Discovered 10


 一体何を言われたのか。ヴィセ達も、スザンナさえも固まる。再びバロンのグラスの氷が音を響かせた時、ヴィセはジェニスにおそるおそる聞き返した。


「えっと、ドラゴンに変身って、言いましたか? 今、さらっとドラゴンに変身って」


「ああ言ったよ。40年ちょっと前、まだ私も好奇心を失っていない頃だったからね。町の外れで実際に変化を見せて貰った」


 ジェニスは何事もないかのように語る。とても衝撃的な事だというのに、何故そんなにも普通に話せるのか。驚くヴィセ達を見て、少し揶揄うような笑みさえ浮かべている。


 ヴィセやバロンもそうなってしまうのか、男はいつからそうやって変身出来るのか。そもそも男は人族なのか、ドラゴンなのか。ヴィセは咄嗟に自分とバロンの体を見比べる。


「ドラゴンに、変身……」


「ドラゴンになれるのカッコイイね!」


 ≪人に変身するドラゴンの事は聞いた事がない≫


「俺達だってそうだよ。あーすみません、ドラゴンに変身? ジェニスさん、何故そこまで教えて貰えたんですか」


 ジェニスはヴィセからフッと目を逸らす。スザンナをチラリと見て、そして視線を入り口の扉へと向けた。それは入り口を見たかったのではなく、照れた顔を見られたくないからだった。


「あたしの、恋人だったからさ」


「恋人……」


「旦那と出会う前の事だよ。旦那と出会ったのはエゴールと別れて1年くらい後だった。それから、あたしはこの村に来てスザンナと息子を生んだ」


「間接的に私の歳が分かるような事を言わないで、お母さん」


「キッヒッヒ。色気づくなら普段からもっとしっかりやんな」


 スザンナは恥ずかしそうに髪を手櫛で梳き、痩せようかしらとつぶやく。


「十分、お綺麗です」


「まあ、やだ! うふふ、息子より年下に言われちゃ、頑張らなくちゃね」


 スザンナはまたビール瓶をヴィセの前に置く。勿論頼んでいないし、サービスでもない。


「それで? お母さんその……」


 ジェニスにとって、未だに忘れられない恋だったのか、それとも別れの原因が忘れられないものだったのか。ヴィセもスザンナも突っ込んだ事は聞きづらい。


 ドラゴンであるラヴァニにいたっては、そもそも恋愛感情というものがない。だからこんな時、幼いバロンの真っ直ぐな質問は頼もしい。


「おばーちゃん、鎧の人のこと好きだったの?」


「ちょ、ちょっとバロン!」


 バロンのどストレートが決まり、ジェニスは声を上げて笑う。そして嬉しそうに顔を向け、バロンに向かって語り始めた。


「ああ、そうだねえ。向こうもそうだった。勿論旦那の事をずっと一筋で愛しているよ、あたしより先に死んじまった事を許してはいないけどね。エゴールはあたしを諦めた。あたしも……諦めなくてはならなかった」


「まだ好き?」


「坊やにはまだ分かんないかねえ。愛しているのは旦那さ。でも、何だろうね、絆というか、愛よりも強い友情というか、あたしらはそういう仲だ。一番の友達と言えば分かるかい。スザンナ、あたしにもお茶をおくれ」


「分かる! あ、俺も牛乳が欲しい!」


 ≪我はもう十分だ≫


 スザンナがお茶と牛乳を持ってくると、空いたコップを下げる。話が長引いているせいか、夕方に向けての仕込みを大慌てで再開した。


 ヴィセは1つ、どうしても聞きたかったことを尋ねる。


「その、諦めた理由って、やっぱりドラゴン化する体のせいですよね」


「ああ、そうだ」


「……相手や、子供にまで影響する、から」


「そう言われたよ。エゴールもあたしに口づけさえ出来ない。あたしは精神的な拠り所になってくれたら、とは言えなかった。エゴールにも我慢を強いる事になるからね」


「そう、ですか」


 ジェニスの話は、ヴィセにとって予想していた通りの回答だった。相手の事を考えると、付き合う事は出来ない。それはヴィセもそうだった。


 モニカで帰りを待ってくれるテレッサの事は気になっている。けれど、巻き込むわけにはいかない。バロンもいずれそうやって恋人を諦める日が来るだろう。


「ヴィセ、どうしたの?」


「ん? ああ、ちょっとね」


「あんた、まさか恋人がいるんじゃないだろね」


「……いえ、気になる人はいますが、もしかしたらと思って何も」


「賢明だよ。さあ、あたしの昔話は終わり。もしエゴールの事を先に訊いてくるなら話さなかったけど、あたしとエゴールの関係はそんなもんさ」


 ジェニスが立ち上がり、再度スザンナに「あたしは明日行くからね」と告げて店を出ていく。


「あの、スザンナさん。いいんですか」


「良いも何も、我慢強いくせに言い出したら聞かないから。本当は私が母の願いを叶えないといけなかったのにね。母はもう行けないはずって、決めつけてしまったのは私」


 そう言ってスザンナはため息をついた。


「もし少しだけ時間を貰えるのなら、母に付いて行ってくれないかしら。言ったら聞かないとは言ったけど、無事かどうかは別問題」


「ナンイエートには行かなくちゃならなかったんです。そこでエゴールさんに会うために。その後の事はまだ決まっていません」


 ≪仲間の居場所を知っているとしたら、その男だろう。先程の女の手伝いで機嫌を取っておくべきだ≫


「今日のお代は要らないから、お願い。護衛料を出してもいい。どうか無事に帰って来れるように助けて下さい」


「分かりました」


 ヴィセはジェニスと会わせてくれた事に礼を言い、店を後にした。もうじきナンイエートからの便が到着する頃だ。


 空は青と朱が入り混じり、深く染まっていく。


 ≪いよいよ、我が友の血を飲ませた男の秘密が解き明かされる≫


「ああ。それが嬉しい内容だといいんだけどな。心配すんな、どんな事を言われようと、ドラゴニア探しは一緒に行ってやる」


「ねえ、俺は? 俺も一緒に探していいの?」


「置いて行ったら泣くだろ」


「うん」


「うんじゃねえよ。それにしてもすげえ婆ちゃんが出てきたな」


 エゴールに聞きたい事は沢山ある。何故助けたのか、ラヴァニの友と何処で知り合ったのか、何故ラヴァニの友は死んでしまったのか。ドラゴン化は止まらないのか、治す手段はないのか。ドラゴンはどこにいて、ドラゴニアはどこにあるのか……。


 今度こそ何か1つでも解決して欲しい。そう願いつつ、ヴィセ達は明日の朝を待つ。


「あのね、俺ね、一番の友達はラヴァニ!」


 ≪ほう、ヴィセは良いのか≫


「ヴィセはね、一番の兄ちゃん!」


「んじゃあ、俺も一番の友達はラヴァニで、一番の弟はバロンだな」


 ≪我は共に順列を付けぬぞ。ただ、2人共に我が友だ≫


 夕飯を食べ、風呂に入り、ベッドに潜る。目覚めたなら、またヴィセ達は何らかの真実を知ることになる。もう二度と戻る事はないと思っていたラヴァニ村へも戻ることになった。


 ラヴァニが男の記憶を読んだなら、もっと多くの情報を得ることが出来る。


 色々と考え不安と興奮で眠れない中、少し冷えたのかラヴァニがシーツに潜り込んでくる。


 ≪眠れぬところすまないが、バロンは寝相が悪い。蹴られぬようこちらに入らせて貰えぬか≫


「いいよ、どうぞ」


 外で一瞬笑い声が響く。ナンイエートから来た者達が、スザンナの店から帰って来たのだろう。ラヴァニが寝息を立て始めても、ヴィセはしばらく真っ暗な天井を見つめていた。

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