5-9.『俺は事実が知りたいだけだ』
「アナスタシア……」
通路の奥にある階段近くに、
息せき切って走ってきたらしいアナスタシアが、肩で息をしながら壁に寄り掛かっていた。
「良かった、無事だったか……!」
「助けに来たよ、こっちおいでー」
アナスタシアはその横を通り過ぎて、セーレとの間に立ちはだかった。
「……ナター、シャ?」
振り返ったワイスの顔は、困惑を通り越してもはや蒼白になっていた。
まるで
何故そこまでショックなのかは知らないが、動揺を隠せないのはアルバートも同じだった。
アナスタシアは、〈セーレ〉を本気で庇っているのだから。
「この人は、私を助けに来たって言ってたの。だから、二人と争う必要なんて――」
「離れて、ナターシャ。……そいつ人殺し」
敵意
「……え?」
薄い唇から
追い打ちをかけるのは
「お前だろ、〈セーレ〉。――島中の〈
「人殺しですって? 面白いことを言いますね……貴方たちも同じでしょう。そもそも、〈
「バケモノなら、いくら殺しても構わないってのか?」
アルバートの
「意外ですね、ミスター・バーソロミュー。貴方が
「罪だの倫理だの野暮な話をする気は無い、俺は事実が知りたいだけだ」
疑惑を暗に肯定した〈セーレ〉に、弁解する様子は微塵もない。
どころか、開き直るようにして言葉を続けてみせた。
「ある方から依頼を
「へー、ちょっと楽しそ。あたしも混ぜてくれれば良かったのにー」
「お誘い出来ずにすみません。貴女には少し……荷が重いかと」
わずかな沈黙のあと半笑いで放たれた言葉に、唇を尖らせていたワイスの碧眼が冷え込んだ。
「なーに?
背筋の凍るような殺気を放射しつつもすぐに動かないのは、アナスタシアが立ちはだかっているからだろう。
――見立て通り、〈セーレ〉自身が率先して〈遺体〉を集めているわけではなかった。
だがその依頼主とやらも、きっとただの
“本土”のマフィアどもが束になっても敵わない相手を、一個人が敵に回すなど正気の沙汰ではない。
たとえ〈
それを容認したということは、なんらかの目的がある。
商会を敵に回す危険性が
この問題を放っておけば、いずれ
直感的に思い至った可能性を、どうしても否定することができなかった。
「――それと、追加の依頼が来まして」
人差し指を立てた〈セーレ〉が懐から取り出したのは、一通の
今どき珍しい、赤い
「凶悪な誘拐犯に
次いで投げられた言葉に、アルバートの身体には雷に打たれたような衝撃が走った。
「なんでも、最初は金で雇った“本土”のマフィアに奪還させる
「さらに、別の〈悪魔憑き〉二体を使った包囲からも逃げ
嘘と
奴の言っていることが嘘ではないと分かってしまう。確信できてしまう。
だからこそ、全てが
謎の依頼と不審な
突如として掛けられた懸賞金。
思考の中にぼんやりと点在していた疑問たち。その正体が鮮明になり、次々に線で結ばれていく。
急速に形作られていく、最悪の可能性。
一連の事象全てへの認識が、一気に
確かに踏みしめていたはずの床が、底なし沼に変わってしまったような。
抱いた一抹の不安が、
危惧していた最悪の状況が、
いま逃れようのない現実となって、身体にのしかかってくる。
アナスタシアの父親――フェルディナンドは、〈セーレ〉の
首に掛けられた懸賞金は、
俺たちは大企業の一人娘を攫ったクソ誘拐犯で、マフィアや〈
トドメに美形のスーパーヒーローまで参上する始末だ。
――
犯罪の片棒を担がされたなんて言えるほど、立派なものではない。
もっと最低で最悪でしょうもなくてろくでもない、三下の悪役じみた
黒幕にとって、俺たちはただの身代わり。トカゲの尻尾、
もし、数日前に戻れるなら。
夢のような報酬にまんまと釣られた、浅はかな自分をタコ殴りにしてやりたい。
契約は必要最低限のデジタル書類と口約束のみ。
「バートってさー、
「あぁそうだよクソッ、今だけ優越感に
失笑を向けてくるワイスの方を振り向けず、アルバートは苦い後悔を磨り潰すように奥歯を噛み締めた。
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