Fake 10
バロンの記憶の中に予想外の人物が映っていたという驚きと、あのドナートが両親を殺したという事実。
衝撃的な場面を見てしまったせいで、ヴィセ達は一瞬何も考えられなくなる。
バロンの記憶の中では、ドナートの手が迫っている。しかし、服を掴まれる瞬間、イワンの視界がふいに塞がれ、僅かに感じる光が揺れ始めた。
「何が、どうなったんだ」
しばらくして、イワンの目が上を見る。そこにいたのは額から血を流しつつも必死に走る伯父の姿だった。
バロンが背中越しに見ると、男達が追ってきている。その後ろでドナートは家々から飛び出してきた者達を短剣で刺し殺していた。
「あいつが、俺の父ちゃんと母ちゃんを……!」
記憶がふと途切れ、ヴィセの視界がフッと揺れた。右半身にピリピリと痛みが走り、ヴィセはまさかと隣に座っているバロンを確認する。
「バロン!」
バロンの顔に赤黒いドラゴンの鱗が浮き、目が金色に光りはじめていた。バロンは両親を殺された事、その犯人と早朝には対峙していた事、その感情が一気に昂っている。
その怒りはドラゴンの血を介してヴィセ達に伝わっていた。
「バロン! 落ち着け! 今は駄目だ、姉ちゃんにそんな姿を見せるな! ラヴァニ、バッグに入れ! 今は怒りに引きずられちゃいけない!」
エマを確認する余裕はなかった。ヴィセはすぐにバロンを隠すように抱きしめ、言い聞かせる。ヴィセの右腕も既に変化が現れ始めていた。
「ちょっと……ねえ、今、イワンの顔が」
「ちょっと黙っていてくれ! おいバロン、落ち着け、怒りに負けるな!」
「あいつが、あいつが殺したんだ!」
「ああ、見えた、しっかり見えた。お前の姉ちゃんに話してやらないと、な?」
≪あの男、我が仲間に罪を擦り付けたか。八つ裂きにしてくれる≫
ラヴァニも怒りを感じている。ここでヴィセまで冷静さを失えば、この場がどうなるか分からない。いや、きっとこの部屋を破壊する勢いで飛び出し、ドナートを殺してしまう。
「あなた……イワンに何をしたの! ちょっと、やめて!」
ただならぬ雰囲気に、エマは耐えかねてバロンに駆け寄る。だが、エマはバロンを一目みて腰を抜かした。
「ひっ……」
ヴィセに隠されていても、バロンの左手と左頬は見えてた。まだ幼さが残るバロンの唸り声がヴィセの服へと吸い込まれていく。それを抑え込むヴィセの右手の甲も、やはり人とは思えない形をしていた。
「説明する。俺達が見た光景も、何故バロンがこうなったのかも」
≪ヴィセ。この者に話をした後は我に任せてくれるか。あの男を許してはおけん≫
「そう思っているのはきっと殺された人たちの家族も一緒だ。お前だけ憂さ晴らしできたらそれでいいのか」
≪……そう、だな。すまない、我は自分の仲間の事しか考えていなかった≫
ラヴァニが自信の怒りを鎮めたおかげか、バロンも次第に大人しくなっていく。まだ顔は完全に戻っていないが、ヴィセはその顔をエマに見せた。
「これが、バロンが……あんたの弟イワンが生きるために負った代償だ」
「何よこれ……まるで、まるでそのドラゴンと一緒」
「そうだ。俺も同じ代償を支払っている。だから俺達はこうして一緒に旅をしているんだ。説明するから座って下さい。立てますか」
ヴィセはエマに右手を差し出した。だがその手は変形し、ドラゴンのように爪が鋭く、赤い鱗に覆われている。エマは取ろうとした手を引っ込め、短く悲鳴を漏らした。
「あっ、ご、ごめんなさい」
「フッ、いいんです、当然ですよ。驚かせてすみません」
手を引っ込められ、まったく傷付いていないとはいえない。だが、ヴィセは自分の悲しみや苦しみを表に出さない。
3年間、ヴィセは嘆いたところでどうにもならなかった。それに、誰1人とも会わない生活によって、自分の感情を表現する事も下手になっていた。バロンに可哀想だと大声で叱られたように、悪い意味で物分かりが良過ぎる。
エマがソファーに座ると、スプリングがゆっくり軋む。ヴィセはバロンを膝の間に座らせ、感情が暴走しないようしっかりと抱きしめたまま説明を始めた。
* * * * * * * * *
打ち合わせが終わったエマの上司も戻って来て、ヴィセ達はおおよその真実を告げた。ラヴァニを見た上司の反応はエマよりも酷く、その場に転んで花台を倒してしまった。先程割れた花瓶をようやく片付け終わった所だ。
「……父と母が、殺された? ドラゴンのせいじゃなかったのですか!」
「はい。ドラゴンの血を飲まされたり治療に使われたりしたせいで、俺とバロン……いや、イワンはラヴァニの力を共有できるんです」
「ラヴァニがね、俺が忘れたことも探して見せてくれる」
「過去の記憶を頭の中でもう一度再生してくれるんです。それで分かりました。間違いなくこいつはイワンで、イワンの両親を殺したのはドナートという商人です」
ドラゴンのせいではなかった。それを聞いてエマはソファーにもたれかかった。今まで信じてきた事が全て覆されたせいで言葉が出てこない。
エマは今までドラゴンを憎み、そしてドラゴンに殺された弟の手がかりを得るために紹介所へ就職した。しかしドラゴンが襲ったのは兵器工場と兵器だけ。町の延焼は1人の商人とその手下が行った事だったのだ。
ヴィセ達が当時のイワンを通して見た景色は、一部が上司の男が覚えている事とも重なった。その信ぴょう性は高いと頷き、上司は当時の被害を振り返った。
「……町の火事によって逃げ遅れ、100人近い死者が出ました。煙に巻かれて道路に倒れてそのまま焼かれた人もいたそうです。ですが、それは」
「ああ、全部という確証はないけど、人為的なものだった」
「父と母は……生きていられるはずだったのですね」
エマの目に再び涙が溜まりはじめる。弟が戻って来た喜びはあれど、父と母の最期が偽装されていた悲しみと相殺にはならない。悲しむエマを見て、イワンが身を捩る。
「ヴィセ、放して」
「大丈夫か」
「うん。あのね、姉ちゃん、俺犯人知ってる。この町に来てる」
「ほんと?」
イワンは力強く頷き、エマの横に移動した。エマは微笑み、ゆっくりとイワンを抱きしめる。
「おかえりなさい、イワン」
「うん、ただいま」
エマの事を覚えていなかったため、イワンはまだエマを姉だと思って接することが出来ない。しかし、この場ではエマにとって、弟らしく振舞う事が一番だと分かっていた。
≪良いのか≫
「何がだ」
≪バロン……いや、イワンは姉と暮らしていくだろう。ドラゴンの血の事がある以上、それが上手くいくかは分からぬし、イワンのお陰で上手くいった事もある」
「そうだな。だけどさ、やっぱり家族を引き離すことは出来ねえよ。会えるなら、一緒にいられるなら」
伯父がイワンを連れて逃げたのは、犯行現場を見てしまったせいだった。
ひと月ほど各地を追われるように転々とした後、逃げ切れないと感じた伯父は、せめてイワンだけでも生きて欲しいとスラムに託したのだ。
「伯父は……イワンを連れて逃げてくれたんですね。今は何処にいるのか、それとも」
「それもあの商人に訊けば分かると思います。ただ……」
そこからが問題だった。イワンとエマの繋がりは分かったが、今度はドナートが真犯人であると伝えられるだけの証拠を示すことが出来ない。上司の男は出来るだけ詳しく聞き出そうとする。
「ドナート……珍しい名前でもないし、何か特徴はありますか」
「確かプエレコプから来て、珍しい生き物を扱っている、と。そのお陰でラヴァニを奪われそうに」
「珍しい、生き物……! 北東の病院跡からもっと先に、プエレコプの町の動物商ドナート・トルネドの牧場が出来ている! そうか、復興に貢献と言いながら土地の入手が狙いだったのか!」
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