構、本格的ですね」


「あたしは一度だけ乗せてもらったことがあるんだよ。誰も見ていない夜中にね」


「ジェニスの度胸は凄いよ。ゆっくり来てくれ、変身には時間がかかる」


 エゴールが自分の荷物を持って森の中に消えていく。ヴィセとバロンは鞍を2人で担ぎ、ジェニスとゆっくり後を追った。空の見えない暗い森を数分歩けば急に明るくなり、視界が開ける。下草が芽吹き始めた原っぱには、その視界を遮るような巨体があった。


「うわぁ、かっこいい!」


「黒い、ドラゴン……エゴールさんですか」


「ああ、そうだ。この姿だと喋りづらい。さ、鞍を取り付けてくれ。俺の鞄は首に」


 全体的に赤みがかったラヴァニと違う、漆黒のドラゴン。光にあたった表面だけが僅かに赤く見えるものの、まるで光の中に影だけが取り残されたようだ。頭の先から尻尾の先まで8メルテ程ある。


 まずはバロンがエゴールの背によじ登り、翼の付け根付近で鞍を引っ張る。ヴィセが茶色い革の鞍を押し上げ、翼の邪魔にならないよう、幅の広いバンドで固定していく。


 鞍の取り付けが終わると、エゴールが左の翼を地面に寝かせた。


「ジェニス、翼に乗ってくれ。ヴィセ君は前の席に」


「有難う。あんた、やっぱりいいドラゴンになれる」


「喜んでいいのか迷うな。飛ぶのも随分上手くなったぞ、さあヴィセ君たちも」


 まずはヴィセが鞍に座り、脚の間にバロンが座る。バロンのバックパックはヴィセが背負い、ヴィセのバックパックをバロンが体の前に担ぐ。その中にラヴァニが入る。


 背もたれがあるため、体勢を崩すこともなさそうだ。革とゴムのベルトで肩と腰を固定すれば、準備完了だ。バロンはヴィセと腰のベルトだけ共有し、ヴィセがしっかりと腕で押さえる。


 エゴールは皆を乗せたまま、その場で何度も大きく羽ばたき始めた。巨体がゆっくりと浮かび上がり、ヴィセ達の体が斜め45度に傾く。


 飛行艇とは違う離陸に緊張したのもつかの間、次の瞬間には全ての風景が後ろに流れた。


「うわ、うわあ!」


「すごい! はやーい!」


 見上げていた木々は遥か下方。若干左右に体が揺れるものの、エゴールはイエート山の中腹まで一気に駆け上る。ドラゴンの飛行を見られたらまずいのではないかと心配したが、エゴールはあっと言う間に高度を上げ、町は遥か南東に消えてしまった。


 ≪懐かしい……ああ、我もこうして大空を我が物顔で飛び回っていた≫


「もしかしたら、戻れるかもしれないな」


「ラヴァニが大きくなったら、俺乗せてもらう!」


 ≪ああ、良いとも。我がドラゴニアまで運んでみせよう≫


 エゴールの飛行速度は、一般的なプロペラ旅客機よりも随分早い。特にナンイエートとネミアを結ぶ路線の小型プロペラ機は、最高時速が300キルテ程しかない。それに比べると2倍程は出ていると思われた。


 翼で空気の中を漕ぐように、力強い羽ばたきが続くかと思えば、風に乗って滑空したりもする。時折雲が現れて高度を3000メルテより下げたりもしたが、そもそも町や村同士の距離は数十から数百キルテ離れている。そうそう見つかる事はない。


「凄い……世界ってこんなに広いんだ」


 空の果てまで覆い隠すような霧がなければ、広大な平原やなだらかな丘陵地、雄大に流れる大河などが見えただろう。実際に見た事はないが、ヴィセはそれらを想像しながら景色を楽しむ。


 あまりにも速いせいで会話をする事は難しい。しかしその風景、感じる風、全てが好奇心を掻き立てる。バロンも全く酔っていないようで、3時間程の飛行はあっと言う間に終わってしまった。





 * * * * * * * * *




 ラヴァニ村に到着し、エゴールは元の姿に戻った。エゴールは変身の度に服を脱がなければならない。鞄を漁り、恥ずかしそうに服を着る。その体は左腕から左胸、そして顔面のおおよそ以外、ドラゴン化が進んでいた。


「なんてまあ、本当に何もなくなったんだね」


「はい。みんなのお墓は沢へ向かう方に」


「こんなになるまで焼かなくても良かっただろうに」


「あー……最後に燃やしたのはラヴァニです。この村にデリング村の連中がやって来て……どうやら移住先を探していたようです」


「あの村はちょっと低い場所にあるからね。鉱山や広い土地を捨てられずしがみ付いていたら、いよいよどうにもならなくなったんだろう」


「ラヴァニが追い払ったの?」


 ≪ああ、そうだ。襲われた際の抵抗とはいえ、その……すまなかった≫


 ラヴァニの声は、ジェニスには届いていない。しかしジェニスはラヴァニの様子を見て「責めていないよ」と伝えた。


 こじんまりとした廃村は、黒焦げの家の柱が一部建っているだけとなっていた。雪はすっかり融け、僅かに緑色の草が顔を覗かせている。畑にはまだ芋なども埋まっている。これから芽を出し、収穫されることなく増えていくだろう。


「里帰りって気分じゃないね。何か面影でもあればと思ったんだが。周囲の森が燃えていないのが幸いだ」


「壊れてしまったけど、ラヴァニが祀られていた祠ならまだ辛うじて……」


 ヴィセに案内され、ジェニス達は村の外れまでやってきた。白樺の森は明るく、草が茂っていないせいで歩きやすい。数分もすれば祠の手前に辿り着く。


「ラヴァニってここにずっといたの?」


 ≪ああ、そうだ。我はここで眠りについた≫


 村にはドラゴンが眠っているとしか伝わっていなかった。ジェニスもどうやって封印したのかまでは知らない。だが、エゴールは祠を暫く調べた後、周囲を見渡した。


「ヴィセ君、祠はここだけかい」


「え、はい……そうです」


「おかしいな。封印がどのような原理かオレにも分からないけど、封印の札なんてもので封印できるはずがない」


 そう言ってエゴールは近くに転がっていた石像を拾い上げる。そして何を考えたのか、それを近くの岩めがけてぶん投げた。


「あー壊した!」


「ちょ、ちょっとエゴールさん!」


「なーにやってんだいあんた! 一応はこの村の守り神だった石像だよ、バチ当たりな」


 非難するヴィセ達をよそに、エゴールは砕けた石像の破片から何かを拾い上げる。それは何かの機械部品のように見えた。


「……やっぱりね」


「やっぱり、って?」


「封印っていうのは、ちゃんと科学に基づいたものなんだ。この装置を見てごらん」


 エゴールの手のひらに、こぶし大のキューブが乗っている。


「オレがまだ人として普通に暮らしていた頃、飛行艇は1度に1000人も2000人も運び、ジェット機は音速を当たり前に超えていた。今より何倍も発展していたんだ。空間を歪める技術の開発もされていたと聞く」


「空間を、歪める?」


「あー、方法までは分からない。でも例えばそこにあるものを小さくする、小さく見せる……重いものは軽く、軽いものは重く。おそらくこれはその類のものだ」


「それのせいで、ラヴァニは小さいまま、って事ですか」


 エゴールは頷き、祠の周囲を調べる。すると、今度は祠の裏に不自然な穴がある事に気付いた。エゴールがその中に手を伸ばす。


「やっぱりあった」


エゴールが引っ張り出したのは、先ほどのキューブと全く同じものだ。だが、これはまだ小さな側面のパネルが光っていた。エゴールがそれを岩へと叩きつける。


「オレの予想が正しければ……」

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