The Day 06(006)
「経緯まではしっかり教えられてないけどな。昔、人とドラゴンとの間で戦いが起きた時、人族は毒を大量に使って応戦した。けれどそれはドラゴンに効かなかった」
≪その残りが未だ漂っているのか≫
「ああ。内陸の山に囲われた殆どの場所で、霧は漂い続けている。戦いは150年前の話だそうだ」
村に訪れた者達が「霧が上がって来た」と言っていたのは、まさにその毒の事だった。
大気よりもやや重いせいで、殆どの場所は地上から標高1000メルテ(1000メルテ=1キルテ=1000メートル)まで霧で覆われている。
この世にいくつかある大陸のうち、小さな1つは無事だと聞くが、残りの4つの内陸部はどこも同じ状況だ。嵐が吹き荒れようと、内陸の空気が掻きまわされるだけで、あまり改善は見られない。
海上は50年程で霧が晴れたものの、僅かな海岸沿いの土地を巡って、いつも人同士の争いが絶えない。
≪この世界は、我の知っている頃とは様子が違う。さて、どうしたものか≫
「俺も、ドラゴンについて何も知らないし、浮遊大陸の事も知らなかった。旅の先が思いやられるぜ」
ドラゴンの血を体に宿した世の中の知識が殆どない若者と、大昔の事しか分からない小さなドラゴン。どちらも単独で行動できるほど、世界は優しくない。
≪そなたに提案がある≫
「ん、何」
≪ドラゴニアを探したい。そのために我を同行させては貰えぬか≫
「へっ!?」
ドラゴンからの突然の提案に、ヴィセは思わず声が裏返る。ドラゴン信仰のせいで村を焼かれたというのに、ドラゴンを連れて歩けばどうなるかは明らかだ。
「ドラゴンを連れて歩けるわけないだろ。ドラゴン祀ってるだけで村ごと焼き払われるんだぞ」
≪そなたの服の下、もしくは肩から下げたその物入れの中でも文句は言わぬ≫
「……人のいる場所を仲間に教えて、襲わせるってんじゃないだろうな」
ヴィセはまさかドラゴンが自分と行動を共にするとは考えていなかった。ドラゴンは人を襲う。自分は対象外かもしれないが、周りの者は違うのだ。
世の中にいるのは自分の村を焼いた者だけではない。無用な敵は作るべきではないし、自分の素性を知らない者にまでドラゴンとの繋がりを知らせる必要はない。
≪我はこの500年、この世がどう変化したかを知らぬ。ドラゴニアの地もどうなったのか、同胞の安否も分からぬ。それを知るにはそなたに頼るしかない≫
「ドラゴン達が今どうしてんのか、それを知りたいからって事か。そりゃ、俺は別に急ぐ旅じゃねえけどさ」
ドラゴンと旅をすれば、人目を避ける事になるだろう。だが欲しい情報を手に入れるには人との接触が欠かせない。ヴィセの旅には自身の素性を知られない事以外に、別の制約が発生する事になる。
その点についてはドラゴンにも認識があったようだ。
≪窮屈であろうと耐える事に苦はない≫
「ん~、つってもなあ」
≪そなたにとっても、悪い話ではないはずだが。同行を認めるなら我の知識をそなたに渡すこともやぶさかではない。ドラゴンについて、知るべき事もあるだろう≫
「……確かに、ドラゴンの事は知っておきたい」
ヴィセはバレたらその時はその時かとため息をつく。命を狙われたとして、ドラゴンがいて勝てない事はまずないだろう。問題は、ドラゴンの怒りが周囲を滅ぼす事。
狭い社会で生きてきたヴィセが身を守るためには、本来ならば強くて口が堅く物知りな相棒が欲しい所。それが適わないのであれば、強くて口が堅い相棒が次点……つまりはドラゴンでも頼もしい。
「分かったよ。ドラゴンについて、色々と教えて欲しい事も出てくると思う」
≪しばらく世話になる。安心しろ、一生涯を付きまとうつもりはない。そなたが……≫
「ん?」
ドラゴンは途中で言葉を切り、そしてヴィセから顔を背けた。
≪何でもない。そなたが……我が同胞を討たなければの話だ≫
「ドラゴンに勝てる訳ないだろ。そういやあドラゴンさんよ、名は何と言うんだ? 俺はヴィセ。ヴィセ・ウインドだ。まあ俺の記憶を見たならもう知ってるか」
≪我に名はない。我らは同胞をそれぞれ存在として認識している。人族のように名を付ける習慣はない≫
そう言われてもドラゴン相手に「おい、ドラゴン」と呼ぶのも変な話だ。猫相手に猫と言うのと一緒であり、他にドラゴンがいる場所で「おい、赤いの」と特徴で呼ぶのも紛らわしい。
「あー、その、俺がトカゲ呼ばわりした事、今のうちに謝っておくわ」
≪トカゲか。そなたの言うトカゲとは……成る程≫
人族が名付けたもの全てを知る訳ではないらしい。トカゲと呼ばれるのはどの生き物か、ドラゴンはヴィセのイメージを読み取った。
≪トカゲと呼ばれても構わぬぞ。我は今、トカゲと大差ない小さく無力な存在だ。しかしいずれは空の如く大きな力となろう≫
「でも、トカゲと呼ぶのはやめとくよ。別に馬鹿にする必要は無い」
ヴィセはしばらく知人の名や、本で読んだ神話の登場人物の名を思い浮かべる。しかし、しっくりする名がない。
ヴィセが悩んでいる間、先に提案をしたのはドラゴンの方だった。
≪ヴィセ。そなたの村の名は何と言った≫
「ん? ラヴァニだよ」
≪ラヴァニ、か。では我が名をラヴァニとしてはどうか。我を助けた者達の里の名だ。誇るに値する≫
ドラゴンの予想外の提案に、ヴィセは驚きつつも嬉しさを感じていた。自身の故郷を想ってくれ、自分の名にしてくれるとなれば、言う事はない。
≪そなたの故郷のように真っ直ぐ、そしてそなたや故人を守る存在となろう≫
「分かった。そこまで言ってくれるなら別の名を付ける必要もない。宜しくな、ラヴァニ」
≪ああ、しばらく世話になる≫
ヴィセはラヴァニをコートの下に入らせ、真っ暗な雪道を歩く。時折雲の切れ間から星明りが差すのを頼りに下っていき、分かれ道を大きな町がある方へと向かう。
全てを失った少年は無人の故郷を背にし、ドラゴンを従えて歩く。
辺境の小さな田舎で、目立った楽しみはなくとも慎ましく生きるはずだった未来。
焼き払われ誰もいない村で、もう暫く諦めと共に過ごすつもりだった未来。
そのどちらも失ったヴィセは、新たな未来へと向かい始める。
自身は人なのか、ドラゴンなのか。黒い鎧の男は、ドラゴンやドラゴンの血を取り入れた者の何を知っているのか。
浮遊大地ドラゴニアに着いた時、ラヴァニと共に何をその目に映すのか。
大きな運命を背負っている事に、1人と1匹はまだ気づいていなかった。
【The day】 村を焼かれた少年とドラゴンの邂逅 end.
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