Fake 11
上司の男は頭を抱え、しばし天井を見つめていた。
この町を復興させる際、ドナートは周囲の道の整備や牧場建設のための人出を募った。
仕事を失くした兵器工場勤めの者に仕事を与える……その思いに紹介所が心を打たれ、求職者にあっせんし、感謝状まで贈っていたのだ。
勿論、状況から見てヴィセの発言が虚言である考える事も出来る。
しかし、ヴィセの透視のような能力、姉弟だった職員とスラムの孤児。それにドラゴンを連れての旅……でたらめを言っているようには思えなかった。
「あのドナート・トルネドさんが、そんな事を」
「身内を殺されず、家も焼かれず、仕事を得た者にとってはきっと善人だわ。でも、私や他の人にとっては偽善者どころか人殺しよ! 何か、何か証拠がないかしら」
およそ7年が経ち、当時の焼け跡には牧場ができ、大きな道が通っている。元の場所に家を建て直した者だっている。証拠は出て来そうにない。
皆が悩む中、案を出したのはヴィセだった。
「あの商人は子供に犯行を見られた。それをまだ覚えているはずだ」
「えっ、じゃあイワンの身が危ないわ、どうしよう」
「いや、あいつはイワンを覚えていなかった。そして今はラヴァニを狙っている。それを利用しよう」
≪何を考えている。代わりに仇を取り、食い殺してやろうか≫
ヴィセはイワンに手招きし、最後の協力を依頼する。
「あいつを捕まえるために協力してくれ。あいつは俺達を見つけたら付いてくるはずだ」
「何するの?」
「当時の犯行を知っていると言うんだ。きっと大人は信じないと言うだろう、でも俺がイワンの伯父さんから一部始終を聞いていると知ったら、どうかな」
≪我も加勢する、させてくれ≫
ドナートをおびき出し、当時の犯行を自白させようというのだ。そこでもし証拠の在り処を口から滑らせでもすれば、エマ達に伝えることが出来る。
「もちろんラヴァニも来てくれ、俺だけじゃイワンを守れない。エマさん、それに……」
「窓口担当主任のベイカー・シードだ」
「シード主任、気付かれないように会話を聞いていて欲しいんです」
「分かった、録音機を貸そう。コートのポケットに入れておけば声を拾うよ」
二度と会いたくない相手だったが、会わなければならない理由が出来た。紹介所の中の者は、殆どがドナートに対し好意的だ。作戦が漏れないよう、この4人+1匹だけで決行となった。
* * * * * * * * *
「いらっしゃいませ、ああ、ドラゴンのお兄さんとバロンくんですか! 本日もお泊りですか?」
「はい、気に入ってしまって、どうしてもと」
「そうですか、是非とも!」
ヴィセ達は昨日と同じホテルにチェックインし、また昨日と同じ部屋を取った。従業員たちは猫人族の少年の再登場に喜び、今日のメニューは凄いよと言って期待させる。
だが、ここに泊まる理由は、バロンのためだけではない。
≪我はゆでたまごと肉があれば言う事はない≫
勿論、ラヴァニのためでもない。
「すみません、昨日の商人の男は……」
「ああ、トルネド氏ですか。言い難いんですけど、明日まで宿泊の予定ですよ。本音を言えば、いつも態度が大きくて困ってるんですけどね」
「そう、ですか」
決して良かったなどと漏らしてはいけない。ヴィセはニヤけそうな顔を隠し、部屋に向かう。後でエマと主任も来る手筈になっている。
≪あのシードとやらは裏切らぬか≫
「多分、ね。いずれにしてもイワンが知っているなら放ってはおけないだろう」
「ねえ、ヴィセ」
「ん?」
「……俺の事、ヴィセはバロンって呼んで。俺は姉ちゃんにとってはイワンだけど、ヴィセとは会った時からバロンだよ」
元の名前で呼ぶべきだと考え、ヴィセはバロンではなくイワンと呼ぶようになっていた。しかしイワンはバロンと呼ばれた期間の方が長い。
イワンと呼ばれることで、バロンとして出会った自分と線引きをされたと感じてしまうのだ。
「分かったよ、バロン」
ヴィセが今まで通りの呼び方に戻すと、バロンはやっと笑顔になった。
バロンは自分の過去を知り、顔を思い出せなかった両親と意識の中で再会した。その両親が死んでいる事は伯父の言葉で覚えていたが、死因までは覚えていなかった。
伯父に捨てられたと思っていたが、伯父はバロンを追っ手から守るためスラムに隠した。
姉がいたと分かり、無事に再会できた。そして自分の本当の名前はイワンだった。
自身の中にあった価値観や過去が一気に崩壊し、そこにきてヴィセからの扱いまで変わってしまうと、バロンは自分を見失いそうだった。変わらないものがある事に安心したかったのだ。
「どうした、眠いか」
「……違う」
バロンはラヴァニを呼び寄せ、ぬいぐるみのように抱きしめる。そのままヴィセの横に座り、ヴィセにもたれ掛かった。不安と言い知れぬ寂しさを自分で消化するにはまだ幼い。要するに甘えたいのだ。
≪我を抱えてどうするつもりだ≫
「ヴィセも、ラヴァニも、いなくならない?」
「落ち込んでんのか。まあ、確かにお前にはちょっときつかったよな」
「いなくならないって、言って」
「……俺は大丈夫、死なない」
「そうじゃなくて! 俺」
バロンが何かを言いかけた時、部屋の扉がノックされた。用心しながら問いかけた返事はエマのものだった。
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました。仕事を定時で終わらせて走って来ちゃった。私は一応隣の部屋を取ってるけど、商人が来るまではここにいさせて」
「はい、もしあいつが来たらクローゼットに。主任さんは」
「もうすぐ来ると思う。私は走っちゃったから」
数分してシードも駆けつけ、後は商人を待つだけになった。全員で食事をすれば怪しまれる。ヴィセとバロンは偵察も兼ねて食堂へと降り、エマとシードは食事を部屋に運んでもらう事になった。
* * * * * * * * *
「ったく、ほんと良く食べるよな。まあ、随分とサービスして貰ったし、いいか」
「あの魚、美味しかったあ。口の中でふわーってした! ソースだけでも美味しかった!」
「おかえり。フフッ、スラムでの生活は大変だったでしょ。その調子でもう少し太らないとね。もうすぐ10歳になるんだから」
「……ちょっと待った、もうすぐ、10歳?」
「ええ、バロンがいなくなったのは3歳と3か月くらいかな。ドラゴンの襲来からはだいたい6年半。今が2月で、4月には10歳ね」
本当の歳が分からなかったとはいえ、この時期の1歳の差は大きい。バロンはもう1年10歳をやらなくてはならない事に不満そうだ。
「俺、11歳がいい」
「そういう訳にもいかねえよ。そうか、猫人族って、人族よりも幼少期の成長が早いんだな」
「バレクさん。これから色々あるだろうから、この一件が片付いたら休暇を取りなさい。よくイワンくんと話し合ってあげて」
「はい。イワンが生きていたなんて、今でもまだ信じられないくらい」
皆食事が終わり、それぞれ少し気が緩んでいた。その時、ふいに扉がノックされた。ドナートだと決まった訳ではないが、念のためエマはクローゼットに、シードはトイレに隠れる。
「……誰だ」
ヴィセが問いかけ、しばらくすると、何度か聞いた声が返って来た。
「いやあ、今日もお泊りでしたか。ドラゴンをどうして譲っていただきたくて、交渉をしに来たのです。話だけでも聞いてくれますかな。今日は護衛を連れておりませんので警戒なさらずとも」
≪今日はあの男1人のようだ。気配が少ない≫
ヴィセは演技の経験がなく、その場の思い付きで上手い事を言えるタイプでもない。ドナートは断られる可能性を考えているだろう。そこをあえて迎え入れる時、どう言えば自然に受け止められるかを悩み、返答した。
「……あんたもしつこいな。地の果てまで追われないよう、ここできちんと断ってやる。入れ」
ヴィセは録音器のスイッチを入れ、扉を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます