5-10.『悪役には退場して頂きましょうか』
「でもっ、アルバートさんもワイスも、悪い人じゃない。私を
正体が明かされてなお、アナスタシアはアルバートとワイスを
あまりにも純粋無垢で、人を疑うということを知らないのだ。
喉元に込み上げる苦々しさは、意図せずそれを裏切ってしまった罪悪感か。
「きっと、きっとなにか理由があって――」
〈セーレ〉に訴えかける中、ふと視線が外れて目が合った。
――そうだよね?
「あたしは、バートと違ってカネ目当てじゃないし。好きって言ったのも本当だよ、ナターシャ」
――おい
非難の視線を無視して、ワイスはアナスタシアの方を顎で指す。
『お前の番だ』とでも言いたげな所作を受けて、再びそちらへと視線を戻す。
真っ直ぐに見返してくる
――どちらを信じるべきかという迷い。
――どちらも信じたいという強い願い。
せめぎ合う二つの感情を直視できず、アルバートは目を逸らしてしまう。
分かっている。善人だという確証が欲しいのだ。信ずるに値する人間だと、俺の口から証明して欲しいのだ。
けれど――
「
アナスタシアの
「けれど、『凶悪な』というのは少々言い過ぎたかもしれませんね。彼らは
金の髪を揺らし、不意にこちらを振り向く〈セーレ〉。
その口から放たれたのは、
「貴女を騙すためなら、いくらでも偽りの笑顔を浮かべます。思ってもいない
隣から聞こえてくる心音が一瞬、ずきりと
そしてそれを掻き消すかのような、苛立ちの棘が混じった
「あーぁ、
――最悪だ、
歯噛みするアルバートの隣で、前に出たワイスが太もものホルスターからナイフを再び抜き放つ。
「どうせお前も
「待って。喧嘩は駄目、お
「ミス・リーガン、離れていてください」
引き留めるように手を伸ばすアナスタシア。それを掴み止めて背後に庇う〈セーレ〉。
「
「なんであたしが、
俯き立ち尽くすアルバートを顎で指したあと、頬を緩めたワイスは動こうと姿勢を低める。
「まず場所を変えましょうか。ここは空気が悪い」
その
夜風が吹き抜けるそこはショッピングモール屋上。
四方に張り巡らされた転落防止の鉄柵も、錆びに塗れていて心許ない。
黒い雲間から射す
アナスタシアの姿は無い。戦闘に巻き込むまいとあの場に置いてきたらしい。
「改めて役者が揃ったところで……貴方たち
「あたしらが
芝居、というのは的を射ている。
まるで演技じみた身振りや話しぶり。取り繕った
それは〈セーレ〉がまだ本性を現していない――本気ではないことの証左だ。
「バート、
こちらを一瞥するワイスに、やるせない笑みが浮かぶ。
まさかこの
――そうだ、切り替えろ。
迷ったら死ぬ。まずは、あの怪物から生き延びることだけを考えろ。
ここで死んだら、アナスタシアとまた話すこともできない。
貼り付けた余裕の笑みの中に迷いを押し隠して、眼前の敵を睨み付ける。
「客もいなけりゃ照明もショボい。随分と殺風景な舞台じゃないか。……小道具は無くてもいいのか?」
アルバートの嘲弄に、〈セーレ〉は小馬鹿にするように舌を鳴らしながら指を振る。
「舞台で物を言うのは、役者の仕事ですよ」
“移動”の能力で使える物体がほとんど無いにも関わらず、それでも余裕を崩さない。
そんなものが無くても殺せるという絶大な自信の裏返しだ。
奴の〈権能〉は“移動”にまつわるものだ。しかし物体じゃない。
それがなにかを見極めなければ、勝ち目はない。
「ワイス。奴の〈
「残りは?」
「これから確かめる。……三分くれ」
「じゃあ――片腕」
前を見据えたままそう言って、ワイスは右の握り拳でアルバートの胸板を叩いてくる。
「あたしの片腕、奴にくれてやる。……思い付かなかったらお前先に殺すね?」
――それは代価だ。
〈セーレ〉と
アルバートの眉が、無意識のうちに持ち上がる。
普段のワイスなら、時間稼ぎの小競り合いはほとんど無傷で済ませる。どころか、稼ぐ時間すら聞かずにすぐ飛びかかっていく。
そんな彼女が、自らの負傷まで織り込んで提案するなど初めてだ。
片腕を失う――あるいはそれに相当する傷を負うと、確信しているのだ。
目の前にいるのが
「……分かった。相棒、まず奴の足を潰す。ナイフは一本だけ残して全部投げろ」
「ん。まっかせろー」
舌舐めずりひとつ。アルバートのそばに短い笑声を残して、一陣の白い
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