Journey 03(009)
ヴィセが店内に入ると、店員は営業時間終了の札を下げ、入り口に鍵を掛けた。
「その、ごめんなさい。ドラゴンを信仰していると思って咄嗟に嫌な反応をしてしまって」
「それを謝るために? いいさ、当たり前の反応だ、気にしていない」
わざわざそのために呼び止めたにしては大げさだ。ヴィセは頭を上げない店員に、再度気にしていないと告げる。
「あなた、あまり旅の事を知らないようだから、力になれたらと思ったの」
「まさか、ついてくるのか」
「流石に店を辞める事はできないわ。ここは両親の店だけど、霧を吸ってしまってね。病気なの」
店員はヴィセに手招きをし、カウンターに腰掛ける。
「まず、ドラゴンの話。ドラゴン討伐をする人って、自分の手柄にしたい人が殆どよ。邪魔されないよう、振る舞いには気を付けて。全てを信じてはだめ」
「世界平和だの大義名分を掲げても、結局自分の武勲を上げる事が目的という事か」
「そう」
店員は純粋というよりは世間知らずなヴィセを心配していた。ヴィセの容姿への好感度による部分も大きかったが、村を焼かれたというのに復讐とも言わず、どこか諦めたように見えたからだ。
「それならば、引退した人を知らないかな。今はもう追っていないというなら邪魔する理由もないだろう」
「引退した人なんて見つからないと思う。ドラゴンを追う夢を語る人はね、言うだけで行かないか、行ったまま帰ってこないか、どちらかよ」
「帰ってこないって、どういうことだ?」
「さあね。帰ってこないんだから聞きようがないわ。とにかく、ドラゴンを倒したいのなら、討伐隊を編成する事になっても同業者が守ってくれる事は期待しないで」
店員はそう言って、傭兵が集まる店への地図を描いてくれる。
「それと。両替商に行く時は気を付けて」
「気を付ける? 騙されるって事か」
「中にはそういう両替商もいるかもね。でも、それはあなたが知識をつけて真贋を理解していれば済む事」
「じゃあ、なんだ」
ヴィセが聞き返すと、店員は視線だけをヴィセの背後に移す。ヴィセはゆっくりと振り返り、視界の端で入り口の扉を捉えた。
入り口には人の気配がある。あからさまに覗き込んではいないものの、誰かが店内を気にしている。
「理由はあれよ。あなたが大金を持っていると分かって、後をつけている。両替商に出入りする客を見張って、金を奪えそうな人に目をつける悪党よ」
「追いはぎか。分かった、気を付ける」
「まあ、あなたほどの体格なら逃げ切れるし、戦えるとも思うけど。1対1とは限らないから」
「あんたは大丈夫なのか」
「うちは兄が町の警備隊にいるし、手を出す馬鹿はいない」
そう言って店員はニコッと笑う。同年代の女の子から気にかけて貰えたなら、やはりホッとするものだ。ヴィセの表情も幾分柔らかくなった。
「色々有難う、本当に世話になった」
「いいの。私こそがめつく大金を貰ったし。エビノ商店のテレッサよ。テレッサ・エビノ」
「ヴィセ・ウインドだ。機会があればまた寄るよ」
「ヴィセ、ね。忘れない」
握手を交わし、テレッサが頬を染める。ヴィセも悪い気はしないのか、優しく微笑んだ。が、その時、テレッサはヴィセのコートの下が僅かに動いたことに気付く。
「コートの下、何か連れてきてる?」
「えっ」
「動いて見えたの。いや、気になってはいたんだけど、やっぱり何かいるって思ったから」
「あー……ああ、ちょっとね」
≪すまぬ、油断をした≫
肯定すれば見せてくれと言われるのは分かっていた。しかし、何かを連れていると確信されているのに誤魔化せば、せっかく味方になろうとしてくれているテレッサが不審に思い、敵に回るかもしれない。
名乗ってしまった上、テレッサの兄が警備隊にいるとなれば、きっと通報も迅速に行われる。
「……トカゲだ」
「トカゲ?」
≪我をまたトカゲと呼ぶか。方便も良いが、もう少し言いようがないものか≫
ヴィセはラヴァニの抗議を受け流し、そろそろ行くと言って席を立つ。よりによって何故トカゲなのか、疑問に思われて当然だ。
「……何か違和感があったんだけど、あなたドラゴン退治に向かうようには見えないわね」
「そうかな。人は見かけによらないさ」
「何かを隠しているのは分かる。他人に聞かれちゃまずい事なんでしょ。完全に私の好奇心なんだけど、何故金貨なんて持ってるのか、ドラゴン信仰だとか村を焼かれたとか、ドラゴニアの事を調べるのか」
「金なんて使うあてのない村だったから、昔のものが残ってた。ドラゴン信仰は、ドラゴンがこの世界の浄化のため、行き過ぎた人族を止めるためと考えるものだ。村を焼かれたのはそのせい」
テレッサの追及を無視しても良かったが、そうなればこの町に長くいない方がいい。ドーンに移動する前にもう少し色々と理解を深めたいと思い、ヴィセはその場しのぎでうわべだけの説明をする。
「ドラゴニアを探しているのは? ドラゴン信仰にありながら倒すの? 村の名誉のため、噂を否定したというのに、その村が守った信仰をあっさり捨てて討伐なんて。憎しみの欠片も出さないのに」
「……隠したい事があると分かっているなら、そっとしていてくれないか」
ヴィセは少し声のトーンを落とす。暗に、テレッサには関係ないと言っている。一見の客相手に素性を探ろうなど、あまり褒められた事でもない。
が、テレッサは動じなかった。
「ただ知りたいだけってのは半分本当。残りの半分だけど、再度私が協力できることはない? きっとあなたを不審に思うのは私だけじゃない。ある程度警戒心を解いてくれたと思うけど、私でもおかしいと思うもの」
「どういう事だ」
「あなたが隠しているもの。それを知ったうえで旅のアドバイスが出来ないかって事よ。人を殺して逃げているとか、ドラゴンで世界を破滅させるって事なら協力できないけど。そうじゃないなら力になる」
ヴィセは悩んでいた。これから多くの人から話を聞き、それに基づいて行動する。だが自分の事は極力伏せ、対価は金や労働力で済ませ、情報だけを得たい。
その一方で、身寄りのないヴィセは友人と呼べる者も、知人と呼べる者もいない。頼れるのはラヴァニだけだ。
「あんた、ドラゴンの事をどう思う。ドラゴンを信仰していた村が焼き討ちに遭ったと聞いて、どう思う」
「あなたが本音を言ってくれると信じて、私も本音で言う。ドラゴンは……私は怖いし、殺されたくないからどこかに行って欲しいと思う。焼き討ちは……そうね、なんでドラゴンを信仰する事になったのか、それ次第だわ」
「理由があれば焼き討ちをしてもいい、と」
「可哀想と思うのか、やり過ぎだけど同情出来ないと思うか、理由を聞かなければ言えないわ」
興味本位で首を突っ込まれて話すべきなのか。ただ、ヴィセにとってこれが3年ぶりの他人とのまともな接触だ。人恋しい気持ちに、ヴィセはとうとう負けた。
仲間が欲しい、知人が欲しい、いつか自分か帰れる場所が欲しい。自分の事を知って欲しい。
その思いを20歳にも満たない若者に我慢しろと言うのは酷かもしれない。
≪自らの事を明かすのか≫
「ああ、仲間は必要だ。お前にもな」
「……誰と話してるの?」
「あんたが知りたがってた俺の秘密」
そう言ってヴィセはコートのボタンをあけ、脇の下に隠れていたラヴァニを見せた。
「ひっ……ど、ド……」
テレッサは椅子から転げ落ち、腰を抜かした。状況を理解できず立ち上がろうともしない。
「騒がないでくれ。知りたいと言ったのはあんただ」
テレッサの反応は容易に予想できた。むしろ大声で助けを呼ばなかった分、想定よりもマシだ。
驚かれる事などどうでもいい。通報されたり、命を狙われるのでなければ構わなかった。一度打ち解けた相手に嫌われるのはつらいが、ヴィセはその可能性をきちんと考えていた。
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