Fake 12



「いやあ、すんなり入れてくれるとはね。どんな心変わりが……」


「話がある。好きな所に座ってくれ」


 ヴィセの雰囲気が変わった。声は冷たく、しっかりとドナートを見据えている。


 ドナートも雰囲気の違いを感じたのだろう。怪しむ素振りを見せながらもベッドに腰かけた。


「どうやら、ドラゴンの交渉以外に目的がありそうですな」


「あんた、この子を覚えているか」


 ヴィセはドナートの言葉に反応せず、バロンを横に立たせた。バロンの目つきもきつく、ドナートはその理由を暫く唸りながら考える。


 昨日はあからさまに避けようとし、猫人族の少年は泣くほど嫌がった。だが今日は自ら招き入れている。


 その理由が何かを考えるも、やはりドナートはバロンの正体にまで考えが及んでいない。


「さあ、昨日初めて会ったはずですが」


「……そうか」


 ヴィセはバロンの両肩に手を置き、続きをバロンに任せた。聞きたい事は山ほどあったが、バロンの事はまずバロンが決めるべきだと考えていた。


 バロンはドナートを睨んだまま、しっかりとした口調で訊ねる。


「ドラゴンがこの町を壊した日、おっさんが何をしてたか、俺知ってる」


 ドナートは一瞬間を置いたが、笑みを浮かべたまま首を傾げた。


「ドラゴン……? ああ、あの悲しい日の事ですね。ええ、わたしもドーンに来ていましたよ、逃げ遅れた人たちを誘導していたからね」


「嘘だよ、俺見たもん。火が付いた瓶を投げてた」


 ドナートの眉がピクリと動いた。だがそれだけで自白するような人物なら、そもそもあのような真似はしていないだろう。


「見た? ほう、わたしが嫌な奴だからと悪者にしようとしているのかい? 子供の想像力には驚かされる。しかしまあ戯言でも許されない事がありますねえ」


 馬鹿にされたのだと分かり、バロンが悔しさで涙を滲ませる。


「俺見た! 俺の父ちゃんと母ちゃんを殺したところも……見た!」


「はっはっは、今度は人殺し呼ばわりか。ドラゴンを譲って貰おうと下手に出ていたが……舐めて貰っては困る」


 ドナートは作り笑いでバロンの追及を受け流す。しかしその後でスッと真顔になり、バロンを威圧するように見下ろした。


「お、俺が伯父さんに助けられてなかったら、俺の事も殺してた! 火を付けた瓶を投げて、家から出てきた人を刺してた!」


「おいガキ、いい加減にしねえか。あんまり人聞きの悪い嘘並べやがると承知しねえぞ」


 ドナートがそれまでの口調を一転させ、バロンを脅して黙らせようとする。まだ9歳の子供がそれ以上言えるはずもない。追及役はヴィセが引き継ぐ。


「ハッ、それが本性か。その本性さらけ出したままでもう一度聞け。あんた、小さい子供を1人、殺し損ねたよな」


「……何?」


「火を付け回っている時、口封じに仲間が猫人族の男の首を絞めたよな。駆け寄った女はあんたが刺し殺した。よく考えて答えろ、俺と違ってラヴァニは気が短い」


 ドナートはただじっとヴィセを睨んでいる。ヴィセは意図的に口角を上げて笑みを浮かべ、嘲笑う。ラヴァニもドナートを威嚇するように口を開け、翼を広げて見せた。


「おっさん、俺達は見てるから分かってんだよ。1人残された幼い子供を手に掛けようとした時、まだ生きていた男が子供を抱えて走り出した」


 ドナートの目つきがより険しくなった。当時の犯行を思い出したと同時に、ヴィゼがあまりにも正確にいい当てたからだ。


「逃げられたよな。その時の子供はまだ見つかっていないんだろ」


「……それがそのガキだと?」


「ああ。俺達は明日、警備隊へ報告に行く。あんたを告発するためにこの町に来たんだ。珍獣を扱うあんたなら、絶対にドラゴンを連れた俺達に近付いてくるからな」


「俺をはめたつもりか? この町は俺に味方するさ。俺がこの町にどれだけ金をつぎ込んでやったか」


「それじゃあ大勢の前で証拠を見せてもいいよな。……亡くなった者の墓を掘り起こせば、あるはずのない刺し傷が見つかるかもしれねえし」


 ヴィセ達は誰もが認めるような証拠など何も持っていない。墓を掘り起こしたところで、きっと分からない。


 しかし、ドナートは焦っていた。


 見ていなければ分からない事を言い当てられたのだから、ヴィセ達が本当に知っているのは疑いようもない。これだけ知っているのなら、証拠の1つでも掴んでいるのではないか。そう考えるには十分だった。


「フン……証拠などないさ。全て燃えたんだからな」


「確認したか? バロンの両親は本当に即死だったか」


「……」


「後悔や謝罪の言葉が出るんじゃないかと思ったんだが、残念だ」


 ヴィセは内心ドキドキしていた。


 余裕がない事を悟られてしまえば負けだ。バロンやエマ、殺された者達に顔向けできない。


「俺を謝らせるのが目的だった、という事か?」


「考えたら分かるだろう。ラヴァニはいつでもあんたを殺せる。悲しむバロンの事を心配し、かなり気が立ってもいる。この場であんたを襲わず、仲間も呼ばない理由は何だ」


「……俺に謝らせるため、それを待っているという事か」


 ドナートはどう出るべきか迷っていた。


 ここでシラを切っても意味はない。犯行はもうバレている。ならば隙を突いて逃げるか、持っている証拠が何かを探るか。


 如何にして……この2人と1匹を殺すか。


 ドナートはため息をつき、バロンへと頭を下げた。


「ドラゴンをけしかけられたら勝ち目はねえ。ああ、確かに俺がやった。悪かったとは思ってるさ、ああするしかなかったんだ」


「は?」


 ヴィセが眉間に皺を寄せて聞き返す。自白が取れた事に心の中でガッツポーズをしたが、バロンにとってはつらい言葉だった。バロンが暴走しないよう、ヴィセはその肩をしっかり掴む。


(バロン、もう少し我慢してくれ。お前と姉ちゃんと……死んだ人達のためにも)


 ≪ヴィセに任せておけ、そしてその後は我に任せろ≫


 バロンは悔しそうにドナートを睨みながら、必死に感情を抑え込もうとしていた。そんなヴィセとバロンに対し、ドナートはこの期に及んで提案を持ちかける。


「取引をしようじゃないか」


「……取引、だと?」


「ああ、真実を話すからいったん俺を解放しろ」


「……逃げるつもりなら手配書を回させる」


「逃げるためじゃない。普段は従業員に任せているが、あいつらと珍獣共に罪はない。最後に確認しておきたい。荷物と財布をフロントに預けてもいい」


 ヴィセはしばらく考えた後、一言「いいだろう」とだけ言った。


「珍獣共は揃いも揃って繊細だ。環境を整えてやろうと思ったが、商売向きの町はどこも土地がない。だから偶然立ち寄っていたこの町がドラゴンに襲われ、一角が燃えているのを見た時、すぐに思いついた」


 ヴィセ達が考えた通り、ドナートの狙いは土地だった。


 多くの人と物が行き交う大都市、つまり客のすぐ傍で商売をするため、ドナートは土地が空くのを待っていたのだ。


「兵器工場の跡じゃ駄目だったのか」


「火薬、劇薬、有害な燃えカス、汚染された土。そんな所で珍獣を育てられる訳がねえだろう」


「……ドラゴンが町の中を襲わなかったから、火を付けたんだな」


「ああ。そうだ。そのガキの親を殺したことについては済まなかった。……さあ、一度帰らせてくれるよな、約束だろう」


 ドナートは謝罪しているようには見えない。だがヴィセは余裕そうな笑みを浮かべ、頷く。


「いいだろう。早く行け、あんたにとって自由な時間はそんなに残っていない」


 あっさりと解放された事に少し驚きつつ、ドナートは平静を装って出ていく。その後廊下には駆け足の音が響いた。


 このまま逃げるかもしれないし、何か残っている証拠を隠滅するかもしれない。だがヴィセは余裕の笑みを崩さない。


「エマさん、シードさん。お聞きの通りです。さあ、行きましょう」

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