Discovered 08
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次の日、ヴィセはまだ筋肉痛の治まらない足を奮い立たせ、ナンイエートに向かう便を確認していた。次の便は明日の昼だ。
滑走路の短い飛行場は、ナンイエートかユジノクにしか航路を持っていない。僅か12人乗りのプロペラ機も、ナンイエート所有だという。
元々内陸は雨が少ない上、春先のネミア付近は晴天が続く。約300キルテ西方のユジノクよりも長閑で、多くの者は更に東の村や町へ作物や家畜を売って生計を立てている。
寒さこそ違えど、風景はどこかラヴァニ村に似ている。ヴィセは故郷を思い出し、しばらく散策していた。
「……紹介所はなし、か。まあ当たり前だな。聞き込みをするならどこがいいか」
こじんまりとした村は、30分も歩けば端から端までたどり着いてしまう。途中で見かけた酒場以外にあてはなく、ヴィセは昼間から酒場を訪れた。
「はーい、いらっしゃいませ! あらいい男! 1人なら好きな所に」
好きな所と言われても、席はカウンターに4席、4人がけのテーブル席が2つだけ。ヴィセはカウンターに座り、ビールを頼む。
コンクリート打ちっぱなしの床、焦がした杉板の壁、屋根裏のない天井。重厚なカウンターも木製で、高い窓からの風が爽やかに吹き過ぎる。統一感のある店内はすっきりしていて、田舎の村にしてはお洒落だ。
「私が店主のスザンナ。よろしくね」
「ヴィセです。どうも」
スザンナは三角巾を被り、ふくよかな体でテキパキと動き回る。店を1人で切り盛りしているようだ。瓶のままのビールを出し、つきだしには塩漬けのキャベツを置く。
「お兄さんは旅行……って感じでもないねえ、どこから?」
「ドーンからユジノク経由で」
「昨日と今日は飛行艇も到着していないし、まさか歩いてきたのかい?」
「ええ、まあ途中の集落にも用事がありまして」
呆れたと言いながら、スザンナは料理の下ごしらえを始める。夕方にはナンイエートからの往路便が到着するため、その客を狙っているのだという。
「もしかして、お兄さんは宿屋で洗濯物を干していた、お耳の可愛い坊やの連れかい?」
「あ、はい、そうです」
「あの子、いい子ねえ。お兄ちゃんのために頑張ってるんだって」
「ええ、とてもいい子ですよ。直接の兄弟ではありませんけど、今は自慢の弟です」
スザンナは昨日、宿屋の庭先でバロンを褒めた女性だった。うちの子も手伝いの1つくらいしてくれたらと愚痴を零しつつ、面白おかしく話してくれる。
「そういえば、小さなドラゴンを連れてたわねえ。あのドラゴンは?」
「実は、俺はラヴァニ村の出身なのですが、偶然迷い込んできたんです。見殺しにも出来なくて、食べ物をあげたら懐いてしまって」
「へえ。世の中の汚い煙を撒き散らす大きな町が知ったら、跳び上がって驚くだろうね。ドラゴンに怯えながら生きるくらいなら、長閑に生きりゃいいんだ」
スザンナはドラゴンをあまり恐れていないようだ。聞けばこの村は1度も襲われた事がなく、ドラゴンが飛び交う時も素通りだったという。
その口ぶりは、どこかドラゴンの味方のようでもあった。ヴィセは思い切って自分の考えを述べる。
「ドラゴンも、人を襲いたいわけじゃないんです。汚れて誰も生きられなくなる前に、止めようとしているだけだから」
「やっぱり、お兄さんもうちの母と同じことを言うのね」
スザンナは開けっ放しの入り口のガラス戸へと視線を向け、ヴィセに閉めてくれと告げる。言われるがまま戸を閉めてカウンターに戻ると、スザンナはヴィセを手招きし、小声で続きを話す。
「私の母がね、ラヴァニ村出身なのよ」
「えっ?」
村から出た者が全くいない訳ではない。ヴィセが覚えている限りでは誰もいないが、外に出る事を禁止されていた訳でもない。
「若い時に祖父母は亡くなっていて、母が帰る家もないんだけどね。もう20年近く行ってないから、もう一度寄りたいってうるさいの。でも行くのは大変なんでしょ?」
「え、ええ……そうですね、俺もモニカまで7日歩きました」
「ほらやっぱり。飛行艇チャーターするお金なんてないし、もう70歳になる母が歩ける道のりじゃないし。あ、そうだ! ねえ、良かったらうちの母に会ってくれない?」
スザンナの言葉に、ヴィセは一瞬ためらった。それは唐突過ぎたせいでもあったが、スザンナ達がラヴァニ村の惨劇を知らないと分かったからだ。
「一応、ドラゴン信仰なんて流石に口に出せないから、ラヴァニ村の出身って事は隠しているんだけどね。同郷のお兄さんから故郷の話を聞いたなら、きっと母も喜ぶと思うのよ」
スザンナは是非そうしてちょうだいと言い、頼んでもいないビールをもう1本置く。
故郷へ想いを募らせるスザンナの母に、もうラヴァニ村はなくなったと言うべきなのか。あまり気乗りしない様子を察し、スザンナは何かあったのかと尋ねる。
「……ラヴァニ村は、もう、ありません」
「ない?」
「近隣の村から焼き払われました。3年前の事です。俺は……唯一生き残りました」
「まあ、なんてこと」
予想外の答えに、スザンナはヴィセを呆然と見つめる。ヴィセはビール瓶の水滴を指でなぞりながら、村で起きた惨劇を伝えた。
「……ドラゴンに襲われた村の逆恨み、ねえ。その襲って来た村って、今はどうなっているの? ドラゴンが襲ったって事は何かあったのね」
「おそらくは。ただ俺は生き残った事を悟られないよう、村から出ずに暮らしていたので、どこの村が具体的に何をしていたのかまでは」
スザンナはしばらく考え込み、ちょっと待っていてと言って店を出ていった。
「え、ええ……?」
1人で店に取り残され、ヴィセはキョロキョロと店内を見回す。落ち着きを意識した造りといっても、この状況で落ち着ける訳がない。
5分ほどして、スザンナは戻って来た。
「ごめんなさい、母を連れてきたの。それと……」
「あ、ヴィセ!」
「バロン! お前村を探検するんじゃなかったのか」
「おわった!」
≪バロンは殆どの時間、牧場の牛を眺めていた。牛乳が飲みたいそうだ≫
「結局食い気か。すみません、牛乳はありますか」
スザンナはニッコリと笑い、グラスに今朝絞ったという牛乳を注ぐ。ラヴァニには小さなお椀を用意し、そこにも牛乳が注がれた。
「宜しくね。同郷の人と出会えるなんて、夢のよう」
「ええ、驚きました。宜しくお願いします」
≪ドラゴンが恐ろしくないようだ≫
「ああ、スザンナさんのお母さんがラヴァニ村出身らしいんだ」
「もしかして、ドラゴンとお話してる?」
「あ、ええ……ちょっと事情がありまして」
ヴィセは簡単に自己紹介をし、スザンナの母にあまり良くない話を聞く覚悟はあるかと尋ねた。
スザンナの母はゆっくりと頷く。
重々しい雰囲気の中、バロンとラヴァニの牛乳が口髭のように白く残った口周りが妙に浮いている。ヴィセはタオルで口周りを拭いてやり、ラヴァニ村が焼き払われた事を話した。
スザンナの母はショックを受け、しばらく俯いていた。ヴィセ達が掛ける言葉に迷っていると、スザンナの母はポツリと呟いた。
「……デリングの奴らだね」
「おそらく……ですけど。デリング村がドラゴンに襲われた話は、大人達から聞いて覚えています」
「デリングは20年ほど前、銅鉱山を掘るために川の水を毒に変え、ドラゴンを怒らせた。その50年前にも斜面を崩して森を切り開き、ドラゴンが襲っている」
≪1度で懲りないとは救えん奴らだ≫
デリング村が何故ドラゴンに襲われたのか、ヴィセはここに来て初めて知った。
「そんな奴らが、俺の故郷を……」
動揺するヴィセに頷き、スザンナの母は決心したように立ち上がる。
「スザンナ、電話を貸しとくれ」
「ええ、いいけど……」
スザンナの母は、どこかに電話を掛け始める。
「もしもし、あたしだよ、ジェニスだ。あんた、まだ飛べるかい」
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