2.【Misty Ground】霧に潜む過去たち

Misty Ground 01


 2.【Misty Ground】霧に潜む過去たち




 モニカの町を出て、ヴィセとラヴァニは飛行艇に乗りドーンへの航路がある「ユジノク」へと向かっていた。


 眼下には山脈や高地の村々が時々ポツポツと見えるものの、殆どが霧に覆われている。雲の上はドラゴンに襲われる可能性があるためか、高度は然程ない。


 ヴィセにとって、初めての空の旅。僅か30人乗りのプロペラ型飛行艇は、多少揺れながらも順調に進んでいく。


 ≪ヴィセ、大丈夫か≫


「大丈夫、窓の外は見れないけど大丈夫……」


 ドラゴン連れという事で乗車拒否されそうだったが、モニカの町ではヴィセが歓迎されていた。活気があり、気性の荒い者が多いモニカを敵に回せば、航路は他所の飛行艇に明け渡すことになる。


 おまけにモニカからの乗客は、ヴィセの事を知っている者が数名いた。その者のおかげで乗ることが出来たのだが……。


 ヴィセは飛行機に慣れていない。恐怖のあまり、外の景色を見るどころではなかった。


 ≪ヴィセ。どのようにしてドラゴニアに向かうつもりだったのか≫


「頭では分かってるけど……大丈夫、慣れるから」


 2時間程のフライトの後、ヴィセはフラフラでユジノクの飛行場に降り立った。




 * * * * * * * * *




 ユジノクはモニカよりも高地にあるからか、広さにも建物の密度にも余裕があった。町の中に牧場や畑もある。霧が上がって来ないのだろう。


 ヴィセはラヴァニを肩に乗せたまま歩く。すれ違う者達が悲鳴を上げるも、ヴィセは気にしていない。


「さあ、聞き込みだ」


 ≪ヴィセ、ヴィセ≫


「なんだよ」


 ≪あの者は何を売っている≫


「ああ……何だろう?」


 ラヴァニがヴィセの右手に並んでいる露店の1つに興味を示す。そこには串に刺されている何かが並んであった。


 ドラゴンを肩に少年が近寄って来れば、店の者が怯えるのも仕方ない。顔を引きつらせ、後ろに仰け反った女性店主に苦笑いをしながら、ヴィセはそれが何かを尋ねた。


「あの、これは……何ですか。このドラゴンが興味を示したもので」


「あ、あの……と、鶏肉の串焼きです……ひぃぃ!」


「2本、もらえますか。ああ、1本は塩を振らないで」


「あ、は、はい……」


 店主は怯えながらも代金を受け取り、串焼きを2本ヴィセに渡す。モニカでもラヴァニを肩に乗せて歩けば驚かれたが、町を移る度に周囲の反応はリセットされるのだろう。


「美味いか」


 ≪ああ。我らも肉を焼くという食べ方を学ぶべきだったか≫


「ラヴァニの火力じゃ丸焦げだろ。さて。ドーンに向かう便は明日だし、情報だけ仕入れておくか」


 ヴィセの前は、綺麗に人が避けていく。ドラゴン連れの少年に、皆が自然と道を開けるのだ。


「まさかドラゴン?」


「驚いた、ドラゴンを飼い慣らしてるのか」


 皆、怖いもの見たさで遠巻きにしているが、そのヒソヒソ声は聞こえてくる。ヴィセは敵意を持っている訳ではない事を示すため、くるりと振り返って道を尋ねた。


「あの、すみません! 紹介所の場所は……」


「うおぁ!?」


 ヴィセの後ろは人が大勢付いて来ていた。振り返ると思っていなかったのか、ヴィセが声を発すると、半径5メルテ程の円状に空間ができる。


「あの……」


「ひぃぃ!」


 1歩進めば、その分空間も動く。重ねて紹介所の場所を尋ねると、何人かが指でヴィセの後ろを指さした。


「有難う」


 ヴィセが歩けば、周囲は常にそんな状態だ。段々嫌気がさしてきた頃、ようやく紹介所の文字が見え、ヴィセは足早に駆け込んだ。


 その建物の中も、反応は同じようなものだったが。


「あの、すみません」


「はい……ひいぃっ!?」


 受付の男はラヴァニを視界に入れた途端、椅子から転げ落ちた。もうその反応には慣れているせいか、ヴィセは気にせず尋ねる。


「人探しをしたいんですが」


「ひ、ひ、ひと、探し?」


 男はずり落ちた丸眼鏡をかけなおしながら、ゆっくりと椅子を起こす。その距離が気持ち開いているのは仕方がないかもしれない。


「この鎧に似た格好の男を見かけていないですか」


「は、はい……」


 男はヴィセから距離を取りつつ写真を受け取る。他の職員とも確認をしてくれるが、男は首を振った。


「すみません、覚えていません」


「そうですか。であれば、明日の昼まで、人探しとして情報を募りたいのですが」


「ああ、じゃあこの用紙に記入して。そちらの掲示板で午後から公開しますから……ひっ」


 ラヴァニと目が合う度に職員が震え上がる。ヴィセは用紙に必要事項を書いて写真を印刷してもらうと、紹介料を渡す。


「報酬は幾らにしますか」


「報酬は……相場が分からないんだ」


「有益な情報で5000イエン、実際に会えるようなら2万イエンくらいだね」


「結構……するんだな」


 ヴィセは渋々頷き、その金額で募る事にした。もっとも有益な情報にだけ支払うとすれば何万イエンも出費せずに済む。


「俺の他に、ドラゴンを連れた旅人……もしくは、ドラゴンに詳しい人は知りませんか」


「ドラゴンを探してる旅人ならその辺にゴロゴロ。って事は、誰も詳しくなんかないって事ですよ」


「そう、ですか」


 ヴィセはため息をつき、遠巻きに見ている者達を気にする事もなく紹介所を後にする。その時、入り口から駆け込んできた少年とぶつかってしまった。


「おっと、すまない」


「いってえな、ぼーっとしてんじゃねえよ!」


 ヴィセの肩ほどの背しかない少年は、ヴィセを威嚇するように睨み上げる。栗色の髪の毛からは猫のような耳が生え、ズボンからは尻尾がはみ出ている。


「お前……猫人族、か。初めて見た……」


「あ? 何だ、てめえ文句あ……あんのか」


 猫人族の少年は一瞬ラヴァニに怯んだようだが、それでも態度を変える気がないようだ。


 この世であまりメジャーではない猫人族は、猿を祖先とする人族と違い、猫を祖先としている。他にも兎、狼など、猫人族のように祖先の違う希少人種が存在する。


 猫人族の少年はヴィセの謝る声が聞こえているのかいないのか、舌打ちをして掲示板の方へと消えていった。


 ≪ヴィセ、あの無礼な者を始末せぬか≫


「しないよ、命でも狙われない限り穏便にすませたい」


 ≪我は穏便に済ませる気はない。同族殺しを気にするのなら我が始末しよう≫


「それは、俺が相手に始末されても仕方がないって意味でもあるんだぞ、堪えてくれ」


 ラヴァニの物騒な提案をあしらいつつ、ヴィセは紹介所を出てパブを探す。とにかく、人が集まりそうな所を回り、有力な情報を得たいと思っていた。





 * * * * * * * * *





 ≪我が仲間を目撃したという者はいなかったようだ≫


「ああ、その通り」


 ≪あの酒場、ドラゴニアを追う者すら知らぬようだ≫


「ああ、なんだかやる気のないパブだった」


 ≪ヴィセ、次のパブを回らぬか≫


「お前の酔いが醒めたらな。ったく、酒に興味を持つのはいいけどさ、呼吸の度に炎吐くなんて癖が悪いにも程がある」


 情報収集のために立ち寄った酒場で、ヴィセはビールやウォッカを何杯か飲んでいた。多少ほろ酔い気分にはなったものの、目的を忘れる程酔ってはいない。


 ドラゴンを肩に乗せた少年に対し、気さくに話しかけてくれる者など簡単には現れない。大した情報もない中、ヴィセは興味本位でラヴァニに酒を飲ませた……のだが。


 ≪我は……とても気分が良い。燃やせぬものなどない気分だ≫


「アルコールに負けて吐息に炎を混ぜる浄化の化身? 聞いて呆れる」


 ≪ヴィセ、次のパブ……っく、我はあの黄色と青の飲み物をもう一度飲むぞ≫


「もう店の中でカクテルなんか飲ませねえよ。酒癖の悪いドラゴンなんかあるかよ……」


 ヴィセがそうため息をつきながらラヴァニを撫でた時だった。


 その右腕が掴まれ、聞き覚えのある声が呼び止めた。

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