6-3.『正解記念のプレゼントです』
〈セーレ〉の扱う〈
方向や速度は自由自在。一瞬で相手の背後を取ることも、銃弾を減速させることも、射線を真横にズラすことも可能。
重量も問わない。日用品からワゴン車、果てはビルの上半分に至るまで
だが、
奴の
階下のショッピングモールへ繋がる、屋上の小さなエントランス。その屋根の上に腰掛けた
ワイスと〈セーレ〉の近くに立つ
――〈セーレ〉に移動させられ、同士討ちの危機に陥ったとき。
次いで視線を移す。見ているのは二人の足運びではなく、アスファルトに突き刺さった無数のナイフ。
それらの位置が、明らかに変化していた。
数分前までまばらだったはずだが、今はそのうち数本が隣り合っている。位置関係は、〈セーレ〉が自身やワイスを移動させた方向と符号する。
『足を潰す』
『ナイフは一本だけ残して全部投げろ』
そうワイスに命じ、足元にバラ
〈セーレ〉が操っている
――初戦、奴と
立ち位置が一瞬にして逆転し、部屋の奥へと追い詰められたあのとき。
奴の足下には肉片が転がっていた。
アルバートが立っていたときには無かったものが。
任意の物体だけを移動できるのなら、自分を物体と定義すれば良い。肉片まで動かす必要は無かったはずだ。
その後、棚の一部ごと本を飛ばして攻撃してきたのも、物体だけを移動できないがゆえの不可抗力だとしたら?
もし、奴の能力になにかしらの制約があり、他の物体まで強制的に移動させてしまうのならば――
ワイスがハイキックを放つのを、視界の端で捉える。
しかし〈セーレ〉が指を鳴らした瞬間、側頭に叩き込まれるはずのブーツは鼻先を掠めて通り抜けた。
〈セーレ〉が〈権能〉を用いて一瞬で後退した。
その際、奴の身体から筋音は一切聴こえなかった。
筋肉を全く用いずに、ひどく滑らかに
――初戦で、横に
机の上に乗っていた物の位置は、全く変わっていなかった。パソコンのモニタや書類ラックどころか、横置きにされた万年筆でさえ。
弾丸の射線を真横にズラしてワイスへと殺到させたときも、弾速は
弾道も逸れ、
物体そのものには力を加えていない。慣性の法則が働いているのがその証拠だ。
奴の〈
血の噴き出すような濁った水音で我に返る。
見れば、ワイスの二の腕が真四角に抉り取られていた。
一体どんな反射神経をしているのか――躱し切れなかったものの切断は免れたようだ。
同じことを思ったらしい〈セーレ〉は、やはり芝居がかった調子で眉を持ち上げた。
「へぇ……この攻撃を避けますか」
「目ェ悪いんじゃないのー? ちゃんと狙いなよっ」
ワイスが嘲笑を浮かべる間に傷は塞がり、声が風に乗る頃にはその姿は白い
驚きはすれど焦りはせず、〈セーレ〉は淡々と指を鳴らす。
と、迫る一陣の
おそらく抉られたのはふくらはぎの辺り。しかし肉片のサイズからして傷は浅い。序盤の意趣返しで足を潰す算段だったようだが、この程度ではワイスの疾走を止めるには至らない。
〈セーレ〉が指を鳴らすたび、抉られた二の腕や太ももの一部が血の尾を引いて飛び散っていく。
しかしワイスは負傷にまるで怯む様子がない。飛び散る血肉を置き去りに、稲妻の軌跡に似たステップで回避と牽制を繰り返す。
不可視の切断攻撃を完璧に回避することなど叶わない。ならば致命傷となる頭と心臓にさえ食らわなければ良いと判断したのだ。
敵に喉元に食らいつくため、その身を朱く染めながらも確実に距離を縮める
金髪の
そしてワイスが流す血と汗は、アルバートの思考に能力看破のヒントを与えていた。
抉れられた傷口、あるいは飛び散る肉片の奇妙さに目を見張る。
まるで立方体の角のような、異様に綺麗な断面――それを目にした瞬間、二つの光景が電撃的に脳裏に蘇った。
――ベイリーの上半身は、いくつもの立方体となって散らばっていた。
――奴が『警察署』の鎮圧部隊を瞬殺したとき、落下させたビルの上半分はキューブ状に分割されていた。
物体を含む“なにか”を、立方体の形状で指定しているのならば。
やはり物体の移動は副産物。というよりも、そのように見えていただけだ。
〈セーレ〉が移動させているものは、操っている概念は――
「ワイス、空間だッ。奴は空間を移動させているッ!!」
「――ご名答」
すぐ背後から声と、指を鳴らす音。
アルバートは振り返りざまに銃を突き付け――手首から先が消えていることに気付いた。
ひどく滑らかな切断面から噴いた血飛沫は、〈セーレ〉の白タキシードを汚すことすら出来ず零れ落ちていく。
一拍遅れて、べちゃり、と音がした。
足元に視線を向ければ、そこには自分の右手だけが落ちている。固く握り締めていたはずの銃が無い。
「――では、正解記念のプレゼントです」
眉間に突き付けられる銃口。
〈セーレ〉が握るのは、見慣れた愛銃と全く同じ形状の――いや違う、あれは俺の、
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