Journey 13(019)


「間違いなく人族同士の争いになる。誰が、どこがドラゴニアの所有者になるのか。敵がドラゴンじゃなくなる、そしてまた……悲惨な兵器が使われる。ドラゴニアの事が分かっても、あんたは誰にも言っちゃいけないよ」


 ジアーナの言葉に、ヴィセは人族の歴史を思い返していた。世界を変える程の争いは全て人族の行いばかりだ。


 相手がドラゴンでなくても、人族同士でも頻繁に争ってきた。海沿いの土地を巡り、広い土地を巡り、豊穣な土地や鉱脈を巡り……この150年だけで何十と大規模な争いがあった。


 ドラゴニアの場所が分かり、そこに行ける手段を用意出来たなら、次は「そこが誰の物か」が争点になる。


「分かりました」


 ヴィセは整った顔で微笑み、ジアーナとイゴールに礼を言う。ジアーナが男前ねと頬を染めるのを見届けないうちに、その場を後にした。





 * * * * * * * * *





「そっか、ドーンに行くのね」


「ああ。色々有難う、お陰でラヴァニと一緒にいても過ごしやすかった」


「ううん。私も久しぶりに刺激のある3日間だったわ」


 ヴィセは昼過ぎにテレッサの店に立ち寄り、明日発つことを告げた。テレッサは少しガッカリしていたが、電話番号は渡している。事情を知る数少ない者として、困った時にはいつでも力になるつもりだった。


「あ、そうだ。いいものを手に入れたの」


 そう言ってテレッサが1つの大きな本を広げてみせる。それは鎧のカタログだった。


「……鎧を買う気はないんだけど」


「買えなんて言ってないでしょ。その黒い鎧を着た人って、この中のどの鎧に似ているのかなって」


 ヴィセは成程と頷いてページを捲っていく。


 全世界の鎧を網羅している訳ではないが、個人の鍛冶屋でオーダーしているのでなければ、おおよその店が取っているものだ。


 もし同じ型がなくとも、傾向が分かれば今後の捜索の手掛かりになる。よく似た格好の男を知らないかと尋ねることも出来るだろう。


「ラヴァニ、もう一度俺に読み取った記憶を送ってくれないか」


 ≪承知した≫


 男の姿を再度確認し、ヴィセは最初から調べ直す。100ページ以上あるだろうか。


 時々来客があり、テレッサはその応対をする。ヴィセはカウンターの裏でラヴァニとカタログを覗き込んでいた。


「ラヴァニ。この鎧、似てないか? 同じじゃないんだけど」


 ≪特徴としてはそのようだ。我はなかなか良いと思う。我の姿をどことなく感じさせる≫


「じゃあ俺もこれをいつか買うかな」


 ドラゴンを思わせる形のヘルムに、鎧もプレート部分以外は鱗を連想させる。製作した工房に繋がれば、どこの店に卸したかも分かるだろう。


「テレッサ、この防具によく似ているんだ」


「どれ? えっと……ああ、それは廃版品よ」


「廃版品?」


「今は作られていないの。よく製造期間を見て。製造期間は70年前からの10年間。3年前に現れた人が着ていると思う?」


「売れ残りを偶然見つけたのだとしても、50年は経っているかもしれない。確かに70歳や80歳でこの装備を着こなすのはきつい」


 製造期間から逆算すると、ヴィセを助けた時に同じ年だったとしても80歳が近い。しかし、ラヴァニに見せてもやはり特徴が良く似ているという。


「カタログに載ってるものが全てって訳じゃないから、オーダーメイドの可能性もあるけど」


「他に似た特徴のものがないんだ。でも、探す時には参考になる」


「良かった。じゃあカタログのページを写真に撮ってあげるから、それで探すといいわ」


 そう言ってテレッサがその鎧の部分を1枚の写真に収める。ついでにヴィセにも写真機を向け、ラヴァニとのツーショットを撮った。そのまばゆさにラヴァニは柄にもなく驚いてよろける。


「あっ。ごめんなさい、眩しかったわよね。外で撮れば良かった」


 ≪光が目に刺さったのかと思った……ほう、これが我の姿か。水面に映る姿は見た事もあるが≫


「ラヴァニは写真の自分に感動しているみたいだ」


「気に入って貰えたなら良かった。じゃあ、ついでに私も撮って。ラヴァニさん、私の隣に並んでくれないかしら」


 テレッサはヴィセに写真機を渡し、ラヴァニが言われた通りカウンターの上に座る。不慣れながら手がブレないよう2枚撮ると、ラヴァニはその度によろけた。


「よし、っと。じゃあ、はい」


 テレッサは自身とラヴァニが映った写真をヴィセに渡す。ヴィセとラヴァニが映った写真はカウンターの中の棚に立てかける。


「これは?」


「あなたと、私。その出会いを繋いでくれたラヴァニさん。いつかヴィセが帰って来れたら……その時は2人で撮りましょ」


「うん、分かった。帰って来るよ、必ず」


「私はこの町でヴィセの帰りを待ってる。ラヴァニさんはドラゴニアに戻るのかもしれないけど、必ず遊びに来て。故郷がなくなったなら、ここを故郷にして。絶対に……絶対に帰って来て」


 テレッサは別れが寂しいのか、少し涙ぐんでいる。ヴィセも寂しそうに笑い、手を差し出した。


「帰って来るよ。何か起きた時には連絡する、必ず」


 その手をしっかりと握り、ついでに抱擁も交わした2人は、また会おうと誓って別れる。


 ≪ヴィセ。何か我の吐く息を留められるものを用意するように伝えてくれ≫


「息? どうするんだ」


 ≪この者の親は霧で病に伏せておると言っていた。我が吐息で少しは浄化できるやもしれぬ。それと、我を両親の許に案内せよと≫


「テレッサ、何か……大きめの瓶か、空気の漏れない袋はない? ラヴァニが少しでも霧を浄化できたらと」


 テレッサはそれを聞き、一瞬目を丸くした。そして優しく微笑み、首を振る。


「ごめんなさい。本当は……両親はもういないの。死んだわ、もう5年も前の事。霧を吸いこんだってのは私。だから本当はそんなに肺が丈夫じゃなくて。両親は霧の化け物にやられたんだ」


「そうか、お悔やみを言わせてもらうよ。……ラヴァニ、テレッサにはしてあげられないかい」


 ≪我をその台の上に。我の顔に鼻を近づけ、鼻で呼吸をせよと伝えてくれ≫


「えっと、鼻で息をして。ラヴァニの吐く息をしっかり吸い込んで」


 ヴィセに言われた通り、テレッサが鼻で深呼吸をする。ラヴァニの大きな口から息を吹きかけられるたび、それを吸い込んでいく。


 ≪我が呼吸、それが汚れを浄化する。完治は出来ずとも体に流れる霧の毒素は消えよう≫


「テレッサ、どうだい」


「……なんだか、今までよりもう1段階吸い込めるような、そんな気がする」


 テレッサは大きく深呼吸をし、そして傷まない体に驚く。


「良かった。ラヴァニもテレッサに何かお礼がしたかったんだよ」


「有難う、本当に。あなたは優しいのね、ラヴァニさん。そんな優しいあなたが守りたい世界、求めている場所があるのなら、私もそれを奪わないように生きるわ」


 ≪そうか。そう思ってくれるか。我こそ感謝する≫


「有難うってさ」


 テレッサはラヴァニにも抱きつき、店の外まで見送った。冷たい風が通り抜ける中、肩をすぼめ、襟を立てて歩いていくヴィセにそっと小さく手を振る。


「不思議な人。それに不思議なドラゴン。この世界はもしかしたら変わるのかも。霧が晴れて大地が蘇るのかも」


 テレッサは店に戻り、鎧のカタログを閉じながらつぶやく。


「でも……何でだろう。その分、ヴィセとラヴァニさんが報われる予感がしないの」

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