Discovered 09
スザンナの母ジェニスは、小さなメモ帳を見ながら立て続けに3カ所に連絡を入れた。何かの手配を依頼したようだ。
店にやって来た時は小柄で優しそうな雰囲気だったが、今のジェニスは歳が若返ったかのように威厳すら感じられる。
「お母さん、何かあったの?」
「……あたしはね、生きている間にもう一度故郷に帰りたいと思っていた。私が死んだらラヴァニの代々の墓に入れてもらうつもりだった」
「え、まさかお墓を移す連絡を入れたの? ちょっとやだお母さん」
スザンナが両腕をさすりながら嫌そうに首を振る。
「違うよ。故郷に帰るお金を使えば、墓に入れてもらうためにあんたらに行って貰う旅費が足りない。だから今まで我慢してきたの。向こうの墓に入るのを諦めて、今からラヴァニに行くのさ」
ジェニスの突然の決意に、スザンナもヴィセも驚いた。70歳の女性が向かえる場所ではないと話したばかりだ。
しかし、ジェニスは先程もう手配を済ませている。本人は取り消すつもりもない。
「ちょっと、ちょっと待って。どういう事か説明して。一体何しに行くの? どうやって行くつもり?」
「デリングの仕業なら、仕返しをしようと思ってね」
「……どういう事? 誰に連絡を入れたの」
「旧友だよ。1人はラヴァニ村出身。あたしたの世代が若い頃、村が凶作でどうにもならなかった時期があるんだ。大人子供合わせて20人程が村を出た。村の備蓄を食い尽くさないためだ」
ヴィセもその話を聞いた事があった。大半はもうジェニスと同年代かそれ以上で、何処に行ったのかも分からない。しかし、外に出た者達はしばらくの間手紙や電話で交流を続けていた。
ジェニスはその頃の同胞や新たな仲間と、まだ強い絆で結ばれているのだ。
「あんた、来るかい」
「え?」
「急ぐ旅なら無理にとは言わない。故郷を潰されて怒っていないのなら、話はこれでおしまい」
ジェニスはまだ何も手段を話してはいない。デリングに向かって何をするのか。勿論、この老婆に人殺しが出来るとは思わない。
「何をするつもりですか」
「来るのかい。悪いが、旧友にも色々と事情がある。来ないもんに明かせるような事じゃないんだ」
「……」
ヴィセ自身はジェニスの行動に興味があった。内容次第ではデリング村の者達に一泡吹かせてやりたいと思っている。
しかし、そのためにはラヴァニの悲願を遅らせる事になる。ナンイエートに向かえば、今度こそドラゴンの居場所が分かるかもしれない。その直前で少し待っていてくれとは言えない。
それに、問題はバロンにもあった。ドラゴン化が進行性のものなら、早く対処しなければ手遅れになるかもしれない。ヴィセは自身の行動で責任を取れるが、バロンまで巻き込むわけにはいかない。
「ヴィセ、行くの? 俺も行きたい」
≪ヴィセ。我も共に行こう。ナンイエートに行けば良いと分かっているのだ。我は急がぬ≫
「分かってるのか? 俺達に時間がどれだけ残されているか分からないんだぞ」
バロンはまだよく分かっていない。ラヴァニは自分だけでも向かいたい気持ちを抑え、ヴィセの好きなようにさせようとする。
しかし、ヴィセはそれでいいと思えるような性格ではない。事情がある事を察し、先に動いたのはジェニスだった。
「時間が残ってないとは、どういう事だい」
「……あなたと同じように、俺達にも簡単に明かせない事情があるんです。ラヴァニ村の事、本音を言えば一緒に行きたい。でも、ラヴァニと……バロンは」
≪我に遠慮するな。数日で全て無駄にはならん≫
「……二つ返事で行けない事情があるのかい。難病には見えないが」
「はいはい、いったん止め! お母さん、私にもちゃんと話して。危ない事を私が許すとでも思うの?」
スザンナがジェニスを落ち着かせようと、いったん席に座らせる。店の外には準備中の札を掛け、鍵を閉めた。
「お母さん、ヴィセさんはラヴァニ村の事を教えてくれた恩人よ。いきなり村に行くだの、一緒に来ないなら理由は話さないだの、酷いでしょ?」
ジェニスもヴィセもしばし考え込み、何をどう言うべきか迷っていた。バロンの飲んでいたコップの氷が音を奏でる。今度はヴィセが先に動いた。
「バロン、ラヴァニ、話してもいいか」
「うん」
≪ああ。害があるとは思えん≫
ヴィセはスザンナにも座るように伝え、自身やバロンの身に起きている事、旅の目的を説明した。
* * * * * * * * *
「ドラゴンの血で命は助かったけど、その副作用で体がドラゴンに変わっていく、か」
「はい」
目の前のラヴァニだけでなく、ドラゴンの事を聞いても、やはりジェニスは驚く様子がなかった。ヴィセの話をおおよそ理解し、ジェニスは1つため息をついた。
「事情は分かった。随分と壮絶な人生を送ってきたようだねえ」
「……ドラゴンの血がなければ今頃、俺もバロンも死んでいました。ラヴァニも封印されたままだったでしょう。だからこの血を恨んでいるって訳ではないんです」
「あのね、俺たちどうなっちゃうのかが知りたい」
ジェニスはヴィセとバロンの言葉に頷く。
「あたしの知人の話をしようかね。多分、あんたらが探している人物に近いか、本人だ」
「えっ!?」
「黙ってお聞き」
ヴィセはまだ黒い鎧の男がドラゴン化している事を伝えていない。にもかかわらず、ジェニスはもうヴィセ達と関わりのある男の目星がついていた。
「ラヴァニ村出身じゃないけどね、ドラゴンの事に詳しい男だ。あたしがナンイエートの飛行場で働いていた時に知り合った」
「その人が、ドラゴン化しているんですか」
「いつも全身の肌が隠れる服を着ていた。何故かと聞くと、手袋を外してくれたよ。肌がまるでトカゲの鱗のようだった。当時あたしは25歳。あたしよりも10歳上だったはずだが、その顔はあたしより若かった」
「……メーベで聞いた話と一緒だ」
バロンの伯父は、黒い鎧を着ている男の手が鱗のようだったと言った。同一人物である可能性は高い。
それに、テレッサが見せてくれた鎧のカタログは、同型が70年~60年前に製造されたと書かれていた。70歳以上なら、その当時の鎧を購入できたはずだ。
「その人が俺を助けてくれた人? 黒い鎧を着てる?」
「ああ、あんたらには酷だけど、今は顔もドラゴンのように。だから人前では顔を覆っている」
「会えるんですか。一緒に行けば……何故、どうしてそんな知り合いが」
「ドラゴンをね、悪く思わん人もたくさんいるんだよ。歳取りゃこんなもんだけどね、それなりに人脈は出来るもんさ。さ、あんたらも支度して、明日の便で出発だよ」
「出発って、明日出る飛行艇はナンイエート行きだけのはず」
支度をすると言って、ジェニスが立ち上がる。しかし、飛行艇をチャーターした様子はない。ジェニスは1つため息をつき、何しに行く気だったのかと睨む。
「あんたら、ナンイエートに会いに行くつもりだったんだろ? ナンイエートに行くのさ」
「え、でもラヴァニ村に行くって」
ジェニスが何を言いたいのか、ヴィセ達はさっぱり分かっていない。しかし、流石親子。娘のスザンナは分かったようだ。
「つまり、その知り合いの人が協力してくれるのね。お母さん、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫。ナンイエートから向かえば、ラヴァニ村はそう遠くない。背中に乗せて貰えばすぐだ」
「……はい?」
≪背中、とは≫
「おんぶやだ、ヴィセが疲れるもん」
ジェニスは豪快に笑い、バロンに「おんぶじゃないよ」と伝える。
「肝心な事を言い忘れてたね、エゴールに頼むんだ」
「エゴールって」
「あんたら名前も知らなかったのかい? その鎧の男がエゴール。ドラゴンに姿を変えて運んで貰うんだよ」
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