Discovered 04


 バロンは遠ざかっていく男を気にしながら、ラヴァニに記憶をもう一度見せてくれと頼む。


 何故このタイミングでそう言ったのか。ヴィセもラヴァニも首をひねったが、その理由はすぐに分かった。


「……ちょっと待て、似てないか? いや、チラッと顔を見た限りでは」


 ≪声も然程違いがないのか? バロン≫


「うん、俺もそうだって思ったんだ。でも、でも……」


 バロンはもう一度男の後ろ姿を確認する。帽子のせいで耳は分からないとして、バロンが伯父だと断言できない理由がその姿にあった。


「……尻尾が、ない」


「うん、伯父さんの尻尾は先が白と黒の縞々になっていて、凄く綺麗だった」


 ≪記憶を覗き見た時、我らにも見えていた≫


 伯父だとすれば、外部から来た事になる。しかし黒い鎧の男の前は数十年誰も訪れていない。その後に来たのはヴィセ達だけだ。自信なさげなバロンを見かね、ヴィセが男へと歩み寄った。


「あの、再度呼び止めてすみません、先ほどの」


「……ああ、なにかありましたか」


 男は白く濁った眼を細め、優しく微笑む。その歯には猫人族や犬人族に見られる鋭い牙もない。


「イワンという名の子供に心当たり……」


「知らない。私に身寄りはない」


 男の顔から笑みが失われた。気を悪くしたのか、ヴィセを無視して歩き出そうとする。その不自然な反応はむしろヴィセを確信させた。


「待って下さい! あの、先ほどバロンと名乗った子はイワンです! イワン・バレクです! 自分の名前を忘れ、バロンとしてユジノクのバラック……」


「その話を大声でしないでくれ!」


 男は俯いたまま叫び、ヴィセの言葉を遮った。その声は、弱々しい見た目からは想像できない程響き渡る。


 近隣の家々からは何事かと人が様子を見に出て来てしまい、ヴィセ達は注目を浴びてしまう。


「ゼノウさん、どうかしましたか」


「あ、ああいや……大丈夫です。皆さん、お騒がせしました」


「あんた……外の人か? へえ珍しい。でもゼノウさんは色々と大変なんだ、あまり疲れさせないでやってくれないか」


「あ、はい……探し人に似ていたので、つい。申し訳ございませんでした」


 ヴィセもゼノウに続いて謝る。箱庭のような狭い世界では全員が顔見知りだ。もし1人でも住民の機嫌を損ねてしまったら、話を聞くどころではなくなる。


「すみません。でも、お願いですからバロン……いや、イワンのために、本当の事を教えてくれませんか」


 ゼノウはため息をつき、静かに付いて来てくれとだけ言って歩きだした。振り向けば、バロンがラヴァニをぎゅっと胸に抱いて不安そうに佇んでいる。


「バロン、行こう」





 * * * * * * * * *





 ゼノウの家は、他よりも少し小さめな小屋だった。気候の変化がないせいか、天井も壁も木の板で覆われただけ。目が見えないためか、窓も1つあるだけだ。


 玄関の土間を上がると部屋は1つ。家の中にロープが張られ、歩きやすいように工夫がなされている。


「俺が住んでた村の家を思い出すな」


「どこか座れる場所があれば座ってくれ」


 ゼノウは木製のローテーブルの傍に腰を下ろした。バロンはなおも不安そうにゼノウを見つめている。


「……すまない。この話は他人に聞かれては困るんだ。周りには誰もいないだろうか」


「え、ええ」


 ゼノウは声を潜め、ヴィセ達は聞こえやすいように近寄る。


「質問に答える前に、先に訊ねたい。あなたは何故イワンの名を出した。何故私の素性を知っている」


「俺はヴィセ・ウインドです。ラヴァニ村を出て旅をしています。イワンとはユジノクのスラムで知り合いました。ドーンの町ではエマさんとも会っています。あなたに気付いたのはイワンです」


「……ドナート・トルネドの手先じゃないんだな。本当にイワンなんだな? 脅されている訳ではないんだな?」


 ゼノウはふと力なくため息をつき、雰囲気が穏やかになった。見えないせいでバロンへと顔を向けないが、「イワンが生きていた」と嬉しそうに微笑む。


「伯父さん、やっぱり、伯父さんなの?」


「ああ。あの時は幼いお前を守るため、スラムに隠すしかなかった。迎えに行くつもりだったんだ。本当にすまない」


 ゼノウが近寄ったバロンの腕を手繰り寄せ、しっかりと抱擁する。何度も良かった、良かったと漏らしながら咽び泣く姿は、置いて行った後悔と安堵が窺えた。


「町が炎に包まれた日を覚えているか。お前の父さんと母さんが殺され、お前を守ろうと、私は咄嗟に駆け寄って走った。逃げ回っていたが、ユジノクで……」


「俺、全部知ってる。ドナートっていう悪いやつは捕まったよ」


「捕まった? そうか、よかった……これでお前も安心だ」


 ゼノウは嬉しそうに微笑み、バロンの髪がぺたんこになる程頭を撫でる。きっと今の今までドナートの追っ手から逃れ、隠れていたのだろう。


 死んだと思っていた伯父が生きていた事で、バロンも嬉しそうだ。しかし、伯父だと分かると今度は他の疑問が湧いてくる。


「ねえ、伯父さん……尻尾は? その目はどうしたの」


 ゼノウは微笑みを絶やさないまま、少し寂しそうに帽子を脱ぐ。


「えっ……伯父さん、耳、は?」


 ゼノウの頭には、あるはずの耳が見当たらない。いや、髪の中から僅かに千切れたような耳が覗いていた。


「お前をスラムに残した後、追っ手をユジノクから遠ざけようと、私はネミア村の方角へ引き返した。だが、空から探されて見つかってしまい、ふくらはぎに銃弾を受けた」


 ゼノウがズボンの裾を捲ると、そこには肉が抉れ、皮膚がひきつれた生々しい銃痕が残っていた。


「バランスを崩し、尾根沿いの道から転げ落ちた。様子を見ていた人が助け出してくれたんだが……霧を含んだ水たまりに浸かっていた尻尾は切断、耳も壊死した。目もやられた」


 ゼノウは全身ボロボロになり、気が付いた時にはメーベ村にいた。幸いにもこの村の入り口を知る者は限られており、ドナート達はゼノウが死んだと思っている。身を潜めるには都合が良かった。


 ゼノウの事情を察し、エリック達はゼノウを元から村にいたとして扱っているのだ。


「やっぱり、伯父さんは俺を捨てた訳じゃなかったんだ」


「捨てないさ! 迎えに行けるのなら、呼び寄せられるのなら、ずっとそう思って生きてきた! だがこの体では外に出られない。それに私が見つかって生きていると知られたら、あいつらはイワンを探す。それだけは避けたかった」


「安心して下さい、イワンは両親の仇を取りました。ドーンの火災の犯人がドナートだと分かったのはイワンのおかげなんです」


「そうか。強く逞しくなったんだな。ゴホッ……すまん、霧の中で気を失っていた後遺症でね、肺が悪いんだ。姉ちゃんは元気だったか」


「うん、元気だよ! でも伯父さんが死んじゃったって思ってる。俺を助けるためにいなくなった事も知らなかった」


 バロンはエマと再会を果たした時と同じように、思い出話に花を咲かせる。ヴィセとラヴァニはそれを邪魔しないよう、少し離れて見守っていた。


 だが、しばらく話し込んでいると、急にゼノウが咳き込み、床に手をついた。


「ゴホッ……うっ、ゴホッ……ぐっ、ハァ、ちょっと待ってくれ、いつもの発作だ」


 霧の毒は耳や尻尾や視力だけではなく、ゼノウの肺の機能までも奪っていた。本来ならば絶対安静なのだ。


 ≪完治は見込めぬが、テレッサのように症状を緩和させられるかもしれぬ≫


「本当か! ラヴァニ、バロンの為にもやってみてくれないか」


 ≪勿論。我はヴィセとバロンの行動で気が付いたのだ。焼き払い、切り裂くだけが力ではない。この力で世界を浄化し尽くしたとしても、友が救われなくては意味がないのだと。我らが憎んでいるのは人自身ではないのだと≫

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