Fake 13


 エマの録音器を確認すると、会話はしっかり記録されていた。主任のシードも聞いており、これで万が一の際にも第三者を証人にすることができる。


 ≪人は面倒だな。我ならあやつを爪で切り裂き、炎を浴びせるところだ≫


「無法者になれば向こうと同類だ。俺達はしっかりやる。大半の人はそうやって暮らしてんだよ」


 ≪ならば何故秩序を無視し、この空と大地を霧で覆ったのか≫


「……そうだな。確かにそうだ。秩序は、守ろうとしないと守れないのかもな。さあ、頼んだぞ」


 ヴィセがラヴァニの首に小さな袋を掛け、ラヴァニが夜空に高く舞い上がる。


「バロン、大丈夫か」


「うん、大丈夫。俺、ヴィセが言った事、ちょっと分かった」


「ん? 俺が何か言ったっけ」


「悲しいけど、今は泣いてたら駄目だって、思った」


「そうか。バロンは少し大人になったのかもな。じゃあエマさん、シードさん、案内をお願いします」


 エマとシードが一番前を歩き、ヴィセトバロンは数十メルテ離れて続く。もしもドナート達が襲ってきた時、エマ達を巻き込まないためだった。


「ねえヴィセ、本当にあのおっさんいるかな」


「いるさ。今頃証拠が残っていないか、必死になって探してる」





 * * * * * * * * *





 ヴィセ達がホテルを出る少し前、ドナートは部屋から手下の男に電話を掛けていた。


「ああ、そうだ、北西の……そうだ! あっ? 名前? チッ、聞いてなかったな。どうするか……いや、誰かホテルのフロントに来い。ヴィセと名乗る小僧と、一緒にいたバロンというチビの姓を聞き出せ」


 ドナートは乱暴に電話を切ると、すぐに部屋から出ていった。勿論、約束を守るつもりはなく、財布も荷物もしっかり持っている。2,30分ほど歩いて周囲に目立った建物がない場所まで来ると、ドナートは先に待機していた者達と合流した。


「あったか」


「はい、すぐ傍にあります」


 木々に囲まれた何もない公園のような場所。ドナート達は夜の月明かりを頼りに歩き、立ち止まった。自分の牧場に行くと言ったのも勿論嘘だ。


「これか」


「はい。宿泊者名簿にはヴィセ・ウインド17歳と、バロン・バレク9歳と書かれていました。見て下さい、バレク姓でドラゴン襲来と同じ日付です」


「バレク姓で2人一緒なら確かにそいつだ。その両親で間違いない」


 全身黒い服を着た男達がスコップを地面に突き立てる。そのすぐ奥には四角い石のオブジェが置かれていた。


 表面には文字が掘られ、名前と日付が記載されている。ここは墓地であり、周囲にも見渡す限り多くの墓が並んでいる。ドナート達は墓を掘り返すつもりなのだ。


「どうだ、出てきそうか」


 4人掛かりで一斉に地面を掘り始め、周囲には掘った分の土が盛られていく。ドナートはその様子を腕組みして見下ろしていた。


「棺が……出て来ました!」


 男達が自分達の腰程の深さまで掘ると、樫で作られた頑丈な棺が出てきた。棺の表面は飴色の光沢がまだ残っており、少し持ち上げればすぐに蓋が開いた。


「うっ……これを、確認ですか」


「いいからさっさとしろ! 父親の方はべネスが首を絞めたはずだが、焼け死んでいれば痕はねえだろう。母親の方なら俺が刺した腹の傷を確認しろ! 燃えて分からないようならそれでいい!」


 無残にも焼かれた亡骸は、もう既に朽ちかけている。流石に手下の男達も触れる勇気がないのだろう、ライトで照らしつつ覗き込むだけだ。


「ボス、これは分からねえ。肉も皮膚も焦げちまってるし、半分はもう骨が見えてる」


「……バレそうにねえならそれでいい。よし、埋めるぞ」


 ドナートはフンっと鼻を鳴らした後で自身の勝利を確信した。裁判になったとして、燃え残っているものはない。刺し殺した他の被害者の遺族も、埋葬時に気づいていないのだ。


「ボス! 他の奴らはどうしますか」


「1人分かれば十分だ。あのガキを連れて逃げていた男も霧の中に捨てた、バレはしねえよ。チッ、しかしガキが生きていたとは」


 月明かりが棺を照らす中、蓋を閉めた男達が這い上がろうと上を向く。その時、ふと1人がドナートの頭上に何かが飛んでいる事に気付いた。


 その高さは然程ではない。満月に近い月と重なるように、翼を広げた姿が見える。


「……カラスか? 死肉を嗅ぎつけたな」


「カラス?」


 ドナートが余裕の笑みを崩さないまま上を向く。ちょうど顔の位置に影ができ、ドナートは逆光の中に浮かぶその姿をハッキリと視認した。そして目を大きく見開き、口を開けたまま固まった。


「ド、ドラゴン! あいつのドラゴンだ!」


 男の1人が指を差して慌て始める。


「落ち着け! ドラゴンに見られたくらいどうってことない。それより早く捕らえるんだ! 翼を撃ち抜けばすぐ落ちる! 発砲音には気を付けろ、夜の墓地は響く」


 ドナートの指示で、男達が穴の淵に手を掛けてよじ登ろうとする。だが、そんなドナート達はふいに近くから声を掛けられた。


「やっぱり来ていたか。来るだろうと思ったんだ」


「なっ……! 貴様、何故ここに」


 ドナートが振り返ると、そこにはヴィセとバロンが立っていた。後ろからは紹介所の職員バッジを取り出したシードとエマが近づいてくる。


「トルネドさん……我々はあなたをこの町に手を差し伸べてくれた、優しい人格者だと思っていました。騙されたのですね」


「フッ、騙された? どういう意味でしょうか。私は墓をあばいていたこの者達を注意し、埋め直させていたのですよ。故人の冒涜など、許されない事ですからね」


 ドナートが驚いた表情をすぐに潜め、穏やかな笑みを浮かべて見せた。その目の前でラヴァニがヴィセの肩へと静かに降り立つ。


 ≪我の耳には届いていたが、果たしてこの者達の声を拾っているか……」


(俺達の耳にも届いていたし、念のためにこっちも録音している。心配ない)


 ヴィセはドナートを冷たく睨み、腕を組む。


「自分で掘り起こさせて、自分で埋めて良い人ぶってりゃ世話ねえよ」


「紹介所の職員さん、あなた達はこの少年に騙されているのです。ドラゴンを使ってわたしを脅し、悪者に仕立て上げようと……」


「あんたが墓を掘り返すだろうと思って、俺はわざと遺体に証拠があるかもしれないと言ったんだ。確認しないと気が済まないだろうからな」


 ヴィセがドナートの言葉を遮り、これが狙いだったと告げる。ドナートは罠だと気付いたが、まだ降参する気がなかった。


「ほう? どうやら人を陥れるための話術が達者なようで。職員さん、この4人の男は、その少年に命じられて掘ったと言って……」


「宿泊者の名簿でバロンの姓を調べるだろうと思い、わざとバロン・バレクと書かせた。あんたらがバロンの姓を知れば墓を見つけられるからな」


 ドナートの口元がピクリと動く。普段人を使う側だった自分が、他人の手の平で踊らされていたのだから当然だろう。笑顔のまま歯ぎしりをしている。


 今度はエマが一歩前に出た。


「ドナート・トルネドといいましたね。あなたが発いている墓は、私の両親のものです」


「は? この墓はその少年の親のものだと」


「何故それを?」


「そ、それはその大きい方のガキ……少年がそう言ったからですよ」


 ドナートは焦りを隠しつつ、その場を凌ぐためにヴィセのせいにしようとする。エマは一瞬険しい顔をした後、バロンを呼び寄せた。


「イワン、おいで」


 バロンがエマと手をつなぐ。


「姉ちゃんだ。俺の姉ちゃん。あんたが殺したのは、俺と姉ちゃんの父ちゃんと母ちゃんだ」


「エマ・バレクです。あなた達が殺しそこなったイワンの姉です。バロンという呼び名は伯父があなた達から逃がす為、託したスラムでの通り名です」


「……何のことかさっぱりですな」


 ドナートは1時間でも2時間でもとぼけ続けるだろう。ヴィセは静かにラヴァニの首に掛けた小さな巾着を取ってやり、中から録音器を取り出した。


「これが何か、分かるよな」

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