The Day 04(004)
「燃えてるじゃないか!」
こみ上げる感情をどうにか抑えながら、ヴィセは朽ちた家が燃えている横を通り過ぎる。その先で見た光景に、思わずヴィセの足は止まった。
赤黒い大きなドラゴンが、炎を吐きながら訪問者を追い回していたのだ。
ドラゴンが大きな翼をはためかせる度に火が燃え広がり、滑空しては男達を攻撃している。
「ドラゴン……あのトカゲの親か……うぁっ!?」
光景を把握した途端、ヴィセの胸がまた痛み始める。その場に膝をついて胸を抑えるが、治まりそうにない。
目の前では、炎の中を逃げ惑う数名の男達が焼かれていく。
その光景を見ながら、ヴィセはいつしか自分の顔が嘲笑うかのような表情に変わっていた事に気付いた。
「なんて顔をしてんだ俺は」
心配ではなくいい気味だと思ってしまった自分の本心に驚き、ヴィセはなんとか気持ちを落ち着かせようと努め始める。
自身の中に湧き上がる歪んだ感情を沈めた時、目の前の惨劇は既に終わろうとしていた。
大きな体で飛び回り、侵入者を攻撃していたドラゴンの姿は消えている。
3年前に焼き討ちにあった後、これ以上焼けるものがそもそも残っていなかったため、炎の勢いも弱い。ヴィセが住んでいた家も、この調子なら最初に消し炭になっただろう。
いつの間にか胸の痛みも消え、ヴィセは安堵のため息をついた。
安堵といってもきっと侵入者達は無事ではない。が、かつて村を焼いた彼らへの哀れみは持ち合わせていない。ヴィセに安否を確かめにいく気はなかった。
「火を消せと言われて消せる状況じゃないし、どうするか……ん?」
ヴィセはふいに頭上から吹く風に気が付いた。ハッと見上げた時、そこにはあの「トカゲ」がいた。
「おい、お前……」
小さなドラゴンはヴィセの肩に降り立ち、燃え盛る炎を見ている。
「さっきのはお前の親じゃないのか、一緒に連れて帰って貰えばよかったのに」
≪親ではない、我が真の姿だ≫
「……えっ?」
突然声がし、ヴィセの肩がビクリと動いた。
≪ほう、やはり我の声が聞こえるか≫
ヴィセの頭の中に低い男の声が響く。何が起こっているのか分からず、ヴィセはまさかと思いじっと炎の明かりを頼りに注視し、ドラゴンの口元を確認した。
「お前……喋ってないよな?」
≪人に我の言葉が通じるとはな≫
先ほどはグルルとしか言わなかったというのに、一体どういうことなのか。ヴィセはドラゴンの言葉がはっきりと分かる。そしてドラゴンもまた、ヴィセの言葉が分かるようだった。
「お、俺、頭おかしくなっちゃったか」
≪そなたの中に流れる血が覚醒したようだ。我はそれに応えた≫
「まずい、3年も1人で何役も喋ってたから、本当に幻聴が聞こえてきた」
≪これは幻聴ではない。なるほど、これは面白い者に遭遇した≫
混乱しているのはヴィセだけではない。ドラゴンも言葉が通じる事に驚いていた。向こうもちょっと呟いたつもりだったのだろう。
会話が出来る事を確かめた後、ヴィセはドラゴンが放った言葉に引っ掛かりを覚えた。
「血が覚醒って、どういうことだ」
≪そのままの意味だ≫
「そのままって言われても……え、俺ってドラゴン使いの家系か何か? 親からも聞いた事なかったんだけど」
≪訳の分からぬ事を。そなたに流れるドラゴンの血が反応したのだ≫
ヴィセは自身にドラゴンの血が流れている事など、親からも周囲の者からも聞いた事もなかった。
「俺に、ドラゴンの血が……そんなはずは」
≪そなたの憎しみに共鳴し、我はあの者達を浄化した。我々は血で繋がる。そなたが血を持たなければ会話は出来ない≫
「俺が、あいつらを……殺したいと思ったって事か」
≪如何にも。どうやらそなた、自身について何も知らぬようだ≫
「俺はあそこまで痛めつけてやろうとは思ってなかったぞ! 人殺しと一緒になりたくはねえよ!」
≪それならば我が意思で焼き払ったと言っておく。我に奴らが刃を向けたので、我は身を守ったまで。その時、そなたにも我が怒りが伝わったはずだ≫
ヴィセは先程まで抱いていた感情の理由がようやく分かった。
ドラゴンの怒りに引きずられ、自身も理由のない怒りがこみ上げていたのだ。
「なんで、俺にそんな事が起こってんだよ。ドラゴンの血なんて……」
≪身に覚えがないか≫
ヴィセは生まれてから今までの自分を振り返る。ドラゴンを祀る村に生まれた事以外、ドラゴンとの接点はない。
村では皆、じゃがいもやキャベツ、その他の根菜などを作って慎ましく暮らしていた。
そもそもドラゴンの血を受け継いでいたのなら、当時ドラゴンにも怒りが伝わっただろう。焼き討ちにだって対抗できたかもしれない。
「村が焼き討ちに遭った事は知っているか」
≪封印されていた間の事は分からぬ。ただそなたの意識がそう告げている。その事実だけは共有した≫
「ドラゴンを祀るなんて、けしからん! だとさ。俺の両親も死んだ。俺の他に1人だけ息があったけど、大やけどで焼き討ちから3日目に死んだ」
≪そうか。何年、何百年眠っていたかは知らぬが、この村は温かかった。その子孫であれば、我も恩を返さなければならぬ≫
「どういう事だ?」
≪手負いだった我を哀れに思い、倒したことにして匿ったのだ≫
ヴィセが村の者から聞かされていた限りでは、およそ500年前の出来事だ。村の伝説が本当だったと分かり、ヴィセはおおよそ全てを把握した。
「匿っている間に、あんたは自ら眠りについた。小さくなったのは何故か知らないけど」
≪それは我が力を全て解放し、この身に……≫
「あー分かんない分かんない。とりあえずそれを俺が起こしたって事だ」
ドラゴンの話しぶりからすると、ヴィセとドラゴンの接点はそれだけだ。村人がドラゴンの血を受け継いでいるようでもなく、祠を壊した事とドラゴンの血にも接点がない。
「今まで、何事もなく生きていたんだ……あの焼き討ちの日まで」
そう言った時、ヴィセの脳裏には母親と共に瀕死で追われていた様子が浮かぶ。
自身は背中に矢を放たれ、母親は大きく斬りつけられ、共に畑の中へ倒れ込んだ。その時ドラゴンに祈り、助けを求めたかどうかは定かではない。
ただ、ヴィセはその後の自分への違和感を思い出した。
「そう言えば、自分では背中を見ることが出来ないけど、胸まで貫いたはずの矢の痕がないんだ」
≪少し待て。そなたの記憶を、当時の様子を探っている≫
ドラゴンはヴィセの顔をじっと見つめながら、記憶を読み取っている。
当時の記憶から感情や意思を読み取ることは出来ない。しかし、出来事は見た事のように把握できる。それがドラゴンの言う繋がりの力の1つだ。
≪そなたらの前に現れた黒い甲冑の男を覚えているか≫
「黒い甲冑……いや、覚えていない」
≪そなたの母親が助けを乞うた所で記憶は読み取れなくなった。恐らくだが、その男がお前に我々ドラゴンの血を飲ませ、血で傷口を洗って治した≫
「ドラゴンの血を……持ってる奴なんかいるのか?」
≪確かめる術はないが、そうではないかと推測する。そなたが生き永らえた事もふまえ、その可能性は極めて高い≫
「そうか、その時……。ドラゴンの血には怪我を治す効果があるのか! 凄いな」
ヴィセは万病薬だと言って喜ぶ。ドラゴンはそれを諫めるように遮った。
≪分かっておらぬようだな。我らと繋がるという事が何を意味するのか≫
「え? 何をって、そりゃあドラゴンの怒りが伝染するなんて面倒だとは思うけど。空でも飛べるようになるのか?」
ヴィセが両手を翼のように羽ばたかせて見せる。
≪そなたは我々の仲間になったのだ。もはや人ではない≫
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