Dragonista 04


「ドラゴンが、守っていた……」


「勿論、ずっと同じ場所にいたわけじゃない。水を飲むために霧の上に顔を出したり、霧の化け物を喰らうため離れる事もあった。オレも年に2度は必ず会いに行った。でも、今年は……」


 エゴールは目を伏せる。悠久の時を生きて来た彼にも、どうにもならない事はある。エゴールが会いに行った時、ユースは既に息絶えていたのだろう。


 ≪何故我が友は死んだのだ。翼を射抜かれようと、癒すことは出来たはずだ≫


 ラヴァニはユースの死に納得していなかった。ドラゴンにはある程度の再生能力が備わっている。翼の完全再生が可能かまでは分からないが、少なくとも怪我が原因だとは考えていなかった。


「霧のせいだよ。霧の影響を受けないといっても、体の再生には良くなかったらしい。かといって数年、数十年霧の上で療養したくとも、人の飛行艇に見つかってしまう。それに……」


 エゴールはチラリとバロンへ視線を向ける。バロンもその意味は分かっていた。


「俺たちの事が心配で、体を治すよりも見張りを続けてくれてた?」


「ああ、その通り。オレはね、彼も元は人だったんじゃないかって思っているんだ」


 バロンは自分達が守られていたのだと、初めて気づいた。ドラゴンは通常であれば人の言葉を理解しない。ユースもそれが分かっているから姿を現さなかった。


「普段は化け物が全然出ないけど、何か月か前から化け物が多くなってたんだ。奥に進み過ぎたせいだと思ってたけど、それまでラヴァニの友達が守ってくれてたんだね」


 ≪そうか、実に我が友らしい。エゴールよ、後で我が友が生きていた当時の姿を見せてはくれぬか≫


 怪我さえ負わせたなら、霧はドラゴンにも効く。そんな事は知りもしなかったが、ラヴァニはそれを発見したのがエゴールで良かったと安堵していた。


 これでもしドラゴン討伐に燃える人々が気付いたなら、ドラゴン狩りは激しくなっていたはずだ。


「彼が死んでいる事を知った帰り、偶然君たちを見つけた。他の者はもう息がなかったが、君はまだ身じろぎをしていた。ユースが守りたかった子供を見殺しにはできなかった」


「ヴィセの事は? どうしてヴィセを助けたの?」


 3年前、何故ラヴァニ村を訪れたのか。黒い鎧を着た訪問者なら目立ったはずだ。けれどヴィセは焼き討ちに遭った日、畑で倒れたその時までエゴールを見かけていない。


「恥ずかしい話、オレはジェニスの事が忘れられなくてね。彼女の故郷を1度訪れたいと思っていた。まさかあんなタイミングになるとは思っていなかったが」


「偶然、だったんですね、俺もバロンも」


「それならネミアにも顔を出せばよかったんだ。あんたときたら、忘れた頃に手紙だけ寄こして」


「すまない、旦那さんがいい顔をしないと思ってね。ユースからはラヴァニ村で仲間が封印されていると聞いていた。血を持っていけば匂いにつられて目覚めるかもしれないと」


 ≪確かに、我が封印に入った時、我が友も付近にいたはずだ。我が眠りにつくのを見ていてくれたか≫


「それで、ユースさんの血を」


 これでようやくエゴールに関する謎が解けた。彼はラヴァニを目覚めさせるため、村を訪れていたのだ。だが焼き討ち騒動でそれどころではなくなり、立ち去る途中で死にかけのヴィセを救った。


「ヴィセ君に飲ませたのはユースの血だ。バロン君に飲ませたのは、ユースの血で作った薬だったんだ」


「薬?」


「大したことじゃないよ、腐らないように成分だけを抽出したものだ。もう、残っていないけどね」


「そんな危ないもんを子供に飲ませるんじゃないよ、まったく。それで、あんたはもうドラゴンになるのを待っているだけなのかい」


 ジェニスの言葉に、エゴールはしばらく答えなかった。即答しなかったのは、まだ諦めたくなかったからだ。


「あんたが諦めたならそれでもいい。だけどこの2人は諦めていない。あんたが試して駄目だった事を全部教えな」


「……分かった」


「あ、あともう1つ教えて下さい! ドラゴニアの場所を知りませんか。ラヴァニの仲間は、今どこにいますか」


 ドラゴン化については旅の途中で知った事だ。本来の目的はドラゴニア探しである。


「ドラゴニア……」


「もしかして、ご存じないですか」


「いや、心当たりならあるんだ」


 ≪本当か! 頼む、教えてくれ!≫


 ラヴァニがテーブルに乗り、エゴールの前で首をもたげ、翼を広げる。場所を聞いたならすぐにでも飛んで行きそうだ。


「……確証はない。というか霧が出て以降の150年、誰も見ていないんだ」


「では、何故心当たりがあると」


 目撃情報はなく、エゴールも行った事がない。なのに何故、心当たりがあるのか。すぐに分かったのはジェニスだった。


「ずっと西の、霧の海だね」


「霧の海……」


「ああ。現代の飛行技術では渡りきれない程広く、大陸内部が全て霧で覆われた場所だよ。東西南北に数千キロメルテ広がっている。あの大陸には殆ど人が住んでいない」


 ヴィセ達の住む大陸の西には、別の大陸がある。一番狭い所で直線距離3000キロメルテの海を渡り、そこから4000メルテ級の山々を超えると、霧の海が見えてくる。


 山々にはドラゴンが住み着いていたため、人々は150年前まで中心に広がる低地に住んでいた。世界中を霧が覆っていく中、飛行艇で別の大陸に脱出できたのは極僅か。


 いち早く危険に気づき避難を開始した者もいたが、高地に町や村はなく、定住できる場所もない。結果、海辺のごく一部の崖沿いに集落が点在するだけの大陸になってしまった。


 建設資材を運ぼうにも、他の大陸の港は常に奪い合いになっている。海辺に鋼材や木材を運ぶ手段もない。


「飛行艇で向かおうにも燃料切れになる。山を越えようと高く飛べばドラゴンに見つかる。だから誰も覗くことが出来ない」


「行く手段は、無いんですか」


「この大陸を含め、殆どの場所では海に出るのも一苦労だ。出たとしても港は海賊や軍人崩れが占拠しているから、身を守る事が難しい。あたしもまだ海は見た事がない」


 海沿いに平野が広がる場所もある。しかし霧に覆われていた間にすっかり土地は腐り、他所から資材も運べない。港や条件のいい土地は常に他所と土地の奪い合いをしている。


 高潮やハリケーンに怯えながら、バラックのような小屋で生活するしかない。そう考えると、まだ内陸の高地で生きていく方がマシなのだ。


 そんな中、唯一安全に海を渡れるのは何か。


「……オレが飛んであげよう、ユースの友人の頼みだからな。残念だけど俺も行った事がある訳じゃないから、絶対とは言い切れない」


「ああ、有難うございます!」


「ラヴァニよかったね!」


 ≪我が姿を大きく保てたなら、すぐにでも飛んで行きたい。我は……いつ元の姿に戻れるのか≫


 ラヴァニの小さな体では100キロメルテも飛べない。ドラゴニアに着いたとしても、本当に生きていけるのか分からない。


 エゴールは腕組みをし、ユースから聞いていた封印の事を整理し始める。


「……封印の方法を調べる事が出来たら、もしかすると分かるかもしれない。その為にはやっぱりラヴァニ村に行く必要がある」


「分かりました。ラヴァニ、いよいよだ」


 ≪ああ、我を導いてくれて感謝する、ヴィセ≫


 エゴールは頷き、立ち上がった。ジェニスも同時に立ち上がる。


「じゃあ、行こうか」


「……え、今からですか」


「ああ。何か他に用事があるなら待つけれど」


「いや、そういう訳ではないんですけど」


 まさか今から向かうとは思ってなかったため、ヴィセは動揺し、ジェニスに視線を向ける。ジェニスはその意味を取り違えたのか、当然のようにヴィセに鞄を持たせた。


「老い先短い婆さんにちょっと待ったは命取りだ。さっさと行くよ!」

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