5.【Dragonista】それぞれに失いし者たち
Dragonista 01
5.【Dragonista】それぞれに失いし者たち
ヴィセ達はネミア村を出発し、ナンイエート町に向かっていた。
飛行艇の真下には灰色の霧、上空には途切れ途切れな雲。青と白が混ざり合う広い空の中、どちらが上で、どちらが下なのか分からなくなってくる。
そんな空を黒い点が移動していく。ヴィセ達が乗る黒いプロペラ機だ。
大抵の町は白い機体を使うが、ナンイエートではドラゴンから見つかり難いと考え、わざと黒く塗ってあるという。
≪地名は知らなかったが、あの峰は我も知っている。ドラゴニアがあの峰の中腹を掠めた事があった≫
「えっ」
≪もう1000年近く前の事だ≫
「いやいや、なんだか危ないな」
前方には高い山脈が見える。標高9450メーテのイエート山から連なるイエート連峰だ。遥か西のモニカやラヴァニ村も、このイエート連峰の一部になる。
「バロン、大丈夫か」
「う~ん……」
「お耳の子はよくこれで付いて来ようと思ったの」
「これでも、初めて乗った時よりは随分マシですよ」
バロンは飛行艇酔いのせいでジェニスの膝を枕にし、ずっと横になっていた。機内は真ん中の通路を挟んで左右1席ずつだが、ヴィセ達は機長の計らいで最後尾の3人掛けを使わせてもらった。
『乗客の皆様にお知らせします。まもなくナンイエートの飛行場に着陸します。ベルトを締め、揺れに備えて下さい』
「バロン、体を起こせ」
「う~ん……」
「仕方ねえな、ほら。トロッコの時はあんなにはしゃいでいたくせに、飛行艇と何が違うんだよ」
「なんか、違う……」
嘔吐こそしなかったものの、バロンの顔色は悪い。ヴィセは仕方なしにバロンに肩を回して体を固定してやる。気分が悪いながらも怖いのか、バロンの手はラヴァニをしっかり抱きかかえている。
「ヴィセ……」
「何だ、まさか吐きそうなのか!?」
「うう~ん……着いたら、ご飯食べようね……」
「お前、本気か?」
* * * * * * * * *
「俺泣かなかった!」
「はいはい、偉い偉い」
「これからドラゴンの背に乗ろうかというのに、大丈夫かい」
「まあ多分、大丈夫じゃないでしょう」
ヴィセ達はナンイエートの飛行場に降り立ち、しばし風景を眺めていた。北西には剣のようにそびえ立つイエート山、南ははるか遠くまで見渡せる高原と霧の海だ。
バロンは嘔吐するか泣くかだった初回に比べると、随分成長した。だが、これから何百キロメーテもドラゴンの背に乗って飛ぶというのに、これでは先が思いやられる。
「それにしても、町全体が色鮮やかですね」
「寒くて標高も高くて、こうやって街並みだけでも華やかにせにゃあ、心まで枯れてしまうからねえ」
ナンイエートの町はイエート山の麓、標高2000メーテ地点にある。霧が立ち込める以前からあり、レンガ積みの建物の多くは築数百年だ。2~3階建てで画一的な民家の屋根は、どれも赤い瓦で統一され、壁は黄色や青など様々な色で塗られている。
「すごーい!」
「なんつうか、ここまで鮮やかだと圧巻だな」
≪我は目がしょぼしょぼする。早くエゴールとやらの家に行かぬか≫
「このご飯小僧を差し置いて向かうと後が大変だ。ジェニスさん、どこか食事が出来る場所は……」
「まあ、今もやっていれば何軒か知ってるよ、あたしとエゴールが逢瀬に使った喫茶店がね、キッヒッヒ」
足元は石畳ではなく、すべてレンガ。おかげで足も滑らず歩きやすい。そのレンガタイルは赤だけでなく白や黄色も使われている。町の移動は多くが徒歩。もしくは荷台付きの自転車か馬車だ。機械駆動車は他の町ほど見当たらない。
3人と1匹は飛行場から馬車に乗ると、メインストリート沿いの喫茶店へと向かった。
「そういえば、この町はみんなフードや帽子を被っていますね」
「標高が高けりゃ日差しも強い。肌が悪性の炎症を起こすこともある。まあラヴァニ村よりちょっと高いくらいだけどね」
≪このフードがあれば、エゴールとやらも顔を覆えるな≫
「そうだな、それを意識してここに住んでるのかは分かんねえけど」
ジェニスが飴色に塗られた喫茶店の扉を引く。鈴とも鐘とも言い難い澄んだ音が響き、一行はすぐに出来立てのミートパイの匂いに包まれた。
「いらっしゃいませ! 3名様……と、ドラ、ゴン?」
「そうだよ、見りゃ分かるだろ。ディモットはまだ店にいるかい。ジェニスが来たと言っとくれ」
「あ、はい……」
ジェニスは若い店員の女性に驚く隙も与えない。数組いる客達はザワザワしているが、恐れというよりは、バロンが撫でているのを好奇の目で見ている。
店内は壁も床も明るい無垢材が張られ、丸太小屋のような雰囲気だ。対して照明は穏やかな橙色で各テーブルを照らし、随分と落ち着きがある。
3人が近くの空いた席に座ると、しばらくして1人の老人が出てきた。腹が窮屈そうな調理服を纏い、長めのコック帽を被っている。ジェニスは嬉しそうに手招きをし、自分の横に座らせた。
「ジェニスと聞いて耳を疑ったよ、何十年ぶりだろうか」
「んまあ、ディモット。昔はあんなにスラっとした二枚目だったのに、随分と腹に蓄えたようだねえ」
「はっはっは、そっちももう少し面影が消えりゃあ、どこのババアかと思う所さ」
何十年会ってなくても親友なのだろう。会ってすぐに昔話を始めるジェニスに、ヴィセとバロンはどうしていいのかが分からない。店員も注文を取るべきなのか迷い、カウンターの奥でチラチラとこちらを見ている。
「それでジェニス、こちらさんは新しい男かい、それとも孫か?」
「どっちでもないよ、旅の介護に付いて来て貰ってんだ。そっちのお耳の子が腹を空かせたから寄ったのさ」
「世辞でも俺に会いに来たと言えばいいものを。さあて、とっておきを作るかのう、なあに、ジェニスが来て食べるもんは決まっとる。任せとくれ」
ディモットはゆっくり立ち上がり、厨房へと消えていく。
「あのジジイはね、あたしが飛行場で働いていた頃、空港に弁当を売りに来ていたのさ。全然売れなくてね、可哀想だからあたしが買って広めてやったのさ」
「ジェニスさん、なんだか凄い方ですね」
「興味を持ったらやる、周りを巻き込んで楽しく過ごす、その積み重ねがあたしだよ。ネミアで慎ましく暮らして来たけれど、つまらないババアになったつもりはない」
「おばーちゃん面白い! ぜんぜんつまんなくないもん」
「有難うよ、あんたにはまだちょっと早い話だったかねえ」
同郷だからか、ジェニスが遠慮なくとも気さくだからか、それとも両方だからか。ヴィセはジェニスの人柄に接し、久しぶりにホッとしていた。
ラヴァニのため、バロンのため、目的のため、ヴィセはいつも何かを背負い、自分の足で目指してきた。ここに来て、ヴィセはようやくその役を一瞬でも代わってくれる者に出会えたのだ。
「ジェニスさん、有難うございます」
「ん? 何だい急に。奢りって訳でもないし飛行艇代まで出して貰って、あたしが感謝する方だよ」
「いえ、俺……自分がしっかりしないといけないって、ずっと思ってきました。ジェニスさんがこうやって俺が何とかしなくてもいい時間をくれて、感謝しているんです」
ジェニスが少し驚いた表情を見せ、優しく微笑む。
「勿論、バロンもラヴァニも、洗濯してくれたり助かってる。有難う」
≪我は何も出来ておらぬぞ。頼られる準備はいつでも出来ておる≫
「へへっ、ヴィセもえっと、ごはんとか、ありがと!」
「結局飯かよ」
バロンの言葉に皆が笑い、厨房へと顔を向ける。
「フン、繁盛してる素振りを見せて腕が落ちてたら、タダじゃおかないよ」
ジェニスは優しい声色で悪態をつき、店内を懐かしそうに眺めていた。
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