Journey 02(008)
「知っていたら聞いたりしないんだけど」
「そうね、そうよね。どうせ後で両替商に持ち込めば分かるだろうから、正直に教えてあげる。この金貨1枚で15g(グラム)あるの。銅とニッケルで作られた500イエン硬貨と大きさは同じだけど、2倍ちょっと重い」
店員が詳しく教えてくれようとするが、ヴィセは価値さえ分かればよい。あまり反応が良くない事を悟ったのか、店員はため息をついておおよその金額を紙に書いた。
「私が直近で聞いた話だと、金1gで9000イエン。殆どの金鉱山が霧の下にあるから、年々価値が上がってる。9000イエン×15gで13万5千イエン」
「結構するんだな」
「ええ、そうよ。うちにある商品を必要以上に買ってもまだ余る。おまけに金貨自体の歴史的希少価値があるから、まあ20万イエンは下らないでしょうね。それを出されてもおつりが出せないわ」
流石に20万の価値があると言われると何事も無いかのように出すことは出来ない。
ヴィセは悩んだ挙句、金貨ではなくプラチナ貨を渡そうとする。それも15万イエン程の価値があると聞き、ヴィセはいよいよ困ってしまった。
「イエンで払おうにも手持ちが足りない。先に両替をして来てもいいかな」
「そうね。代金としてというよりも金貨やプラチナ貨自体が珍しいから、すっごく欲しいんだけど……どうしようもないわ」
店員のため息に、ヴィセはまだあと10枚以上ある金貨とプラチナ貨、それに2万イエン分の札と硬貨でどれだけ旅が出来そうかを考える。
数百万イエンを持っているとなれば、そうそう困る事はない。ヴィセは金貨1枚を店員に差し出した。
「え、いやだからおつりが無いってば。私じゃ本当に金貨かどうか判断できないし」
「あんた、口は堅いか」
「え? 何?」
「もう少し要るものを買い足す。金貨が本物か俺にも分からないし、一緒に両替商まで付いてきて欲しいんだ。それと、色々教えて欲しい事がある。これが本物なら、それと引き換えに釣りはいらない」
金貨が本物であれば、これは破格の取引だ。ヴィセが必要とするものを買い足したところで10万イエンにも届かないだろう。店員はため息とともに頷いた。
「……分かった。後で返せと言われても返さないからね」
* * * * * * * * *
両替商で調べてもらい、結局ヴィセの手持ちの古貨は全て本物だと分かった。鑑定書も受け取り、金貨とプラチナ貨をそれぞれ1枚ずつイエンに換えている。
ヴィセはそのイエンで払うのでもなく、約束通り1枚の金貨を店員に渡した。
買い足したのは地図や短剣など、結局合計で5万イエンにも満たない。
「さあ、それで。私は何を教えたらいいの? 代金の倍以上貰っちゃったけど、体を差し出せなんて言わないでね」
「体? 別に命を取ろうって訳じゃない」
「あー……いいわ、忘れて」
予想以上に世間知らずだと分かり、店員は苦笑いする。物の価値だけでなく、町では当たり前のやり取りもヴィセには通じない。
体を差し出せとはつまりどんな意味なのか、娼婦という単語も説明されるまで分からないだろう。
「ドラゴニアを知っているか」
「ドラゴニア? 伝説の大陸のこと?」
「そう、そのドラゴニアだ。どこにあるのか、今ドラゴンがどうなっているか教えて欲しい。生憎辺境の小さな村に住んでいると、世界がどうなっているのかなんて話は入って来ないんだ」
ヴィセはずばり目的地を尋ねる事にした。場合によってはドラゴニアという言葉を出しただけで警戒され、ドラゴンとの繋がりを疑われるのではないか、そう思ったからこそ対価を用意したようだ。
どうやらそれは考え過ぎだったらしい。
「いろんな地を回る人がよく立ち寄るし、世間話程度なら聞いたこともあるよ。まさかあなた、ドラゴン退治で儲けたい人?」
「いや、退治とまではいかないけど、ドラゴニアに興味がある。最近ドラゴンの出没はあったかな」
「3年前だったかな、飛行艇で行けば何時間も掛からない集落が、ドラゴンに焼き払われたって話は聞いたけど」
3年前、この付近といえばラヴァニ村の事だ。焼き討ちは人の手によって行われたが、村を襲った者達がドラゴンの仕業と言いまわっているのだろう。
1つ目の情報から早速間違っている。こうなってくると、ドラゴンの情報全てが怪しくなってしまう。
「他に何かないかな。ドラゴニアの場所とか」
「場所まではさすがに。そうね、ドラゴンを追っている人は多いけど、私にその目で見たって話をしてくれた人は2人。1人は7年前、もう1人は20年以上前の話をしていたかな。7年前はずっと西の町ね。工業の町ドーン」
「そうか、有難う。ドーンで当時の事を聞くのが早いか……」
ヴィセは心の中でラヴァニに話を聞いていたかを確認した。同胞がまだ最近まで生きていたと分かれば安心すると思ったからだ。
≪まだ世界のどこかにいると分かり、安心した。感謝する≫
ラヴァニはドラゴニアなどいくつかの単語を知っているのみ。それでもヴィセを介せば人の言葉を理解できるようになった。
「なあ、この町で全身黒づくめの甲冑を着た男を見かけていないか、3年程前と思うんだけど」
「黒い鎧……私は分からないわ。見た目や行動に特徴ある旅人なら、大抵言われたら思い出せるけど。あなたとかね」
「では、ドラゴンの血を持ち歩いている男に心当たりは。ドラゴンと生活しているとか」
「ドラゴンの血ですって? ドラゴンと一緒に生活なんてあるわけないわ。一瞬で殺されちゃう」
やはりヴィセが知らなかった訳ではなく、ドラゴンと共に生きる事は普通ではないようだ。
「ああ、でもドラゴンじゃなくて、ドラゴンを追ってる人は飛行艇の発着場の近くで見つかるかも」
「ドラゴン討伐か」
「そう。傭兵稼業の人が集まる酒場もあるし。ドラゴンの話はそっちの方が色々知っているかも」
これ以上は尋ねても噂や世間話の域を出そうにない。ヴィセは質問をやめ、有難うと告げた。
そして、1つだけ質問ではないものを話す。
「……口は堅い、そう言ったな」
「言った覚えはないけど、秘密は守る」
「3年前にドラゴンが村を焼き払ったという話はラヴァニ村の事だろう。けれどそれは間違いだ。本当はドラゴンを祀っていることで邪教徒と言われ、近隣の村から焼き討ちされた」
「それは本当なの? そんな話は誰からも聞いたことが……」
「俺がそのラヴァニ村最後の1人だからだ」
ラヴァニ村の生き残りを打ち明けたなら、どんな目で見られるかは分からない。しかし無残にも殺され、焼かれていった両親や故郷の名誉のため、ヴィセはどうしても真実を知ってほしかった。
案の定、ドラゴンを祀っていたと聞いて店員の顔は曇る。ヴィセは寂しそうに笑顔を浮かべ、買った品物を新しい鞄に入れ始めた。
≪なぜ打ち明けた。命を狙われるのではなかったか≫
ラヴァニの問いかけに対し、ヴィセは死んだ村人の名誉のためとだけ答える。やがて無言のまますべて詰め終わると、ヴィセは顔を上げ、店員に会釈した。
「世話になった」
ヴィセは店の扉を開け、外に出る。
2歩ほど進んだところで店の扉が開き、店員が引き留めた。
「ちょっと待って!」
「ん、何か」
「あー、ちょっと中に」
店員が周りの目を気にするように左右を確認し、手招きする。ヴィセはドラゴンの話を怪しまれたと分かっていたが、大声を出されたくないと思って従った。
≪あの女、何を考えておるのだ。もしそなたに危害が加わるようであれば口を封じた方が良い≫
「そうならない事を願うよ。人殺しになりたくはない」
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