Fake 14
声を録音されていたと気付き、ドナートは作り笑いをやめた。背後からエマがその様子を写真に収め、フラッシュの光がいくつもの墓石を一瞬白く浮かび上がらせる。
同時に録音した内容がその場に響き、ヴィセはゆっくりと口を開いた。
「どうですか。これ、あなたの声ですよね」
「……似ている声の者だっているだろう。写真など幾らでも細工が出来る」
「ここまでバレて、まだ認めないのか。本当に救いようがねえ。刺し傷は見つかったか? あんたが刺した傷だ」
「残念だったな、7年も経てば分からねえ。俺がやったという証拠にはならないようだ」
ドナートが勝ち誇ったようにふんぞり返り、ヴィセはふっとため息をついた。
「……墓が証拠にならない事なんてわかっていたさ。エマさんとバロンのご両親には申し訳ないが、あんたが犯行を認める発言をする事、それが狙いだった」
「だから、その証拠は幾らでも言い逃れ出来ると……」
ドナートが言いかけた時、エマが自身の録音器を胸ポケットから取り出した。
「私も持っているんです。そして、今この時点でもまだ録音しています」
「だから何だ! 似せて演じる事も出来る……」
録音を何台でしようが関係がない。ドナートはそう言いかけて言葉を呑み込んだ。ヴィセ達の後方から複数の明かりが近づいてきたからだ。
「てめえら、仲間を呼んだな。何だ? ここで俺を殺すか」
「刺し殺した相手の傷を確認するため、墓を掘り起こした。それがお咎めなしとでも?」
「墓を掘り起こした事で仮に捕まっても、俺が殺した事とは関係ねえ。証拠は残ってねえんだからな。そいつの父親の方も綺麗に焼けているさ。首を絞められた跡なんか残っちゃいねえよ」
ドナートがそう言い終わった時、複数人が駆けよって来た。ライトの明かりは5つ。
「エマ・バレクさんはどちらの方でしょう」
「私です。そこに立っているドナート・トルネドという男が、私の両親を殺した犯人です。仲間の男は私の父の首を締め、ドナート・トルネドは母を刺し殺しました。伯父は口封じのため、霧の中に……」
「なっ……あなたはトルネドさん」
5人の左胸に光るのは四角い銀プレート。紺色の制服に制帽を被り、腰には警棒と拳銃が吊り下げられている。
警備隊の者達だ。驚き方から察するに、やはりドナートの事は善人だと認識していたのだろう。ヴィセ達はそれを理解した上で、わざとドナートの名を出さず、犯人を見つけたとだけ言って警備隊に連絡を入れていた。
「録音は私がここに到着した時から、今この時点でもまだ続いています。話しながら細工する事は不可能ですよね」
「あ、ああ、確かに……ドナートさん、本当にあなたが人殺しを?」
「ハッハッハ! 警備隊の皆さん、この私がドラゴン騒ぎの中で家々に火を付けて回ったり、目撃者を口封じのために殺したなんて、有り得ますか?」
ドナートは警備隊を味方につけるため、自身のこれまでの功績を並べていく。だが警備隊の者達は殆ど聞いていなかった。
「トルネドさん。我々は……両親が殺されたとしか聞いていないんですよ」
「なっ……! な、何かの間違いですよ、そ、そうです! こいつらが俺にそう通報したと言ったから」
「録音にそう記録されていたらそうだろうな」
ヴィセの声の後、その場が数秒静まった。警備隊の者の声と共に記録されたなら、偽造呼ばわりは難しい。
「……クソッ! せっかく上手く行っていたのに、まさか7年経って目撃者が現れるとは」
ドナートが悔しそうにヴィセ達を睨む。だがすぐに笑みを浮かべ、周囲を見渡した。
「このオレを追い詰めたつもりだろうが、どうかな。死人に口なしという言葉は知っているかな」
ドナートが銃を構えると、他の男達も一斉に銃口を向けた。警備隊もヴィセも応戦しようと銃を取り出すが、すぐに周囲の異変に気付く。
周囲から10人程の男達が現れ、ヴィセ達に銃口を向けたのだ。
「オレの仲間が4人だけと言った覚えはねえ。指定の時間まで戻らなかったら、来るように言っていたのさ。今死ぬか、後で死ぬか、選ばせてやろう」
警備隊の男達は悔しそうに両手を上げ、持っていた拳銃を地面に落とす。エマもシードも武器は持っていないが、同じく両手を上げる。その手は恐怖で震えていた。
バロンもエマの隣で悔し泣きしている。
≪ヴィセ≫
「仕方ねえ、か。出来ればやりたくなかったが」
ヴィセもリボルバーを地面に置く。
「聞き分けがいいじゃねえか。お前らが黙っていりゃあ、死人は出なかったのになあ」
ドナートが高笑いし、周囲の男達もニヤニヤと笑みを浮かべながら近づいてくる。
「2つ、確認したい」
「命乞いか? それともそのガキの親の遺言でも知りたいのか」
「この状況で仮に反撃したらどうなる」
ヴィセの予想外の言葉に、警備隊の者達が恐る恐る答える。
「あ、ああ悪人に銃を向けられたこの状況なら、せ、正当防衛になる」
「そうか、それともう1つ」
ヴィセは冷静なフリをやめ、ドナートを睨む。
「バロンとエマさんの両親を殺した事を、1度でも懺悔したか」
「懺悔? さあ、覚えていないが、少なくとも今はしていないな」
バロンが口をぎゅっと結び、拳に力を入れる。その怒りはヴィセにもラヴァニにも伝わっていた。
右手がヒリヒリする感覚、皮膚の下が蠢く感覚。ヴィセはそれを抑え込まない。
「バロン、怒ってるか」
「うん」
「姉ちゃん守りたいよな」
「うん」
「じゃあ、守るぞ。エマさん、見ていて下さい……ドラゴンに生かされたバロンを」
≪最初から食い殺しておくべきだった≫
バロンの目が金色に光り、左手が大きく変形を始める。赤黒い鱗が顔と左手を覆い、漆黒の鉤爪、剥き出しになった真っ白な牙が月明かりの下に晒された。
その隣ではヴィセもまた、半身をドラゴンのように変化させていた。ラヴァニもいつもの3倍程度まで大きくなっている。
「ひっ……ば、化け物!」
後ろ姿しかわからない警備隊の者達も、異様な雰囲気を感じ取っていた。ある者は腰を抜かし、ある者はその場で気絶する。
「父ちゃんと母ちゃんを殺して、姉ちゃんまで殺そうとした!」
「よくも俺の仲間に銃を向けたな」
バロンとヴィセの声は、その場の空気どころか地面まで揺らすかのように重く低く響く。ドナートは怯えて1歩下がったと同時に銃を落してしまう。
「ひいぃ! お、お前ら何を、早く撃て、この化け物を早く!」
ドナートがそう告げた時、すでにそのすぐ目の前にはバロンがいた。バロンはドラゴン化した手でドナートの首を掴み、地面に押し倒す。
ヴィセが男達の1人を殴り飛ばし、鉤爪の先で男達の服の胸元を意図も簡単に切り裂いていく。
「うわぁぁぁ!」
「た、助けてえぇ!」
ぱっくりと開いて露になった胸元が赤く染まり、男達はその場に蹲る。そんな者達を今度はラヴァニの炎が襲った。
「あああ熱い! 熱いイィ!」
一瞬で衣服に火が付き、男達は地面を転げまわる。取り囲んでいた残りの手下達は恐怖で逃げだそうとするが、ヴィセとラヴァニに阻まれ、地面へと倒れていく。
ヴィセは感情のない顔のまま男達の足を踏み、ふくらはぎを爪で貫いた。
「貴様ら、助けを乞う者を1人でも助けたか」
ヴィセの声が冷たく響く。エマ達が身を寄せ合って事態を見守っているその目の前では、バロンが手の力をゆっくりと強めていた。
「ぐふっ……わ、わどぅ……わどぅがった、ゆ、ゆ、ゆるし……」
ドナートがバロンを見上げながら命乞いをする。その頬には透明な雫が何滴も落ちていく。
「俺の……俺の父ちゃんと母ちゃんを……伯父さんを、殺したな!」
「うっ……ぐぶっ……ううぅっ」
9歳児の体に似つかない禍々しい手が、ドナートの首を簡単に絞めていく。首が折れるのではないかと思われる程きつく絞めた頃、ふと手の力が緩められた。
その姿はいつものバロンに戻っている。ドナートが呼吸と同時にむせる中、バロンは俯いて悔し涙を流しつつ、喉から声を絞り出した。
「ヴィセ……俺、殺さなかったよ」
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