Journey 11(017)
「なっ、何が……クッソ、泥棒か! お、おい……ニイチャン、だいじょう……ヒッ、ど、ドラゴン!?」
頭部に火傷を負い、タオル越しに荒い息をしている男、蹲ったまま気絶している男、そして柱の陰でガタガタと震える男……そして床に倒れて動かないヴィセ。
そのヴィセを守るように翼を広げている小さなドラゴン。
マスターはこの場で一体何が起きているのか理解できていない。ガタガタと震える男の胸倉を掴み、何があったのかを問いただす。
「わ、悪かった、悪かった!」
「何がだ! 何でこんなことになっている! こいつには店の番を頼んだ、お前らが襲ったのか!」
「な、何も盗ってねえ、こ、こいつ化け物だ、化け物なんだよォ!」
「このドラゴンはどこから連れてきた!」
「し、知らねえよ! そのガキが連れてるドラゴンだ!」
マスターはヴィセと、倒れているヴィセを守るようにその上で覆い被さっているドラゴンを見つめていた。ドラゴンの事は勿論恐ろしい。人類を滅亡させる力を備えた滅びの化身。
ただ、その顔はマスターを見つめながら何かを訴えかけているようだった。
「こいつを、守ってるつもりなのか」
「グルル……」
マスターがゆっくり近寄ると、ドラゴン……ラヴァニがその場から動く。まるでその場を譲るかのようだ。
「こいつを、助けろと言っているのか?」
ヴィセが気を失っているせいで、ラヴァニはマスターの言葉が分からない。断片的に守る、助けるという言葉を聞き取り、マスターがヴィセを助けようとしていると判断していた。
「警備隊と救急隊を呼ぶ! ドラゴン、その悪党共を見張っていてくれ!」
警備隊という言葉にハッと気が付いたのか、柱の根元で震えていた男が立ち上がる。自分1人だけでも逃げるつもりだ。
ラヴァニが炎を吐こうと口を開く。勝てないと分かっているからか、男は再度その場に座り込んだ。
「警備隊を呼んだ! あとは救急……」
「治療は……いい、要らない」
マスターが救急連絡を入れようと受話器を再度持った時、ヴィセがゆっくりと体を起こした。
「な、何やってんだ! 霧を吸ってしまう!」
「俺に霧は……効かないみたいだ」
≪ヴィセ、無事か。霧の中で呼吸をして大丈夫か≫
「ああ、特に何もない。全く、俺はドラゴンの力に苦しめられているやら、生かされているやら」
≪この惨劇を覚えているか。今目覚めるまでの記憶はあるか≫
「いや、ぼんやりとラヴァニが危ない目に遭っていたことしか」
少年は霧の中でマスクもないまま平然とし、ドラゴンと会話をしている。
強引に捻じ曲げられたシャッターと割られた入り口、霧が充満した店内、焦げた男、気絶した男、恐怖で失禁している男。
「一体、どうなってんだ?」
マスターは警備隊が駆け付けるまで、怒りも恐怖も忘れて呆然としていた。
* * * * * * * * *
霧が晴れたのは夕暮れが訪れてからだった。強盗達は警備隊に連れていかれ、ヴィセも事情聴取のために同行した。ドラゴンを連れて歩くヴィセの事は既に知られているため、その点について責められることはなかった。
銃を使用する3人組を相手にしたという事で、過剰防衛とも言われていない。もっとも、ラヴァニに対して一体どんな法が通用するかという問題もあったのだが。
「悪いな、何から何まで」
「いいえ、結局強盗には入られてしまったし、店のものも少し壊してしまった」
「いいってことよ! あの悪人共にきっちり弁償させる。あいつらは完済に加えて5年間地獄のような牢獄生活さ」
ヴィセは経緯を話し、マスターと共に霧が入り込んだ店内の大掃除をしていた。ドラゴンを連れているが、悪人ではない。ヴィセの誠実さは十分に伝わったようだ。
何より、警備隊が既にドラゴン連れの少年の話を把握しており、ヴィセの勇敢な行動を称賛している。店主が怯えたり不審に思う理由が何もない。
「しかし、ドラゴンを親元に届けるって、凄い事を考えたもんだ。それに、霧が効かない奴なんざ初めて聞いたよ」
「俺も、今日初めて知ったんです。きっと、このドラゴンのお陰なんだと思います」
「ドラゴンは霧を食うって話だからな、原理は分からんがそうなんだろう」
自身にドラゴンの血が流れている事は伝えなかった。その力を狙われた時が厄介だ。ドラゴンへの危害は仲間を呼び寄せる、その忠告はラヴァニへを守るのに十分だ。
しかしヴィセへの危害がドラゴンに伝わる事を説明するには、自身がドラゴンの仲間だと打ち明けるなければならない。便利な能力だと勘違いされ、血をくれとも言われかねない。テレッサ以外に打ち明ける気にはなれなかった。
「マスター、噂でもいいんだ。俺の他に、ドラゴンを連れているって旅人の話を聞いた事はないかな」
「いや、そういった話は聞かねえな」
「そうか。じゃあ3年くらい前の話なんだけど、全身黒い鎧を着た男を見かけてないかな。訳あって助けてもらった礼をしたいんだ」
「黒い鎧っつっても、そういうのを着ている旅人なんて大勢いるだろう。特徴は」
「それが、殆ど覚えていないんだ。兜を被っていて、顔も分からない」
ヴィセは黒い鎧の男を光景として見てはいるが、覚えているとは言えない。ラヴァニもヴィセが見た以上のものは分からない。
≪少し待て。ドラゴンの血を入れていた瓶に、何か書かれておる≫
(えっ?)
≪我は文字が読めぬ。そなたの記憶から読み取った光景を見せるから目を閉じよ≫
「どうした、兄ちゃん」
「ちょっと、思い出せそうな事を」
ヴィセは目を閉じ、ラヴァニから送られてきたイメージを頭の中で確認する。黒い鎧の男が小手を外し、小瓶の蓋を開ける。その瓶のラベルに何かが書かれている。
「こっちの言葉じゃない、どこの文字だ?」
ヴィセはメモを取り出し、そこに読み取った通りの文字列を記入していく。その手元を見て判断したのはマスターだった。
「それは、レーベル語だな。特徴的な文字だから覚えてるよ、言葉自体はあまり俺らと変わらないが、使う文字が違うんだ。しかし、よく思い出すだけで書けるもんだな」
「何と書いてあるか、分かりますか」
「いや、生憎。でも傭兵が仕事を請け負う紹介所に行けば、読める奴はいると思うぞ」
「そうですか、じゃあ俺はそろそろ」
ヴィセはマスターに礼をし、そろそろ宿を探すと言って席を立つ。
「色々助かった。1つだけ、そのドラゴンに聞いて貰えないか」
「聞く?」
「ドラゴンは何故人を襲うんだ。俺達が生きる限り、空気も川も汚れるだろう。それを少しでも抑えたらいいのか、それともゼロでなければならんのか」
マスターの問いかけに対し、ヴィセは成程と頷いた。ドラゴンにとっての許容範囲が分かれば、それを超えないように努力することが出来る。そうすれば環境にも、ドラゴンにとっても良い事だ。
「ラヴァニ」
≪許容値というものはよく分からぬ。だが鉱毒、その場で息をする事が困難な程の煙などを垂れ流さない限り、我々が駆け付ける事はない。我らが憎むのは人の行いであり、人そのものではない≫
「工場の煙や汚水などを減らそうとすればいいようです。憎むのは人ではなく、行いだと」
「そうか。霧が覆うまでは、この町からの景色は絶景だったそうだ。遠くまで伸びる森、蛇行しながら流れゆく川、それがこの町の自慢だったと。曾爺さんが俺の幼かった頃にそう語ってくれた」
「ドラゴンはその頃、いや、もっと前の世界に戻したいのかも。霧のない世界……か」
≪おおよそは当たっていると思う。だが500年の間、我はまだこの世がどうなって、同胞がどう感じているのかが分からぬ≫
ドラゴンが今どうしたいと考えているのか。ラヴァニにもそれは分からない。ただ、人族から環境を気にする言葉が出た事は嬉しかったようだ。
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