Discovered 02
「ヴィセ、穿いてるパンツはどうしたらいい?」
「回収されないって事は、自分で洗えって事だろう。洗ってぎゅっと絞っておけ」
「俺、着替え全部鞄の中だよ」
「服が用意されてるっていうから、一式貸してくれるのかも」
ヴィセとバロンはシャワーを浴びてせっけん、洗髪剤で体を綺麗に洗う。髪に付着した毒霧は泡を緑色に変色させる程こびりついていたようだ。ラヴァニも泡まみれになり、全員清潔になった所で、ヴィセ達は次の部屋に入った。
「服……バスローブか。あ、タオルとパンツは回収ボックスにって」
「えーこれ格好悪い! パンツない! 尻尾出せなくて気持ち悪い!」
部屋の真ん中の棚に、灰色のバスローブがサイズごとに用意されていた。体をタオルで拭き、それぞれに合いそうなものに袖を通す。
この施設には猫人族がいないのか、尻尾を出せる穴は開いていない。バロンは尻尾を体に巻き付け、渋々着終えた。
「着替え終わりました、どうすれば」
『次の部屋に入ってくれ、そこで汚染チェックをする』
次の部屋は通路になっていて、青い光の帯が天井から幾つも放たれていた。そのまま歩いて通り過ぎれば、目の前の扉は勝手に開いた。
ヴィセ達はこんなに最先端の科学技術が詰まった場所など縁がなかった。何をされるのか不安に思っていると、辿り着いたのは先程守衛の男がいた部屋だった。
「ようこそ。外部の人が来るなんて驚いたよ。それで……うわっ!?」
男はラヴァニに気が付いて飛び退いた。その隙に後ろのテーブルに体をぶつけ、痛そうに蹲った。
「あの、大丈夫ですか。このドラゴンはラヴァニといいます。人に慣れていて危害は加えません」
「ど、ドラゴンを飼い慣らしている!?」
≪我は飼い慣らされた覚えはない≫
「ややこしいから我慢してくれ。このドラゴンは仲間です。ラヴァニや俺達を攻撃しようとしなければ何もしません」
男はまだ驚きを隠せていない。それでも一応は納得したのか、ヴィセ達を案内してくれることになった。
「ヴィセ君とバロン君だったね。俺はエリック・エイツ。エリックでいい」
「色々有難うございます、エリックさん。ここは……一体何ですか? 外は霧が立ち込めているのに」
「まあすぐに分かるよ。この中に霧は一切入って来ない。コンクリートの壁は厚さ2メルテ、あのガラスだって実は4重構造になっていて、同じくらい厚い」
外壁沿いの打ちっぱなしのコンクリートの通路の先に、頑丈な扉がある。ドアノブを回し外に押し開くと……。
「うわあ……霧の上の光景と変わらない! 畑があって、家があって、道路も、木々も……草も、土も! どうなっているんだ」
「ねえねえ、ここ外? それとも中?」
≪見上げれば夜空が見えるのだが≫
「はっはっは! 驚いただろう」
エリックは満足げに笑い、ここが大きなドーム型の施設の中である事を教えてくれた。天井までの高さは20メルテ程、幅、奥行き共にそれぞれ500メルテ。人口は500人前後だ。
「時間によって空の代わりになる照明が落とされる。電気や水は霧の上に顔を出している土地から引いているんだ。ここはメーベ村」
「村が丸ごと建物の中に?」
「そうらしい。ドラゴンとの争いや環境の破壊が激化し始めた頃、メーベ村は皆が安心して暮らせるシェルターの建設を始めた。大都市の金持ちから極秘で出資を募り、10年かけて築き上げたんだ」
「霧が発生してから出来たわけではないんですね」
「うん。建設が終わったのが2748年の12月、霧兵器が初めて使われたのは翌1月。大陸内部へと急速に広まりだしたのは2749年の7月初め頃。その頃はもうガスマスク無しで低地を歩けない状態だったと聞いている。幸運だったとしか」
「それじゃあ、ここの人はみんなお金持ちなんだ!」
施設の最先端技術に比べ、中は一般的な田舎の村と変わらない。約100戸の家々は木造で、畑も、鶏や羊などの家畜も、遠くには森林も見える。
「いや、結局この施設にいるのはメーベ村の住民だけだ。霧の発生を知って急いで出資者達に連絡をしたんだが……」
「間に合わなかった、と」
「ああ。全財産を移送しようとして遅れた、出資していない金持ち仲間からシェルターを教える代わりに金をせしめようと企んでいて遅れた、とかね。高い所に逃げなければと拒否する人もいて、結局誰も来れなかったらしい」
「この場所は……多分霧の上の人たちは知らないと思います。メーベ村は廃村扱いになっていますし」
「だろうね。外部から人が来たのは記録によれば150年の間、君で4組目だ」
エリックはそう言って一度ヴィセ達を通路まで後戻りさせ、途中の引き戸を開いた。
中にはベッドが1つあり、布団なども用意されている。使われていない仮眠室だという。
「今日はここに。もうそろそろ持ち物が乾くはずだから、後で持ってきてあげるよ。0時になったら俺の当番が終わる。俺も隣の仮眠室で眠るから、明日案内してあげよう」
「あっ! 俺のごはんが鞄の中にある!」
「汚染の判定が出なければ返すことが出来る、安心して」
エリックはベッドが1つしかなく済まないと詫びながら扉を閉めた。
「霧の中でガスマスクを装着したまま、2時間交代で寝るよりはるかにいい。バロン、寝相はいいか」
「分かんない!」
「……壁際で寝ろ」
≪しかし、霧の中にこのような場所があるとは……≫
「ああ、俺も驚きだ」
数分してエリックが大きな台車にヴィセ達の荷物を載せてきてくれた。革の鞄は多少色合いが変わってしまったが、汚染されたものを持ち込めないのだから仕方がない。途中で口を付けた水のボトルだけは弾かれたようだ。
「じゃあ、明日また」
「はい、有難うございます!」
バロンは尻尾を出せないのがどうにも我慢ならないらしく、自分の服に着替え始める。
≪深い皿はあるだろうか。水が飲みたい≫
「カップがあったはず……良かった、戻って来てる」
「ヴィセはパンツ穿いてないけど大丈夫?」
「朝穿くからいいよ。それより飯を食ってしまおう。洗面台で歯も磨かないとな」
保存食を食べ終え、ヴィセ達は眠りにつく。満足に休息も撮れていなかった2人は、目を閉じてすぐ寝息を立て始めた。
* * * * * * * * *
「おはよう、よく眠れたかい」
「おはようございます……久しぶりにぐっすりと」
翌朝7時になり、ヴィセ達はエリックに案内されて守衛室を出た。当番についている男は訪問客に驚いていたが、エリックから聞いていたせいか、特に警戒はされなかった。
≪虫が飛んでおるぞ。鳥の鳴き声は本物だろうか≫
≪外と何一つ変わらない。びっくりだよ≫
朝を再現するためか、天井は空のように明るい。畑作業をする者の姿も見える。
「太陽の光と同じだけの赤外線や紫外線も含まれていてね。植物も光合成をして育つ」
「本格的だ。屋内でそこまで再現しているなんて」
「あ、一度に荷物を家に置きに帰るから、一緒に来てくれるかい。外の人は珍しいからね、質問攻めに遭っても許してくれ」
「大丈夫です。俺達も色々と聞いてみたい事がありますし」
エリックは家に着くと、荷物を置いてすぐに出てきた。散歩してくると告げる声がしっかりと聞こえている。
「やっぱりうちの父さんと母さんは話が長いからね、紹介は後にしよう。しかし、何か月か前にも80年ぶりのお客さんが1人訪れたばかりだし、外で何かあっているのかい?」
「いえ、俺達はちょっと……ドラゴンの手がかりを探していただけなんです。ここは本当に偶然通りかかっただけで」
「あのね、ドーンからユジノクまで歩くつもりだった! ラヴァニの友だちが霧の中を歩いたかもしれないから!」
「……そのドラゴンの友だち?」
ドラゴンの友だちだと何故分かるのか、説明していないため不思議に思われても仕方がない。しかし、エリックが引っ掛かったのはそこではなかった。
「そういえばちょっと前に訪れた大男も、ドラゴンの話をしていたっけ」
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