Journey 06(012)


「そこの603号に……こいつの仲間があと2人いる」


「君が捕らえたのか」


「そうです」


 ドラゴンを抑える少年に怯えながらも、警備隊は遅れてやってきた同僚に指示を出し、部屋を確認させた。


 銃で足を撃たれたヴィセが逃げる事はない、そう判断したのか。


「上手くいかねえ、な」


 まだヴィセが旅に出て数日、最初の町の初めての夜だ。そんな序盤で旅を終える事になるとは思ってもいなかった。ラヴァニは捕らえられ、ヴィセも無事では済まないだろう。


 もしラヴァニの怒りを他のドラゴンが感じ取れば、何日かのうちにこのモニカの町は火の海、そして廃墟へと変わる。


 自分のせいで無関係な大勢が死ぬ。ヴィセは無力感と罪悪感で歯を食いしばったまま泣いていた。


「いた! ヴィセ! ラヴァニ!」


 そんなヴィセの耳に、知った声が飛び込んできた。


「……テレッサ」


「ハァ、ハァ……だから言ったのに! ちゃんと安全なホテルに泊まりなさいって!」


 傷みに足を引きずって立ち上がり、まだ唸っているラヴァニをあやすように抱いて振り返る。そこには白い息を切らしながら膝に手を突いたテレッサがいた。


 寝間着に厚手のコートを羽織っただけ。誰かが連絡を入れたという事だろうか。


「何で、ここに」


「協力するって、言ったでしょ。ハァ、ハァ……兄が警備隊にいるって、言った」


「まさか、こうなると思って呼んでくれたのか」


「友達がホテルに泊まる、怪しい奴に付けられてるから見張って欲しいって、頼んでいたの。案の定よ」


 テレッサは苦しそうに笑い、2本の指だけを立てて勝利サインを見せる。


「秘密だとは言われてたけど、協力して貰う為に兄には事情を伝えたわ。分かってくれた」


「分かってくれたって、話したのか!?」


 口が堅いとは何だったのか、ヴィセは内心やられたと思っていた。


「ラヴァニ、暴れるなよ」


 ≪事と次第による≫


「なるようにしかならない。俺は人殺しになりたくない。お前らドラゴンも憎まれて欲しくない」


 ヴィセとラヴァニの心の内を知ってか知らずか、テレッサは戻って来た1人の警備隊の男を横に立たせ、紹介した。


 真っ先に駆け付けてくれた男だ。


「私の兄よ。もしかして、足……撃たれたの!?」


「大丈夫だ、少し傷むだけ」


「ヴィセくんだね。話は聞いている。大変な旅に出るようだ、安心してくれ、君達の安全は保障する。足を見せてくれ」


「ええ、でも大丈夫……って、はい?」


 テレッサの兄はドラゴンを怖がりながらも、ヴィセに対し努めて優しい。撃たれた傷に消毒薬を掛けてくれ、ガーゼもくれた。


「弾は貫通しているね。驚いた、本当に聞いた通りだ……もう塞がりかけている」


「えっ」


 ヴィセは自分の足を慌てて確認した。ズボンを捲り気が付いたのは、出血がやけに少ないこと、ガーゼが然程赤く染まっていない事だった。


「ドラゴンの血、テレッサの言っていた通りだ。そんな君じゃないと出来ない事だとテレッサに熱弁されたよ」


「テレッサは一体何を……」


 自分にしか出来ない事とは何か。テレッサは一体兄に何を言ったのか。それはその直後にすぐ分かった。


「みんな、聞いて! 聞いて下さい! 怖かったら部屋の扉越しでもいいわ! 私はすぐ近くにある旅人用品店、エビノ商店の看板娘、テレッサ・エビノです!」


「あんた、あそこの嬢ちゃんか。どっかで見た顔だと」


「警備隊に入ったお兄さんって、もしかしてそちらの?」


 どうやらテレッサの事を知っている者もいるようだ。


「この子は私の友人です! ラヴァニ村を御存じですか、3年前、近隣の村から焼かれた小さな村です。友人はそこで封印から目覚めたドラゴンを、ドラゴン達の許へ返そうと旅に出たんです!」


「近隣の村から? ドラゴンが焼いたと聞いたが」


「ドラゴンを、返すだって!?」


「テレッサ、俺のためだろうけどこれ以上言わなくていい」


「お願い、任せて欲しいの。私1人じゃ駄目だと気付いたの。あなたを守れる町が必要よ」


 皆、ラヴァニ村の件については「ドラゴンの仕業」と聞いていたようだ。事実を聞き、もうその村に荷を降ろさないと言い始める商人もいる。


 それにしても、この場でヴィセを庇えば、場合によってはテレッサまで非難されて町を追われるかもしれない。そんなヴィセの心配をよそに、テレッサは話を続ける。


「ドラゴンは、ドラゴン同士で離れた所でも意思を伝え合うんです! だから、今この小さなドラゴンを傷つけたり、殺したりしたら、ドラゴンの仲間が危機を察知して……」


「襲いに来るって事か!」


「大変! 早くどこかにやって!」


「安心して下さい! その為に友人がいるんです。友人は、ラヴァニ村の人は、ドラゴンと会話ができるんです。彼はその能力を持つ最後の生き残り……ヴィセがいなくなったら、もう誰にも出来ないの」


 少し話が変わっている。だがドラゴンの血を受け継いだなどと言ってしまえば、ヴィセが化け物扱いされるだけ。テレッサなりの気遣いだった。


「テレッサ、有難う。もうラヴァニも怒ってない、後の説明は俺がする」


 全て庇って貰っては格好がつかない。なにより、この場を切り抜けられるかもしれないという時に、他人任せには出来なかった。


「ヴィセという。ドラゴンの怒りは俺に伝わる。俺の怒りもドラゴンに伝わる。このドラゴン……ラヴァニが男を襲ったのは、銃で撃たれて俺が怒ったからだ。ラヴァニ自身も、俺が撃たれた事に怒った。そうだよな」


 ヴィセが腕に抱えたラヴァニに声を掛ける。ラヴァニはゆっくりと目を閉じ、頷いた。


 ≪我がドラゴニアに帰る、それを手伝おうとしてくれる。我が同胞、わが友を傷つける輩に容赦はせん≫


「このドラゴンが何を言ってるか、きっとみんな分からないと思う。こいつはドラゴニアを探してる。ただ仲間に会いたい、帰りたいだけなんだ。こいつと一緒に俺がドラゴニアに行って、ドラゴン達と話が出来れば、ドラゴンの襲来が止まるかもしれない」


「そんな夢のような話を信じられるものか。ドラゴンと分かり合う? 出来たらとっくの昔にあんたらの村の祖先がやってくれたんじゃないか」


 ≪物分かりの悪い者が邪魔をしておるな。殺しておくか≫


「駄目だ」


 都合の良い話だと言って信じてくれない者もいる。ドラゴンが懐いているのは事実だが、話が出来る事までは信じないつもりらしい。


 ヴィセは試しにとラヴァニに指示を出し、疑う1人の男の目の前で炎を吐かせた。次に、ラヴァニの言う通りに動き、もし合っていればラヴァニはヴィセではなく、テレッサの肩に乗ると宣言した。


 ラヴァニの言葉は皆には伝わらないため、結局はヴィセの言う通りに動いているように見えるが。


「俺が手を3回叩いて鳴らす。そうすると、ラヴァニはテレッサの肩に乗るそうだ」


 言う通りにやり、やはりラヴァニは言った通りの行動を取った。意思疎通が図れる事は間違いない。ラヴァニはテレッサを襲う訳でもなく、顎の下をおとなしく撫でられている。


「ドラゴン使い……そんな者がいるとは信じられない」


「みんな分かったはず! ヴィセならドラゴンと人類の懸け橋になれる。見ての通り、私も襲われてない。どうかヴィセの邪魔をしないで欲しいの!」


「ドラゴンが何故人を襲うのか、今後どうするつもりなのかを聞けば対処も出来る。ラヴァニは500年の封印で最近の仲間の様子が分からない。意思疎通を図れる距離にドラゴンの気配がないんだ」


「じゃあ、今そのドラゴンを殺しても、何の問題もないじゃないか」


 1人の男の声に、ヴィセが敏感に反応する。ラヴァニもゆっくりとその男を見つめ、男はヒッと短く声を上げた。


「こいつは小さいからな。大きなドラゴンならラヴァニの気配が分かるかもしれない。試しにやってみて町が滅んだ時、責任を取れるなら試してみるか」


「や、やめておく……」


「さあ皆さん、この少年の事情は分かったはずです! 大人しく部屋に戻って下さい! ドラゴンを刺激しないように」

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