6-2.『仕事とプライベートの区別できないタイプか!?』


 絡みつく毒蛇、あるいは鶴翼かくよく羽撃はばたき。流水のごとく緩急自在。

 白タキシードの装いからは予想できない、〈セーレ〉の舞踊じみた体捌たいさばき。


 電光石火の歩法と、烈火のごとく苛烈なワイスの攻め手。

 普段の気怠げダウナーな彼女しか知らない者が見たら眼を見張るような、攻撃的アグレッシブな立ち回り。 


 立ち位置を目まぐるしく入れ替えながら、二人は殴打おうだ蹴撃しゅうげきの数々を交わす。


 荒々しい動きながら、阿吽あうんの呼吸で為される華麗な社交ダンスのように優美で。

 アクション映画の一幕を、画面越しではなくその場で見ているような興奮さえ覚える。


 滑らかで独特な円軌道の足捌あしさばきや、舞うように身体を旋転させての手技――流水よろしく変幻自在な八卦掌はっけしょうの挙動で、敵を翻弄ほんろう

 そうして生まれた隙に、全てを押し流す怒涛どとうの如き重い一撃――八極拳の頂肘ちょうちゅう靠撃こうげきを見舞う。

 『マッスルカンフー』第一作のラスボスである、主人公の好敵手ライバルが得意とする戦法。

 〈セーレ〉はそれを完璧に模倣コピーしている。


 かつて主人公の兄弟子であり、強さを求めるあまり薬物による身体強化ドーピングに手を出し破門された過去を持つ。

 古塔での最終決戦では主人公を終始圧倒するも、薬物乱用の副作用によって師匠の姿を幻視。自らを認めなかった師への憎しみを、誰もいない虚空にぶつけたその隙を突かれて主人公が会得した秘伝の奥義を食らう。

 吹っ飛ばされる中で正気に戻ると、師への敬愛と懺悔を吐露しながら古塔の頂上から落下し退場。

 長らく生死不明とされていたのだが……最新作の予告編、ラストシーンで彼の後ろ姿が映り、界隈は騒然となった。

 東洋圏の若手アクション俳優が演じる、端麗ですずしげな顔立ちとストイックな性格の彼は、女性人気が凄まじいことで有名だ。そんなキャラを選ぶあたりが、気障きざな性格の〈セーレ〉らし――


 違う。今考えるべきはそっちではなく、


「あー思い出した思い出した。でもそのキャラさぁ、最新作でラスボスの師匠マスターに手も足も出せずにボコられて死ぬじゃん?」

師匠マスターの強さと絶望感の演出として、あれは最適解でしょう」


 ――あぁクソ、今だけは自慢の聴力が憎いッ。

 デリカシーのない相棒と、それに乗りやがった美青年に頭の中で呪詛を唱えつつ、アルバートは脱線した思考を軌道修正する。


 ワイスなら、たとえ〈君主モナーク〉級が相手でも手傷のひとつは負わせられる――だが、


 傷を付ける、ただそれだけ。

 おそらく〈セーレ〉の命にまでは届かない。単純な力比べで勝てる相手ではないのだ。

 ワイスひとりだと決定打に欠ける。しかしアルバートひとりでは火力が足りない。


 だからこそ、相棒の牙が命に確実に届くように道筋を整える必要がある。まずは敵の〈権能インペリウム〉の全貌を明らかにしなければ。


 〈悪魔憑きフリークス〉たちは往々にして、〈権能インペリウム〉を発動させる際になんらかの決まった仕草ルーティンを見せる。

 ワイスであれば舌をのぞかせる、あるいは白い吐息を漏らす――

 先ほど戦った〈アンドラス〉の巨漢ならば、体当たりタックルの構えを取る――といったもの。


 それはだ。

 蛇口を捻って水を出すように。

 スイッチで電灯を点けるように。

 引き金トリガーを引いて弾を撃つように。

 悪魔の権能ちからで物理法則をおかすため、パブロフの犬よろしく自らの身体に刻み込んだ条件反射。


 〈セーレ〉にとってそれは――こと。


 相棒も既に気付いている。しかし〈セーレ〉の方が一枚いちまい上手うわてだ。

 奴はそれを逆手に取って、ときおり中指と親指をというフェイントを掛けているのだから。


 しかし前兆さえ分かってしまえば、起きる現象への対応も――


 指が鳴り、ワイスと〈セーレ〉の姿。同時に左から唸る風音。

 そちらへ視線を滑らせて見えたのは、首を圧し折る軌道で迫るブーツの爪先。ワイスは目を丸くしながら――


 ――違う、俺が


 慌てて元いた位置に幻影ホログラムを召喚、転換スイッチ。視界が切り替わるや否や、アルバートの口からは怒号がほとばしった。


「おい駄犬バカ、真面目にやれッ!! 仕事とプライベートの区別できないタイプか!?」

「はー? あたしにしてはマジメにシゴトしたっしょー。、っていうさー」


 首を圧し折られて倒れた幻影ホログラムを、ワイスはまるで足下の邪魔な小石でもけるように足蹴あしげにする。


 ――蹴り殺すのを微塵みじん躊躇ためらわなかったのが恐ろしい。

 『この速度なら回避が間に合う』という信頼の証なのだ――そう無理やり自分を納得させて、背筋に纏わり付く怖気おぞけを振り払う。


「おいスカシ野郎。前にも言ったが、観客を巻き込むのはどういう神経してんだ?」

「…………あぁ、もしかして僕のことですか?」

「他に誰がいるってんだ」

「貴方も主役ですよ、ミスター・バーソロミュー。ひとりだけ観客のつもりなら、勘違いもはなはだしい、と――」


 なにかに気を取られるように、〈セーレ〉の声が消え入る。

 その視線が周囲へと流れるのも無理はない。彼とワイスを取り囲むように、無数の幻影アルバートが出現したのだから。


「――釣れない方ですね」


 がっくりと落とした肩を大仰おおぎょうにすくめる〈セーレ〉。その仕草はどこまでも芝居がかっている。


「このクソ寂れた劇場に観客を増やしてやったんだろうが。感謝しろ」

「全員が同じ顔だなんて。でももう少しマシなものを――」

余所見よそみしてんなよッ!!」


 意気揚々と飛びかかるワイスに蒼玉サファイアの瞳が向くのを確認し、アルバートは戦術思考の渦へと意識を没入させていく。


 幻影ホログラムを多数配置したのは、の位置をくらますだけではない。〈セーレ〉の行動を多角的に観察するためだ。


 ――今から暴いてやるよ、お前の手品マジックの“種”を。

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