Journey 12(018)


 ≪この町がドラゴンに焼き払われぬことを、我も願うとしよう≫


「この町が焼かれないように願っている、だとさ」


「ドラゴンに無事を願われるとは……そうか! あんたの村はそうやってドラゴンを祀っていたのかもしれないな。ドラゴンに焼かれないような人族であることを目指したんだ」


「そうだ。ドラゴンに戒められない、それが俺達の願いだった。有難う、またこの町に寄れた時は、必ず」


「ああ、いつでもおいで。安くするよ」


 ヴィセはマスターに頭を下げ、宿へと歩き出した。マスターは謝礼を申し出たが、酒、水、食べ物、そして情報。ヴィセは謝礼以上のものを貰った。


「さあ、行こう。霧と強盗のせいで思うように動けなかった。明日は紹介所に寄った後、地図と飛行艇の路線を確認だ。レーベル語も知りたいし、ドーンの場所も聞かないと」


 ≪我は人族の事を知る機会を得て、良かったと思えた≫


「どういうことだい」


 ≪人族はこの世界を汚そうとして汚した訳ではないのだと分かった≫


 ラヴァニの呟きに、ヴィセは優しく微笑む。この町ではラヴァニを隠すつもりもなくなったのか、ラヴァニもヴィセの肩に乗ったままだ。


 そのままヴィセは1万イエンを超えそうなホテルに入っていく。昨晩よりもう少し値の張るホテルで、今度こそゆっくりと眠りたかったからだ。


 部屋につくと温水暖房のスイッチを入れ、ヴィセは半袖のシャツ1枚になって大きなベッドに倒れ込む。ラヴァニもベッドに飛び乗ったが、しばらくは会話もなく微睡んでいた。


 やがて部屋が暖かくなり始めた頃、ヴィセはシャワーを浴びると言って立ち上がった。


「ラヴァニはどうするかい。洗ってやろうか。……ラヴァニ?」


 ≪言葉さえ通じたのなら、焼き払わずに済んだものもあるのだろうか≫


 ヴィセはラヴァニが悩んでいる事に気付き、優しく微笑んでその背を撫でてやる。


「そうかもしれない。人族も、ドラゴンを討とうなんて考えずに済んだかもしれないな」


 ≪こんな気分の夜は、他のドラゴンと共に空を飛び回りたくなる。ドラゴニアが恋しい≫


「じきに出来るさ。村を出た時より、俺達はちゃんと近づいている。それより、シャワーはどうだい」


 ≪……昨晩のような水浸しは御免だ。だが、我を軽く拭きたいというならやぶさかではない≫





 * * * * * * * * *





 翌日、ヴィセはマスターに言われた通り紹介所へと向かった。肩にはラヴァニを乗せている。


 町の南に位置し、飛行艇の発着所も近い。壁はレンガ造りで周囲の建物よりは柔らかな印象を受けるものの、そこに出入りするのは武骨な旅人ばかりだ。


 素行が良いのは一般の旅人だけ。傭兵稼業の者達はあからさまにヴィセを煙たがる。


「おい、あいつだ。ドラゴンを連れてるって噂の」


「ああ、武器を持った強盗達をボコボコにしたって話だぜ」


「ドラゴンに町を滅ぼされた奴もいるってのに、挑発のつもりかよ」


 ヴィセは何を言われようが想定済みだ。面と向かって言ってこない者を相手にする気はなかった。


 だが、ヴィセを通じて陰口を理解したラヴァニは黙っていない。傭兵たちに向かって大きく口を開き、翼を広げて威嚇する。


「ちょっとラヴァニ、翼が顔に当たる」


 ≪……そなた、少しは言い返さぬか。感情の起伏が無さ過ぎる≫


「いいから、おとなしくしてろって」


「はいいらっしゃい、どんな仕事を……ひっ!?」


 ヴィセの顔の位置より少し低い窓口のカウンターを覗き込むと、ラヴァニの姿が見えた女性職員が短い悲鳴を上げた。


 ただ、やはりドラゴンを連れた少年の噂を聞いているのか、すぐに冷静さを取り戻す。


「し、仕事ですか? その他をご希望でしょうか」


「仕事ではなくて訊ねものをしたいんですが」


「は、はい、何でしょう」


「3年前、黒い全身鎧を着た男を見かけていないですか。兜まで真っ黒、もしかしたらレーベル語を使っているかも」


 そう言うと、ヴィセは職員に昨日書き出したレーベル語の綴りを見せる。ヴィセの母親程の歳だろうか、ベテランにも見えるその女性職員は、ふっくらした体でよいせと立ち上がり、奥から若い男性職員を連れてきた。


「イゴール、あんたこれ読めるかい」


「ん? ああ、レーベル語ね。ちょっと文字が間違っているようにも見えるけど……」


「俺が書き写したものです。もしかしたら間違っているかも」


「そっか。この文字はね、右から左へ読むんだ。もし2行になる場合、2行目は左から右へ、3行目はまた右から左へ」


 そう言って指でメモをなぞりながら、イゴールと呼ばれた若い男性職員は短い黒髪を掻き上げる。


「我が友クエレブレの血、そう書いてある。どういうことだ?」


「我が友……? クエレブレって何だろう」


「レーベル語でドラゴンの事だね」


「ドラゴンの血? じゃあ、黒い鎧の男は……」


 ≪やはり、我が同胞の血を持ち歩いていたという事か。それに、我が友という事は行動を共にしている可能性がある≫


 ヴィセだけでなくラヴァニも驚き、ついでに女性職員も驚いて両腕をさすっている。


「君とそのドラゴンの事じゃないのかい? ドラゴンをドラゴニアに帰そうとしているというのは君だろう?」


「そうだけど、この文字が指すのは俺じゃない。多分、俺以外にドラゴンと親交のある者がいるって事ですね」


「ドラゴン連れなら絶対に話題になるよ。黒い鎧を着た男、ん~、黒い鎧はカッコイイからって、結構な数の旅人が着ているからねえ」


「全身鎧に兜までってなると、随分絞られると思うよ、目立つからね。ジアーナさん、レーベル語を使う旅人が来た事があったっけ」


「長いことやってるけど、ちょっと分からないねえ。イゴール、あんた以外にレーベル語の読み書きができる奴なんてこの辺りにいないだろ」


 傭兵や旅人が集まる場所ならもしやと思ったが、なかなかうまくはいかない。しかし、小瓶の文字が分かった事は収穫だった。


 黒い鎧の男か、もしくはその小瓶の本来の持ち主はドラゴンと親しいという事。ヴィセのような者がいる可能性は高い。


「黒い鎧の男の件は自分で当たってみます。ドラゴンについて、ドラゴニアについて、何か詳しく分かる場所や調べられる場所はないですか」


「ドラゴンの事ならドーンに行くべきだね。何年前だったかしら、ドラゴンが何匹か町の上空を飛んでいたって」


「何匹か……」


 ≪安心した。我にとって一番有益な情報だ≫


(そりゃよかった。工業の町なら空気も汚していると思うけど、ドーンには用がなかったんだろうな)


 もしかすると、写真や映像を撮っている者がいるかもしれない。そこに鳴き声でも入り込んでいれば、ラヴァニが読み取ることも出来るだろう。


 相変わらず黒い鎧の男の事は分からないが、ヴィセはドーンを目指すと決めたようだ。


「有難うございます。次はドーンに行ってみます。早く仲間に合わせてやりたい。出来る事なら人を襲わないよう、こいつを通じて呼びかけて貰えるかも」


「そりゃあいい。是非ともそうしてくれ。ただ……」


 ジアーナと呼ばれている女性職員は、ヴィセに窓口へと顔を近づけさせる。


「気を付けな。元々ドラゴニアの奪い合いのせいで世界はこうなっちまった。ドラゴニアに迫る事になっても、むやみに言いふらさないように。他人を信頼するには覚悟がいるよ」


「……分かりました」


「ドラゴンと和解できるならそれが一番いい。あたしも応援する。けどね、その後何が起きるかをよく考えて」


「何が起きる……?」


 ヴィセはジアーナの言葉に首を傾げた。平和な世界になれば、霧を消す事だけに専念できる。そんな事を考えていると、ジアーナは真剣な顔でボソリと呟いた。

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