Journey 05(011)


「テレッサが言った通り、強盗に目を付けられていたか。うまく撒くべきだったけど、地の利がないと駄目だな」


 ヴィセが物音を立てないように着替え、護身用の胸当ての金具を留めた時、ゆっくりと鍵を回す音が聞こえた。


「……鍵を、持ってる奴だと?」


 ≪従業員とやらも悪党の一味だったか≫


「もしくは脅されて鍵を奪われたか、こじ開けたか。ラヴァニ」


 ヴィセは金の入ったカバンを肩から下げ、窮屈だと分かっていながらラヴァニを中に隠す。


 短剣を構え、腰には小口径のトップブレイク(中折れ式)のリボルバーを差しているが、リボルバーは初心者のヴィセではハッタリにしかならない。


「強盗の類か。生憎こちらは渡す気がない、見逃してやるからさっさと帰れ」


 ヴィセが起きている事は想定外だったのか、内側に開きかけたドアが一瞬止まる。ヴィセは開きかけた扉の裏側に隠れ、悪人が入って来るのを待った。


 熊や狼が家を襲いに来る時は、外に逃げられるよう扉の近くに潜む。村では当たり前の行動だった。


「あんな大金、用心しないと悪人に盗られちゃうぜ?」


「そうそう、俺達みたいな。フハハッ」


 どうやら2人組らしい。その足音はゆっくりと中に入って来る。2人とも目立たない為か全身真っ黒だ。1人は短剣を持ち、もう1人が拳銃を構え、ヴィセが隠れている入り口の扉の前を過ぎていく。


「さあ、ネズミちゃん、どこに隠れたかな?」


 男の背中をしっかりと確認し、ヴィセはゆっくり隙間から出て男の背後に立つ。そして男の口を鉄製の小手で塞ぎ背中に短剣を突き付けた。


「それ以上動くな」


 男がビクリと肩を震わせると同時に、ヴィセが入り口の扉を足で蹴って閉める。


 扉の裏に隠れるのはよくある手段だ。だが旅の初心者だと思って油断していたのか、2人はヴィセがそのような機転を利かすと思っていなかったらしい。


 拳銃を持っていた方の男は引き金から指を外し、両手を上げた。だが短剣を持つ男はまだ振り向いて短剣を構えたままだ。


「金を渡す気はない。こいつがどうなろうと、俺には関係が無い。泊まっていたのは俺、真夜中に襲って来たのはお前ら。必死の抵抗の中で起きた正当防衛だと主張すれば俺は無罪だ」


 町の法律を隅々まで知っている訳ではなくあくまでも方便。効果があれば万々歳といったところだ。


「武器を捨てろ」


 まず拳銃を持っている男がそれを床に落とす。しかしやはりもう1人の男は短剣を構えたままだ。


「仲間の命は金以下の価値しかない、ってことか」


「う、うるせえ、俺達は金がいるんだ!」


「だから奪うしかないって事か。じゃあ俺はお前らの命なんか必要ないって言えば、殺していいって事だな」


 ヴィセはゆっくりと捕らえた男の背に短剣を押し当てていく。コートの生地を貫いたのか、男は口を塞がれながら悲鳴を上げる。


 ヴィセも本当に刺す気はない。なんとか諦めて欲しいと思いつつ、もう少しだけ力を入れる。


「わ、わかった! 引き揚げる!」


 短剣を持っていた男もその場に短剣を捨て、両手を上げる。ヴィセは2人をベッドに押し倒し、身動きが取れないようにシーツでぐるぐるに巻いた後、カーテンタッセルを繋いで縛った。


 ≪ヴィセ、どうするのだ≫


(受付で盗賊を捕らえたと報告する。面倒な事になる前に部屋を出よう)


 野宿をしながら何日も歩いて、ようやくゆっくりと休めるはずだった。ヴィセはガッカリしながら男2人を睨みつけ、落ちていた短剣と拳銃を拾った。


「迷惑料だ、貰っていく」


 ヴィセはそう告げて部屋の扉を開ける。


 そしてため息交じりに廊下へと出たところで右のこめかみに何か冷たいものが触れ、金属が擦れる音がした。


 ≪ヴィセ≫


「強盗が2人組だと誰が言った? これからの旅で1つ勉強になったな」


「チッ……仲間がいたか」


 ヴィセが目だけで右を確認すると、全身黒い服の男が拳銃を突き付けていた。


 武器はもう鞄の中だ。リボルバーもコートの下のベルトに差したまま。ヴィセはため息をつき、両手を上げた。


「金は鞄の中か」


「触られては困るものが入っている。自分で取る」


「いや、武器でも取り出されちゃ困るんでね。大丈夫、札の1枚2枚は残してやるさ」


 ヴィセの鞄にはラヴァニが隠れている。それが見つかったなら金を取られるよりもまずい。薄暗い廊下で叫べば何事かと皆が扉を開けてくれるだろう。


 だがもしラヴァニを見られたなら悪者はどちらか。きっとヴィセが悪者と思われる。金はやましいものだと言われて没収、最悪その場で殺される。


「鞄は開けさせない、金が欲しいなら大人しく待て」


「あっ? 誰に指図してんだ……うっ!?」


 ヴィセの態度にイライラしていたのか、男がヴィセの顎を掴む。だが、ヴィセはその隙を見逃さなかった。金具の入った新品のブーツで男の太ももを蹴ったのだ。


「ぐっ……コイツ!」


 ヴィセはその場に崩れた男をそのままに、勢いよく駆けだす。


 それから数秒後、乾いた発砲音が廊下に響き渡った。


 ヴィセが足を抑えて蹲り、その代わりに男が立ち上がる。


「クソッ、静かに終えるはずだったのに」


 驚いた宿泊客が何事かと廊下を覗き始める。この状態で鞄の中を見られたなら、きっと「ドラゴンを飼っている危険人物を見つけ、やむなく発砲した」としか思われない。


「大人しく金出せコラ!」


 男がヴィセの脇腹を蹴る。


「周囲のモンに見られても、大金を持って逃げるだけ。仲間なんかどうでもいいだよ、こっちは本気だ!テメエが死んでも構わねえ、命が惜しけりゃ金を出せ!」


 ヴィセは助けを待っている訳でもなく、ただじっと耐えていた。それは痛みに対し半分、あと半分はラヴァニの事だった。


(ラヴァニ、耐えてくれ。今お前が怒るとこの場が大惨事になる)


 ≪我に同胞を見殺しにしろと言うか。悪いがそれは無理な話だ。この男を八つ裂きにしてやる≫


「駄目だラヴァニ! 頼む! 俺はお前らにも嫌われて欲しくねえんだよ!」


「テメエ何ブツクサ言ってんだ、あ? 命乞いか?」


 ヴィセはラヴァニの怒りに引きずられ、操られそうになるのを必死で耐える。勝手に動きそうな拳を床に押し付けたまま、歯を食いしばる。


 だがヴィセの懇願も虚しく、鞄からラヴァニが飛び出す。


 その正体が分からずその場の者が一瞬凝視するも、それが小さなドラゴンだと分かり、廊下には建物の窓が割れんばかりの悲鳴が響いた。


「こ、コイツ! ドラゴンを連れてやがる!」


「キャー! キャアァァー!」


「警備隊に! 誰か警備隊に!」


 強盗の事など頭の中から吹っ飛び、誰もが慌てふためいて逃げていく。


「あぁぁ痛ええぇ!」


「ラヴァニ! もういい!」


 ラヴァニの怒りに負けないようにと、ヴィセは鬼の形相のまま立ち上がるまいと腕を抱えている。ラヴァニの爪が男の顔面に3筋の赤い線を刻んだ時、廊下の奥から声がした。


「そこまでだ! 強盗!」


 誰かが警備隊を呼んだのだろう。あまりにも早過ぎる到着に驚いたが、ヴィセは警備隊がラヴァニを攻撃しないよう、大声で頼み込む。


 警備隊からも暴れる小さなドラゴンが見えているはずだ。強盗よりもラヴァニを狙うだろう。


「頼む! ドラゴンは撃たないでくれ! そいつを撃てば……大変な事になる!」


 警備隊の足音が止まり、ラヴァニの羽ばたきや威嚇の声、それに襲われる男の許しを乞い泣き叫ぶ声が響く。


 一瞬ラヴァニの怒りが静まった隙に、ヴィセはラヴァニを男から引きはがし、その腕に抱いた。


「ど、ドラゴン……ほ、本当だ、ドラゴンだ」


 ヴィセの腕の中でまだ暴れようともがくドラゴンを見て、警備隊の男が顔を引きつらせる。しかし、警備隊が手錠をかけたのはヴィセではなく、強盗の方だった。

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