6-5.『お宅の飼い犬は躾がなっていないようだ』
激突の衝撃で、背にした鉄柵は紙細工のように
「がは……ァっ」
脳髄を駆け上がる激痛、喉奥から
ぷつり、と。唐突に。
電源を切られたブラウン管テレビのように、その輪郭を何重にも揺らがせて。
意識を埋め尽くしていた
筋繊維を千切られた激痛と
「なるほど、貴方の〈遺体(弱点)〉は
〈遺体〉が損傷した。〈
支えを失った上半身が重力の
剥がれ落ちた錆びの破片が飲み込まれていくのを尻目に、手近な鉄柵の切れ端を掴んで抗う。
「おっと、大丈夫ですか?」
そんなアルバートへ冷笑を向けながら、〈セーレ〉はまるで命綱でも
引きずり出された俺の
「……驚いたな、〈遺体〉を半分しか取り込んでいないとは」
痛覚からの
手にした臓物を物珍しい骨董品のように
意識が
それでもひどく冷静な思考の芯には、ある疑問が浮かび上がっていた。
――何故、
奴の〈権能〉の本質を言い当てたときだってそうだ。
心音にも呼吸音にも、当てずっぽうの推理を的中させた高揚や安堵感は無い。
まるで、
その疑問は、苦痛よりも強く顔に現れていたのだろう。眼前にある〈セーレ〉の顔が、うっすらと
「どうしたんです、不思議そうな顔をされて。……まさか、まだ自分のクセが分かっていないんですか?」
言われてようやく、その可能性に思い至る。
実際に分かっていたのだ。奴は俺の
「――ぐるるるぅあッ!!」
戦慄の
頭から丸呑みにしようと大口を開けるも、〈セーレ〉が指を鳴らすと隣の鉄柵をアルバートの右腕ごと噛み砕いていた。
氷結した血肉が飛び散る。身体を支える命綱のひとつが外れ、体勢が大きく揺らぐ。
しかし即座に狼頭が氷の枝となって片腕を絡め取り、間一髪で落下を
「――だーかーらーぁ」
血混じりの安堵の息を吐くアルバートを他所に、距離を詰めたワイスは不機嫌な子供のように口を
「
ワイスの理性が焼き切れるまで、もう時間がない。
接近した理由が俺の
狂犬を繋ぐ首輪は外れかけている。もし次に大量失血に見舞われでもしたら、きっとすぐにでも狂い出す。
首を薙ぐように放たれる
しかしブーツがこめかみに届くより速く指が鳴り、ワイスの姿は音もなく消えた。
一拍遅れて、壁を破砕する音がエントランスホールの方向から聞こえた。
〈セーレ〉がワイスの身体を真横へ猛スピードで移動させたのだ。視界の端まで
大量の血を吐くような濁った声が微かに耳に届き、アルバートは思わず舌を打った――あの
「困りますよ、ミスター・バーソロミュー。お宅の飼い犬は
空いている左手で自分の首筋をつついて皮肉る〈セーレ〉に、アルバートも同種の
「的外れな忠告をどうも。うちは放し飼いにする主義でね」
「なるほど……犬の躾より先に、悪知恵を吹き込む飼い主を始末した方が良さそうですね」
命の危機が迫ってもなお虚勢を張る、そんな身の程知らずへの憐れみに冷え込む蒼眼。
そこに映り込むアルバートの表情には、
「――あぁ、俺からもひとつ忠告しておくよ」
取り返しのつかない失敗をした者を
それでいて、
「首輪ならさっき――お前が外したぞ?」
刹那。
遅れて吹き荒れた風圧が、戒めから解かれたアルバートの髪をかき混ぜる。
鋭い音を響かせ壁に埋まる銀の円盤――に見えたのは、回転を掛けて
肘から先を断たれた痛みか、あるいは予期せぬ攻撃による驚きか――見開かれた
そちらへ向いた瞳孔へ迫るのは、ターコイズブルーに塗られた
間一髪、
お返しとばかりに指が鳴らされる。一瞬で懐に入り込んできたワイスの、伸び切った前腕が切断。
俯いた彼女の目許は、前髪が影となり見取れない。唯一覗く唇は歪んでいた。
痛みではなく――笑みに。
ワイスは構わず踏み込んで、断たれたままの肘先を突き出す。
断面から噴いた血はしかし、リーチを伸ばすには足りない。
血を飛ばしての
拳が打ち込まれる。
断面から間欠泉のごとく噴き出した白い骨に赤い肉が瞬く間に絡みつき、雪面のような皮膚が覆う――ここまで一瞬。
骨肉のぶつかり合う鈍い音が、数瞬遅れて響いた。
瞬間再生による攻撃範囲の伸長と、
顔を歪めて数歩後ろへよろめいた〈セーレ〉を
「――ふ、」
堪えきれない笑いを吊り上げた口の端から滴らせながら、
開かれた白髪の暗幕――そこから
「――くふ、っはは!! あっはははははッ!!」
月夜に
「――もっと、」
相棒の
「もっともっと、」
「もっといっぱいッ、あたしと
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