The Day 05(005)
「御覧の通り、俺は別に化け物になった訳でもない。火を吐ける気もしないし、飛べそうにもない」
≪考えが及ばぬか。まあ狭い世界を生きる人の知恵など、その程度で仕方はないが≫
ドラゴンの物言いにムッとし、ヴィセがドラゴンを睨む。村の火の勢いが弱くなり少しずつ暗くなっていく中、その睨みがドラゴンに効いたのか定かではなかった。
≪我らは破壊の民である人らを浄化する側にいる。その仲間という事が何を意味するか、分からぬ程の愚か者ではなかろう≫
「……つまり、俺にとって人が敵になる。俺は人にとっての敵、か」
≪そなたは我らの掟に引きずられる。反対に我々を引きずる事も出来るが、その力の使い方を間違えたなら」
「俺が、人を浄化することと同じって事か。さっきのように」
≪如何にも。我らにとって同族殺しは最大の禁忌。もしも人の立場でドラゴン狩りに加われば、そなたには死が待つのみ≫
ヴィセはようやくドラゴンの言葉の意味を理解した。もしも誰かがドラゴンの怒りに触れたなら、自分はドラゴン達の感情に呑まれ、その者へと刃を向けるかもしれないのだ。
「俺はドラゴンを殺せない。けど人を殺す側に回る事は出来るって事か……厄介だな」
人殺しをしたいとは思っていないが、村を焼かれたヴィセはあまり人側に立つ事への思い入れがない。生き残った同胞がいるならともかく、人が浄化されるのならそれは仕方がないと告げる。
「俺が人を殺すなと思えば、ドラゴンが思い留まる事もあるって事だよな」
≪浄化の必要性に勝つほどの強い意思なら、そうだろう≫
ヴィセは腕組みをして少し悩んで見せた。ドラゴンと人を仲介、もしくは仲裁する立場になれたなら、ドラゴン信仰で迫害された自分、亡くなった親や同胞の名誉を回復できる。
ドラゴン殺しをしたいとも思っていない。村を焼いた者達への憎しみや恨みは消えていないとしても、殺したいと思っている訳でもない。
ただ、愚かな事をしたと一生後悔しながら生きろと願っているだけだ。
やり返すわけではなく、ただ罪人を見返す。自分や故人の名誉を守る。それは旅に出るヴィセにとって、些細だが大きな目標になり得た。
「俺に血を飲ませたって男は何者なんだろう」
≪見当もつかぬ。何故我らの血を持っているのか、それも飲ませられるほど新鮮なものを持っているのか、我も気になるところではある≫
「俺みたいにドラゴンの血を飲んだ奴なのか」
≪我の預かり知らぬところではそのような事もあるだろう≫
ヴィセは矢で胸を貫かれてなお生き延びることができた。しかも目覚めた時には既に胸から抜かれ、その傷口はなかった。
ヴィセにとってそれはずっと謎のままだった。ドラゴンの力を借りなければ永遠にそのままだった事だろう。
男の正体は分からない。ドラゴンの力云々はともかく、助けてくれたことには礼を言いたい。しかしドラゴンの方も男の正体について心当たりはなさそうだ。
「どのみちここに住むことは出来ない。俺は生憎この小さな村で生まれ育って、この世界の事なんか殆ど知らない。まず旅に出て色々な知識を得ようと思う」
≪そうか、良い心がけだ≫
「その助けてくれた人に礼も言いたいし、ドラゴンの血とどう向き合って生きるべきか、その人なら考えをくれるんじゃないか。だからその人を探してみるよ」
≪我も気になるところだ。ドラゴンの血を手に入れられる者がいるのは何故か。我が同胞が捕らえられ、どこかで虐げられているのか≫
「まあ、それも一緒に探してみる。なんつうか、敵討ちを頼んだつもりはないけど、恨みを分かち合ってくれて有難うな」
そう言ってヴィセは暗い夜の雪道を歩き出す。雪が靴の底で押しつぶされ、ぎゅっとなる音だけが規則的に続く。燃えている村の中から火を持ってきても良かったが、生憎油がない。
そんなヴィセの傍にはまだドラゴンがいた。
「……え、何、ついてくんの」
≪すまぬが、我はどれ程眠っていたのか知っているか≫
「んー、言い伝えでは500年くらいって事になってるけど。1年って時間の感覚分かるか」
≪おおよそは。そうか、そんなに長く眠っていたか。同胞の気配を感じ取れぬのは、その間に仲間が絶えたか、それともドラゴニアが遠過ぎるのか」
「ドラゴニア?」
ヴィセは聞きなれない単語を訊き返した。村の外の者なら知っているのかもしれないが、ヴィセの知っている世界はごく狭い。
ドラゴンはヴィセに対し言い難そうにすることもなくその正体を告げた。
≪我らの地だ。ドラゴンの住まう天空の大地≫
「天空? だとしたら世界の地図を買って、高い山を探せば行けるな」
≪山の上ではない。空に浮いておる≫
「は? 空に? えっと……土地が?」
ヴィセは再びドラゴンへと聞き返した。空に浮くのは鳥などの翼をもった生き物や、布を張ったカイト、それに機械駆動の飛行艇くらいしか思いつかない。まさか大地を浮かせる技術がこの世にあるとは思ってもいなかった。
ドラゴンはヴィセの知識がどこまで及んでいるかを知らない。ヴィセが技術の結晶だと思っているのに対し、ドラゴンは全く別の答えを告げる。
≪浮遊鉱石を知らぬか≫
「あー……あ? 知らない」
≪我らドラゴン族と人との争いの発端となった貴重な鉱石だ。その石は大きさ次第で一定の高さを浮遊する」
「石が宙に浮くのか! それはすげえや!」
ヴィセはそのようなものがあるとは知らず、とても便利だと言って喜ぶ。一方、ドラゴンはその喜びを遮った。
≪そなたのような考えを持つ者が、我らの地を狙いはじめたのだ。空に浮かぶ事の出来ない彼らは、我らの討伐にいっそう力を入れ始めた。我らを襲う者達が浮遊大地をドラゴニアと呼んでいた」
「ドラゴンって、その場所以外に住処はねえの?」
≪どこにでも住めるが、考えが及ばぬか。我らと人の距離が近ければどうなるか≫
「あー、まあ陸続きで行ける場所に互いが住んでいたら、ドラゴン退治だの、人を襲うだの、良い事はねえわな」
≪少なくとも500年より前はそれなりに距離を保ち、要らぬ争いが起きないよう努めていた。ドラゴニアを奪おうとし、我が同胞を殺す者が現れるまでは≫
太古の昔、浮遊鉱石を含んだ山が地震で崩れ、空を漂い始めた。浮遊鉱石の存在を知る者がいたわけではなく、突如浮かび上がった山の一部に誰もが驚いた。
ドラゴンは世界の安定を求めているだけで、人を殺戮するために生きている訳ではない。人を避けて浮遊大地「ドラゴニア」で生きる事にし、地上を人族に渡した。
一方、山の残骸にも極僅かな浮遊鉱石があり、後の世代の人々はその力に驚愕した。浮遊鉱石の便利さを求め、人族はその浮遊大地を奪おうと考え始めた。
空を飛べたなら、浮遊大地に到達することができる。そう考える者も出始め、次第に飛行技術が発達し始めた。
浮遊鉱石を使ったグライダーのようなものから、次第にネジ巻き式、蒸気、鉱油、様々な動力機関が開発されていく。
大地が浮遊を始めてから1000年。現在大きな町では飛行艇も珍しくない。そのおかげで産業の発展も一気に進んだ。
「今は空を飛ぶ道具もある。ドラゴニアはもう人に見つかって奪われているかもしれない」
≪……人の手に渡った、か≫
「決まった訳じゃねえよ。ただ、霧の上で生活するのに、飛行艇は必須だ」
≪霧? 霧の中でも生きていけよう。いずれ晴れ渡るものだ≫
今度はドラゴンがヴィセに問う番になった。ヴィセは自身の乏しい知識で、簡単に説明をする。
「俺の言う霧ってのは、人や多くの動物にとって毒を含んだ空気の層の事さ」
≪何だそれは。詳しく聞かせよ≫
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