Misty Ground 02
「おい」
「ん? ……君は」
そこにいたのは紹介所でぶつかった猫人族の少年だった。良く見ればまだあどけなく、10歳くらいだろうか。栗色の髪の毛は所々黒い毛が混じり、大きな目は本物の猫を思わせる。
「あんた、黒い鎧の男を探してんだよな」
「……まさか、心当たりがあるのか?」
「ある」
少年はラヴァニが乗っていない肩の方に隠れながら、それでも精いっぱい堂々として見せる。尻尾をぎゅっと抱えてはいるが、目はしっかりとヴィセを見つめていた。
気が強い少年なのだろう、その目は何かを覚悟しているかのようでもある。
「本当か! 教えて欲しいんだ」
「じゃあ、紹介所に出した依頼、終わったって言って取り下げて貰って」
「え、いや、本当に有益な情報なのか確かめないと」
「……じゃあ、いい」
少年は不機嫌そうに言い放ち、くるりと背を向けた。その肩が心なしか震えているのはラヴァニが怖いからなのか、それとも他に理由があるのか。
ヴィセはどうやら後者だと判断したようだ。
≪この者、黒い鎧の男の事を本当に知っておるのか。ヴィセ自身に用があるのではないか≫
「ああ、俺もちょっと気になった。どうせ情報は期待していなかったんだ、こいつの話を聞こう」
ヴィセは分かったと言って少年の条件通り、紹介所に行って依頼の掲載を止めてもらった。
報酬はヴィセが承諾しなければ職員が渡さない仕組みになっている。この時点で金をだまし取られることはない。
「これでいいかい。少なくともこれで他人に報酬が渡る事はない。君に渡すかどうかは話を聞いてから」
「……分かった。こっち」
ややガッカリしたような少年を不審に思いながらも、ヴィセは大人しくついていく。ドラゴン連れの者を騙したり、金品をふんだくるようなつもりはないと思ったからだ。
少年は紹介所前の繁華街を路地へと曲がり、灰色の細長い空が見えるだけの通りをひたすら進んでいく。
やがて両側に立っていたコンクリートの建物がなくなり視界が開けると、そこにはバラック小屋が立ち並んでいた。
「……こっち」
この一帯は町の中心とは雰囲気が全く異なっている。殆どの者が粗末な服装で、大人が見当たらない。
所々集められた廃材が高く積まれていて、子供達がグラインダーや金槌をもって解体している。あまり豊かな生活をしていない事は明らかだ。
青空を広く見渡すことができ、バラックも色とりどりのトタンや木製の板が使われていて、暗さはない。だがそれはむしろこの地域の余裕のない生活を強調しているようにも思える。
せめて、外見だけでも鮮やかにと。
少年はその一角にある青いトタン壁の家に入っていく。
「ここは君の……家かい?」
「うん」
鍵はおろか、扉すらない。そんな粗末な小屋の中にはくたびれたベッドが1つ。床などなく地面が剥き出しだ。
テーブル代わりなのか、木箱が1つ置かれ、あまり清潔とは思えないコップや皿が置かれている。
「そこ、座って」
「あ、ああ……」
ヴィセは言われた通り、ベッドにゆっくりと腰かける。ラヴァニもその横に腰を下ろし、少年の話を待った。
「あんた、本当に……話したら金くれるのか」
「ああ、内容にもよるけど、有益な情報にはちゃんと金を払う」
少年はひょろひょろと細く、満足に食事を摂れていないと思われる。報奨金欲しさに無関係な話や作り話で凌ごうとしている……ヴィセは内心それを覚悟していた。
「黒い鎧の男を、見たのかい。それともそういった話を聞いたのかい」
少年はこの期に及んで口を閉ざした。
≪ヴィセの予想通り、騙すつもりだったが罪悪感に耐えられなくなったのか≫
(それはそれで仕方ない。俺が村で生活していた時よりも酷い状況のようだ。金が欲しいのだろう)
ヴィセも湯水のように使える訳ではないが、金に困っている訳でもない。食べ物を分ける事くらいは考えていた。
「腹減ってるなら何か……」
「なあ、あんた絶対誰にも言わないよな」
「え? 何が? 何を?」
少年は何かを知っている。
膝の上で手をぎゅと握りしめ、ヴィセの言葉を待っている。
「秘密があるのなら誰にも言わない。俺にも……秘密はあるからね」
そう言ってヴィセは自分から1つ、少年に秘密を打ち明けた。
「こいつはラヴァニ。俺はヴィセ。俺はラヴァニと話が出来る」
「ドラゴンと……話が出来るのか?」
「ああ。ラヴァニ、この子に挨拶を。ああ、酒臭いのはこいつがさっきパブで酒を飲んだせい」
ラヴァニは少年の方を向き、大きく口を開けて見せた。少し酒のせいで眠いのか、そのまま丸くなってしまう。
「ドラゴン連れの俺に、何か用があるんだろう?」
ヴィセの問いかけで見抜かれたと思ったのか、少年はゆっくりと頷いた。
「……ドラゴンなら、霧の中でも大丈夫なんだよな」
「ああ、大丈夫みたいだ」
「じゃあ、じゃああんたのドラゴンで霧の中を探してくれないか、もう何人も帰ってこないんだ」
「探すって、何を」
「……このスラムの仲間だ」
少年はこのスラムが孤児の集まりである事、ここにある廃材は霧の下にある廃都市から運んでいる事を教えてくれた。
孤児たちは防毒マスクや防護服を順番に回して使い、毎回数人のチームを組む。そして金になる鋼材や薬品の入った瓶などを取りに行くのだ。
しかし、いつも上手くいくとは限らない。霧には狂暴化した猛獣が潜んでおり、命がけ。町の者達も、何処からともなく集まってきた孤児を全員救う程の余裕がない。
そうやって孤児が集まって来ては姿を消し、また少しずつ増えては霧の中に散っていく。
「そのために俺に嘘を?」
「嘘じゃない! 俺も……秋には死んでたはずだった。助けてくれたんだ、黒い鎧を着た男が」
「ちょっと待った! 秋? 2、3か月前に黒い鎧の男が!?」
まさかの有力情報に、ヴィセは間違いないかと写真を見せる。それはカタログのコピーであり本人ではないが、少年は力強く頷いた。
「詳しく教えて欲しい、報酬は約束通り出す。仲間の事はラヴァニに……あー、ラヴァニが起きたら」
「分かった。あんたは」
「ヴィセだ」
「悪い。報酬はすっごく欲しいけど、約束したんだ。ヴィセさん、何で黒い鎧の男を探しているか、聞いてもいいか。場合によっては……これ以上話せない」
「ごめん、先に君の名前を尋ねてもいいかい」
「……みんなはバロンって呼ぶ。自分の本当の名前が何かなんて、もう忘れた」
バロンは黒い鎧の男に恩を感じているのか、裏切れないという。ヴィセは自身も助けられたのだと言って安心させた。
「そっか、ヴィセさんもあの人に助けられたんだ。村を焼かれるなんて酷いね」
「ああ。だから会ってお礼がしたい。他にも理由はあるけど、その人ならドラゴニアを知っているかもしれない。ラヴァニが帰りたがっているんだ」
「あの人、ドラゴンは怖い存在じゃないって言ってた。ドラゴンが怒るほどの事をしている人の方が恐ろしいって」
バロンの黒い猫耳が時々ピクリと動くも、もうラヴァニの事を恐れてはいないようだ。それは黒い鎧の男のおかげでもあったのだろう。
しばらくしてラヴァニが目覚め、簡単に話をまとめると、ラヴァニは霧の中での捜索を了承した。ドラゴニアへと近づく初めての有力な手がかりだ。協力を惜しむつもりはないらしい。
「それで。具体的にはどう助けて貰ったんだい。どうやって助けて貰ったのか覚えているか」
「俺は……その日、霧の廃屋で見つけた金庫を開ける役だった。他にも4人いて、皆でそれぞれ目当てのものを拾ってた。その時、霧の化け物が飛び掛かって来たんだ」
≪モニカの町でも聞いた生き物だな≫
「ああ、そのようだ」
≪今から行くのか。明日には飛行艇に乗るのだろう≫
「いや、しばらく滞在しよう。有力な手掛かりだ、知りたい事がたくさんある」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます