Discovered 05



 ラヴァニの申し出に対し、バロンが嬉しそうに頷く。


「おじさん、目を瞑って何回か深呼吸して」


「咳き込んだだけだ、心配ない」


「いいから、楽になるから、やってみて」


 ゼノウはそれで楽になると思ったのではなく、可愛い甥の言う事だからと従った。ヴィセがラヴァニを持ち上げて体を支え、ラヴァニがゼノウへと息を吹きかける。


「何だ、風が……」


「いいから、続けて」


 ゼノウが苦しいながらも深呼吸を続ける。その顔は次第に険しくなっていったものの、次の瞬間には驚いたように白濁した目を大きく開いた。


 痰が絡んだような呼吸の音が、いつしかとても滑らかになっていたのだ。


「呼吸が、楽になった……」


「もう少し。ラヴァニ、大丈夫?」


 ≪問題はない、我は呼吸をしているだけだからな。しかしこの者は毒霧を吸い過ぎた。残念だが我に失ったものを再生する力はない≫


「それでもずいぶん楽になったように見える。良かった」


 数分が経ち、ゼノウの体から取り除けるだけの毒素が抜けた。何故呼吸が楽になったのか、目が見えないゼノウにはまだ分からない。


「いったい、何が起こったんだ。まるで肺の中が浄化されたようだ」


「浄化したんだよ、ラヴァニが治したんだ!」


「ラヴァニ? 確かそちら様の故郷の名だと」


「ラヴァニはドラゴンだよ。体は小さいけど、すっごく頼りになる!」


「ドラゴン?」


 ゼノウが知っているドラゴンは、ドーンの上空を旋回し、兵器工場を焼き尽くす恐ろしい存在だ。まさかそれが目の前にいて、ヴィセ達に慣れているとは信じられないようだ。


 ゼノウはまたふと考え込むような仕草を始める。


「……もしかして、部屋の中は明るいのか」


「うん、お昼の前だよ」


 ゼノウが周囲を見渡す。ゆっくりと立ち上がって杖を突き、靴も履かずに外へと出る。


「……光だ、光を感じる」


「えっ? 見えるの?」


「いや、見えない。でも今まで明るいか暗いかも分からなかったんだ! いったい何故」


 数分して影らしきものが少し見え始めたと言ったが、そこに何があるのかまでは顔を近づけても分からない。


 ラヴァニの力を使ったとしても、それが限界なのだろう。


「なんとなく、ただなんどなくそこにイワンがいる事だけ分かる。その顔を一目見たいと思うが、お前が無事なだけで十分だよな」


「でも俺のせいで、尻尾も、耳も、目も……」


「あの場にいたなら私も殺されていた。お前を置いて逃げても私は追われた。そして、イワンを見殺しにしたと後悔しながら始末されただろう。イワンのせいだなんて1つもない。生きていてくれて、有難う」


 ゼノウがバロンを再度優しく撫で、再び目に涙を滲ませる。バロンも涙を流していたが、心配させたくないのか、大声で泣くのは我慢していた。


「イワン、これからどうするんだ。私はこの通り、どこに行くことも出来ない。イワンが望むならここにいてもいいだろう。それともエマの所に帰るのか」


「ううん、姉ちゃんの所に帰るのはもっと後になる。俺、ラヴァニの仲間を探してあげなくちゃ」


「ドラゴンの仲間を探す……?」


「うん。ユジノクの霧の下で、ラヴァニの友達が死んでたんだ」


「俺とバロンは、ドラゴンの血を持った男に助けられたんです。そのせいでドラゴンと会話が出来るようになりました。ラヴァニはドラゴニアの所在を探しています」


 分からない者からすれば、おとぎ話に聞こえるだろう。しかし、ゼノウはその話を信じ頷いた。


「偶然とはいえイワンと再会させて下さったあなたが、嘘でそのような事を言っているとは思いません。ただ、イワンはまだ10歳になるかどうかのはず。危険では……」


「安全だとは言い切れません。ただ、俺もバロンもドラゴンと血で繋がったせいで、怒れば半身がドラゴンのように変わってしまいます。もしかしたら戻らなくなるかもしれない」


「ドラゴンに変化……」


「俺達を助けてくれた人が、それを知っているかもしれない。その人がどうしてドラゴンの血を持ち歩いているのか、なぜドラゴンの血の効能を知っていたのか、聞きたいんです」


 ヴィセの話を聞きながら、ゼノウは「変化」と繰り返し呟く。


「数か月前、この村に私を除けば数十年ぶりという来客があった」


「ええ、守衛のエリックさんから伺っています」


「不思議な人でね。素性を明かしたくなくてドーンでとは言わなかったが、ドラゴンの襲来の時に怪我をしたとだけ伝えたら、ドラゴンの代わりに謝ると言われたんだ」


「ああ、きっと黒い鎧の男だ。その人を探しているんです。でも、何故ドラゴンの代わりにと?」


「私もおかしな事を言いますねと返したんだ。そうしたら私の手を取って、ゴツゴツと硬い何かを触らせた。表面のこぶのような、何とも言えない形状は手の平の感触だけでも十分伝わった」


 バロンがラヴァニを撫でながら、ドラゴンの手触りと一緒だと笑う。ゼノウがそこから続けて放った言葉は、ヴィセ達を驚かせるに十分だった。


「これは何ですかと尋ねると、その人は自分の左腕だと言った。穏やかな口調で、体の半分はドラゴンのように変化していると教えてくれたよ。目が見えない私に冗談を言ったのだろうと、その時は信じていなかったが」


「穏やかな時に、ドラゴン化した腕のまま?」


 ≪その男もドラゴンの血を体に取り入れているのだな。我が友の血か、他の者か」


「ねえ、元に戻らないって言ってた? その人、どこに行くって言ってた?」


「だんだん進行している、とだけ。友達がかなり弱っているから、早く北に帰らないといけないと」


 ドラゴン化が進行していると聞いて、ヴィセとバロンは一気に目の前が真っ暗になった。黒い鎧の男の体に起きている事は、ドラゴンの血を飲んだ自分達にもいずれ起きる事だ。


「ねえヴィセ。俺の体、ドラゴンになっちゃうの? 戻れなくなる?」


「分からない……俺が飲んだのは3年前、バロンはこの半年以内だ。変わるとすれば俺の方が先だろう」


 ≪覚醒から起算となれば、2人ともそう変わらぬぞ。成長速度を考えたなら、バロンが先に変化を見せてもおかしくない。だとしたら、どちらも我の怒りのせいだ」


「いや、ラヴァニを責めるつもりはない。まだきっと大丈夫だ。ドラゴンに代わってという事は、多分鎧の男にとって、ドラゴンは同胞だから」


「私の目が見えていないから、他の者のように怖がらないと思ったのだろう。怖がらせてしまうから、普段は誰にも言わず、長袖で隠していると言っていた」


 ヴィセとバロンはショックを受けていた。いずれそうなるかもしれないと考えていたが、それが確定してしまったのだ。ラヴァニの怒りが引き金になっていたのなら、知らなかったとはいえラヴァニにとってもつらい。


 おまけに自分達より詳しいと思われる黒い鎧の男が、自身の体を治せていない。黒い鎧の男には確実に近づいているが、果たしてそれが謎の解明に繋がるのかは疑わしくなった。


 ≪北に、帰る……北には何があるのか。帰るとはどういう事だ。エリックにも次は北の山だと言っていたそうだが≫


「あの、帰るというのは……北には何があると言っていましたか」


「そこまで詳しく根掘り葉掘り聞くのも失礼だと思って、尋ねていないんだ。すまないね」


 ゼノウの話を聞き、ヴィセ達は北を目指すことを再度確認した。数か月前にはユジノクにいたというから、案外鎧の男の旅のペースは遅いのかもしれない。


「ゼノウ伯父さん、俺、姉ちゃんに伯父さんが生きてたって教えてあげる! 電話は? ヴィセが電話使える!」


「霧の上の集落にしか電話は繋がってないらしい。エマには、私は元気だから心配するなと、そしてお前達のお父さんお母さんを守れずすまなかったと、伝えてくれ」


イワンを宜しく頼むと頭を下げられ、ヴィセはハッキリ「はい」と答えた。守衛室で荷物を受け取った後、地上へ向かうトロッコに乗り込む。


バロンはいつまでも名残惜しそうに振り返っていた。

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