Journey 04(010)


「ど、どういう事、ドラゴン、えっ?」


「ドラゴンを連れた俺に、本当に協力してくれるのか」


 ≪この者は大丈夫か。攻撃的ではないが恐怖に震えておるぞ≫


「ラヴァニのせいだ。初めて見た時は俺も驚いただろ」


 ラヴァニの言葉はテレッサには分からない。しかしヴィセとドラゴンが何事もないかのように会話する様子に、テレッサも次第に落ち着きを取り戻す。


 赤黒い体、大きな翼。小さな頭には大きな口。その目で直接見たことはなくとも、写真や本で見たドラゴンと何もかもが一致する。一致しないのは「人を襲う」という情報だけだった。


「どうして……ドラゴンを飼っているの?」


「飼っている訳じゃない。首輪もない。旅の目的が一緒だからついてきている」


「ドラゴンと話したの?」


「ああ。俺はドラゴンの言葉が分かるらしい。こいつはラヴァニ」


 ヴィセは悪人面ではなく、店を襲いに来たわけでもない。テレッサは質問攻めを自重し、いったんはヴィセがドラゴンと共に旅をしているという事実だけを受け止めた。


「……ドラゴンを連れているってのは分かった。旅の目的はドラゴニアと、黒い鎧の男を探す事、ね」


「そう」


 テレッサはため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。倒してしまった椅子を元に戻し、そしておそるおそるラヴァニに顔を近づけた。


「噛まない?」


「余計な事をしなければね。ドラゴンは理由がなければ人を襲わない」


 ≪我は噛まないと言った覚えはない≫


「でも噛まないだろ」


 ヴィセとラヴァニの会話は、テレッサからはヴィセの独り言にしか聞こえない。言葉が通じているという証拠を示すため、ヴィセはラヴァニをカウンターに乗せた。


「ラヴァニ、振り返って俺の腕に乗ってくれ。乗ったらテレッサに向かって口を大きく開いて」


 ≪承知した。その程度でこの場が収まるのであれば従おう≫


「ああ、悪いね」


 ラヴァニが言われた通りに行動すると、テレッサは驚きながらも笑顔になる。ラヴァニの小ささもあって恐怖心は消え、好奇心だけが残ったようだ。


 ヴィセが村を出る時からの話をすると、テレッサはヴィセに同情しながらそのいきさつを理解した。


「そっか、大変だったね。ヴィセくんが特別な事情を持っていることは分かったし、なぜ言えなかったのかもわかった。深入りしちゃってごめん。ドラゴンを連れていると知られたら、きっと捕まって酷い目に遭う」


「それだけで済めばいい方だ」


「えっ?」


「……俺に危害を加える奴がいれば、ラヴァニが怒る。もし近くにドラゴンがいたなら、ラヴァニの怒りが伝染してドラゴンの集団が襲う。俺の怒りがラヴァニに、ラヴァニの怒りが俺に」


「ドラゴンって、そういう繋がりがあるのね。でも、その子の怒りが何故ヴィセくんに伝わるの?」


 ドラゴンを連れている事、ラヴァニの事、それを色々と話し、あと1つだけ言っていない事があった。ヴィセはドラゴンと意思疎通を図れる理由を告げる。


「村を焼かれた日、俺が黒い鎧を着た男にドラゴンの血を飲まされたからだ」


「ドラゴンの、血?」


「ただ飲んだだけでそうなるのかは分からない。傷を治してもらう際、塗り込まれたからかもしれない。いずれにしても、俺はそれによってドラゴンの仲間になった」


 ≪良いのか。ドラゴンを連れている事を明かすだけでなく、そこまで言ってしまうとは≫


「ああ、いいんだ」


 ≪そなたは、人にとって憎むべきドラゴンの側にいると、言ってよかったのか≫


「ああ、いいんだ」


 ヴィセが何も隠し事をせず全てを話し、ラヴァニは呆れていた。同時にテレッサがどう反応を見せるかじっと見つめている。


 もしテレッサがおかしな挙動を取れば、ヴィセを守るために攻撃する事も覚悟していた。


「……ドラゴンになっちゃうの?」


「え?」


「ドラゴンの血って、ドラゴンと喋ることが出来るようになったり、感情が乗り移るだけなの?」


「分からない。だから俺はドラゴンの血を持ち歩けるような立ち位置にいる黒い鎧の男を探している」


 テレッサの心配は、ヴィセが人類の敵になったかどうかではなかった。その素朴な疑問はヴィセにとって重要なものであり、盲点だった。


「あれ、俺が、ドラゴンになる……? おいラヴァニ、俺はドラゴンになるのか?」


 ≪血の影響は我にも分からぬ。どのような変化を起こすのか、前例を知らぬのでな≫


「ご、ごめんなさい、何か余計な不安を煽っちゃったみたいで」


 テレッサは慌てて謝る。動揺は隠せていなかったが、ヴィセは大丈夫だと言って笑みを浮かべて見せた。


「とにかく、なんだか色々と大変みたいだし、この町で手に入る情報なら私が集めてあげる。協力するって、約束したでしょ」


「いいのか」


「ここまでの話だとは思ってなかったけどね。もしドラゴンがこの町を襲う事があったなら、ヴィセくんは止める事も出来るの?」


「言う事を聞いてくれるかは分からない。俺もドラゴンの怒りに引きずられるかもしれない。でも、俺が人であってもドラゴンであっても、あんたを……テレッサを傷つけはしないさ。敵じゃなければ、絶対に」


「うん。何か困ったら相談して。私はお客さんから色々とドラゴンの事を聞いてみる。これはうちの電話、それと住所。友達って事で」


「友達……」


 テレッサがヴィセにメモを渡し、ヴィセもそれを受け取る。村の外で初めて出来た友人に、ヴィセの表情も穏やかになる。


「あなたもね、ラヴァニさん」


 ≪……我を憎むのではなく、友と呼ぶか≫


「ラヴァニが憎まずに友達と呼んでくれるのかって、驚いてる」


「あなたはきっと私を襲わないでしょ。私もあなたを襲わないし、嫌わない。いつかお話が出来たらいいな」


 テレッサは立ち上がって入り口の扉を開け、外の様子を確認する。


「見張ってた人がいない、今のうちに宿へ行った方がいいと思う。中心街の安い宿はだめ、フロントがちゃんとあって、部外者が入りにくいホテルを。必ずね」


「有難う。テレッサに会えて本当に良かった」


 ヴィセはラヴァニを再びコートの下に入らせ、テレッサに軽く手を振って別れるとホテルを探し始めた。


「ヴィセくんは……帰ってくるかもしれない」


 テレッサはその背を見送りながら、ドラゴンを追って旅だった数多くの者の中で、帰って来られる初めてのドラゴン探索者になれるように祈る。閉店の札を開店に戻し、ヴィセが買って空いた棚に品出しを始めた。


「あー寒い! ……ちょっと、カッコよかったかな」





 * * * * * * * * *





 ≪ヴィセ≫


「ああ、気付いてる」


 テレッサに言われた通り、ヴィセは安全性を重視したホテルに泊まっていた。はずだった。


 機械駆動二輪や機械駆動四輪車 (鉱油や蒸気機関の動力を持つ乗り物や牽引車の事)が行き交う通りに面しており、何かあればすぐに明るみになる。


 テレッサの店の周囲にも2階、3階建ての建物が立ち並んでいたが、中心部は10階、15階建ての建物が当たり前のように並んでいる。飛行艇が発着できる街は物が良く集まるため栄えるのだ。


 工場地帯からも離れ、繁華街の喧騒も少し遠くて遮音性の高い室内には入って来ない。おまけにもう夜中の2時だ。


 そんなホテルの1室で、ヴィセはラヴァニと共に息を潜めていた。


 廊下から何者かが様子を伺っている。最初に気付いたのはラヴァニだった。


「ドラゴンの血のせいで感覚が鋭くなったのか」


 ≪静かな村で感覚が研ぎ澄まされているのではないか≫


「どっちでもいいけど、まいったな。鍵開けられる事はねえと思うけど」


 ヴィセはテレッサに言われた通り、セキュリティの安心なホテルを選んだつもりだった。しかし、十分ではなかったようだ。


 安さが取り柄の不用心な宿には泊まりたくないが、1泊2万も3万も出したくはない。そんな者達が泊まるホテル。周囲に比べれば比較的安価。ヴィセのような旅の初心者が泊まりがちなホテルだ。


 寝泊まりするだけなので他の客ともすれ違わず、誰がどうなっていようが誰も気にしない。強盗からすれば金を持っている初心者を襲いやすい場所という事でもある。


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